二十八

文字数 1,077文字

 ショウのアウディのブレーキ音が響いた。エビサワユウジの事務所の明かりは消えていた。おもいっきり扉を蹴りつけた。ベランダから侵入し、ガラスを破ろうと思った時、雑居ビル全体にサイレンが鳴り響いた。消防用の非常ベルが作動したのだった。無人の建物でいきなり発報することがあるだろうか? ショウはすぐに事務所内の警報盤に向かった。火災元は「B1」となっている。この雑居ビルには地下があったのだ。確かエレベーター内にも地下を示す表示が無かったはず。ショウはすぐに内階段を探したが見つからない。古ぼけた消防設備にだけ残された地下の痕跡。外に飛び出した。ビルの裏手に回る。つたの這う真っ暗な細い通路を抜けた。するとその先に、廃棄物に埋もれるようにして地下へと続く階段を見つけた。念のため銃の安全装置を外した。扉に鍵はかかっていなかった。地下へと続く階段を慎重に降りて行く。鼓動が耳元で鳴っていた。ドアノブを握る。勢いよく扉を開けた。
「ユキナ!」
 飛び込んで銃を構える。するとそこに、両手両足を縛られたまま立ち尽くすイサオの姿があった。
「ショウ君!」
 ショウは銃をホルダーに戻し、イサオに駆け寄った。
「イサオ、ユキナはどこだ?」
 イサオがボロボロと涙をこぼした。
「ユキナちゃんは、連れて行かれちゃった。タイチとかいう子と一緒よ。アタシだけ置いて行かれて、さっき一か八かで、そこの赤いボタンに頭突きしてみたの」
 ショウが頷いた。
「よく我慢したなイサオ、偉いぞ。ところでユキナがどこに連れて行かれたのかわからないのか?」
 イサオが泣きながら頷く。
「ショウ君、でもね、そのタイチって子、岩手の盛岡出身だとか言ってたわ」
「わかった。イサオ、悪いが俺はすぐにユキナを追う。すぐに消防車が来る。お前はそいつらに助けてもらえ」
 ショウはすぐに飛び出して行った。盛岡までは飛ばしても五時間はかかる。ユキナを乗せた車の車種もわからない。どのパーキングに入るかも予想できない。勿論、ナンバーがわからない以上、Eシステムで検索もできない。恐らく東北自動車道を使うだろうが、走行する車の中の一台を探すなんて、砂漠に落とした針を探すようなものだ。でも、今は追うしかない。犯人の意識に同化し、最大限想像力を膨らませて捜すしかない。犯人はユキナに危害を加えないだろうか? きっと、盛岡に辿り着くまでは何もできないはずだ。ユキナを連れまわすのはリスクが伴う。ショウはすぐに署に連絡し、緊急配備、検問を要請した。岩手県警のクミコにも連絡をつけた。わかっていることは、タレントのミウラユキナの顔だけだった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み