十二

文字数 1,731文字

 目ぼしい船を見つけた。あくまで民間の船を装っているが、中国の軍人と思われる兵士が乗船している。船の名は『グローリーチャイナ号』真っ白な船体の巨大な客船である。通常、民間の船は一般のフェリーターミナルに停泊を許可されるが、その船だけは何故か軍用の港に入っていた。ショウは昼のうちに軍人の一人を金で買収し、夜、甲板から海面にロープを一本垂らすように頼んだ。夜、闇の中、ショウはゴムボートを漕いで船体に近づき、ロープで船内に潜入した。ロープとゴムボートは切り離して流した。後戻りできなかった。寝静まった船の甲板に人影は無かった。雨でシャツが濡れた。寒くはなかったが、この濡れた服と髪のままの姿を人に見られてはならない。一先ず船内のトイレで夜を明かした。
 朝、トイレを使用する人の気配で目を覚ました。髪も服もすでに乾いていた。洗面所で髪を整え、船内の通路に出る。天井の監視カメラの位置をチェックする。堂々と歩く以外に誤魔化す方法がない。警備に見つかるのは時間の問題だった。しかし、それがショウの狙いでもあった。この広い船内で、誰にも怪しまれずにリュウを見つけ出すことは不可能だ。であれば、目立つような形で捕まるのも悪くない。できれば大勢の中で捕らえられ、リュウにこの姿を見せたいものだ。ひっそりと捕まって、誰にも知られずに外に放り出されるのだけは御免だ。万が一、東シナ海の藻屑と消えるのであれば、それも運命というものだろう。しかし、その次の瞬間、背中に銃口を突きつけられたかと思うと、頭を鈍器で殴られた。意識が薄れていった。

 どれくらい意識を失っていたのだろうか。目を覚ますと、両手両足を縛られたまま、窓のない部屋に閉じ込められていた。手首に手錠が食い込んでいる。足は紐のようなもので拘束されていた。部屋の明かりは点いていた。監視カメラがある。服は着せられたままだったが、警察手帳と財布が無くなっている。奴らは日本の警察が潜入したことをどう思うだろうか? 身分は割れた。しかし命拾いしたのはそのせいかもしれない。もし身分がはっきりとしていなかったなら、そしてこの船が中国政府の監視下にあるものでなかったならば、ショウはとっくに東シナ海に沈んでいたかもしれない。奴らはショウの身柄の扱いに困惑したはずだ。日本の刑事が中国公船で消えたとなれば、事態が大きくなる可能性がある。それは中国政府も世界のVIPたちも望んでいない。とんだドジを踏んだというべきか、それとも中国政府の傭兵に感謝すべきか。しばらくして、ショウが目覚めたのを確認したのか、ドアが開いた。
「出ろ!」
 北京語だった。ショウは手錠をはめられたまま、足の拘束だけ解かれた。牛のようにデカい男の力は驚くほど強かった。男は銃を突きつけたままショウをエレベーターに乗せ、階を下った。扉が開くと油の臭いがした。エンジンの音が響く。男は機械室にショウを連れて行くと、突き飛ばすように床に倒し、鉄の柱にショウの体を括り付けた。男はショウの警察手帳をパラパラとめくった。
「日本ノ警察ガ船ニ何ノ用ダ?」
「たいしたVIP待遇だな、中国政府って奴は」
 男が鼻で笑う。
「中国政府? 何カ勘違イヲシテイルヨウダナ」
「違うのか?」
 牛のような男が黄色い歯を覗かせる。
「オ前ノ目的ハ何ダ? 何故、船ニ潜リ込ンダ?」
 銃口を向ける。
「豪華客船に一度乗ってみたかったのさ」
 男が鼻を鳴らす。
「タイシタ余裕ダナ、マダ自分ノ置カレテイル立場ガワカッテイナイラシイ」
「日本の警察を甘く見るなよ、俺が戻らなければ問題になる」
「サア、ソレハドウカナ?」
「どういう意味だ?」
「ボスハ、オ前ニ興味ガ有ルソウダ」
「何? 俺を知っているのか?」
「マア、ソンナトコロダ、タザキサン」
「お前のボスは誰だ?」
 男が黄色い歯を見せながら顔を近づけてきた。離れていても息の臭さが目に染みる。
「顔を近づけるな。臭くて死にそうだ」
 ショウが苦笑すると、男の顔色が変った。
「ナメヤガッテ! コノヤロウ、ココガドコカ、マダワカッテイナイヨウダナ。二度トデカイ口タタケナイヨウニシテヤルゼ」
 と言った瞬間、ショウの脇腹に強烈なパンチが入った。痛みは感じなかったが再び意識が遠退いた。
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