二十六

文字数 2,229文字

 ショウはユキナの痕跡を捜して池袋をまわり、山手通りを新宿に向かって車を走らせていた。錦糸町のエビサワの事務所にはいなかった。けれども、何かを見落としている、そんな気がしてならなかった。この広い東京のどこかに捕えられているユキナを捜し切れるだろうか? 不安が過ぎる。確証が欲しい。勘ではなく、より精度の高い情報が欲しい。確証が無いまま捜すのと、確証が有って捜すのとでは大違いなのだ。焦れば焦るほど、迷いの罠に嵌って行くようだ。池袋のシンドウマリコは不在だった。呉美華の店も蛻の殻だった。すでにこちらの情報が回っているに違いない。闇雲に動き回ったところで見つかるはずもないことは、刑事であるショウが一番良くわかっている。今は背中を押してくれる情報が欲しかった。すると、新宿区に入ったあたりでショウの携帯電話が鳴った。W書店のT社長からだった。
「おお、ショウか? 実はな、さっき二丁目のイサオの店に行ったんだが、店、閉まってたぞ。お前、アイツから何か聞いてないか?」
「それは妙ですね、実はユキナと丸二日間連絡が取れていません。事件かどうかまだわかりませんが、あいつが連絡を入れないことなんて考えらないんです。きっと何らかの事件に巻き込まれて、連絡できずにいるんだと思います。そのことと、イサオの不在と関係があるかもしれません。今、車で新宿に向かっている途中なんです。これからそっちに伺います」
 ショウは青梅街道に入って、新宿大ガードをくぐり、歌舞伎町を横目に二丁目に向かった。イサオの店の前に車を乗り付けると、T社長が手を振った。
「ショウ、久しぶりだな、元気だったか?」
「ええ、T社長こそ。話したいことは山ほどあるんですが、今はユキナを見つけ出すことが最優先です。協力してもらえませんか?」
「勿論だよ。で、何の事件に巻き込まれたんだ?」
「この前起きた、芸プロ社長殺害事件を覚えてますか?」
「おお、その事件なら知ってるぞ。秋葉原の事件だろ? 確か業界でも話題になった。フロントビジョンとGODの戦争だとか言って、騒然となった。でも何でユキナちゃんがそんな事件に巻き込まれるんだ?」
「社長はクサナギヒカルっていうAV女優知ってますか?」
「知ってるよ、一時は随分売れたけどな、もうベテランの域に入る女優だ」
「その子が実はユキナの同級生なんですよ」
「え? クサナギヒカルが?」
 ショウが頷いた。
「その事件の第一発見者クサナギヒカルの行方もわからなくなっています。クサナギヒカルは事件当日、ヤマザキ社長が殺害された現場に居合わせた。本人は犯人を見ていないと言っていますが、俺の勘では、彼女は顔を見てしまった。もしくは知り合いだったのかもしれません。取調べを受けたと聞いて、ユキナは彼女に会いに行った可能性があります」
「よく第一発見者が実は犯人だったなんてこと聞くよな?」
「彼女に関して言えば、それはないと思います。取調べをしていてそう感じました。でも、彼女は何か隠していた。その時点で、ユキナに話すべきではなかった」
「ショウ、別にお前のせいじゃないだろ?」
「いいえ、刑事である俺と付き合うことで、ユキナが危険に晒されることがあるとしたら、それは全て俺の責任です。彼女を守ってやるどころか、彼女を危険な目にあわせただけじゃなく、彼女の人生までも変えてしまおうとしている」
 T社長は黙っていた。
「今年の夏、上海で弟に再会しました。ハダケンゴとも。彼らはすでに台湾マフィアの一員として、俺とは住む世界が違っていました。俺は迷いました。どちらの道を行けばよいのかわからなくなったんです。そして、そのどちらの道か迷っている時点で、俺はユキナを幸せにしてやれる男ではないような気がしました。知り合って、もう十年になります。待たせていることも知ってます。俺は卑怯な男でしょうか?」
「なる程な、イサオがよく言ってたよ。今年に入ってからショウのユキナちゃんに対する態度がどこかおかしいって。そういうことだったんだな。でもな、ショウ、結婚だけが男女の幸せとは限らないぞ。本当に、それは人それぞれなんだ。結婚しても別れるカップルなんて腐るほどいる。お前とユキナちゃんは、これまで自分の生きたい様に生きて、それでも一緒にいられたんだから、今更、そんな自分が卑怯な男だなんて思う必要は無いんじゃないか? お前、ユキナちゃんのこと愛しているんだろう?」
 ショウが頷く。
「だったら、それでいいじゃねえか。愛しているのに自分から離れて行くバカがどこにいる? もっと彼女を信じろよ。好きじゃなくなるまで好きでいたらいいじゃねえか。自分の心に正直に」
「有難うございます。T社長」
「おう、たまには俺もいいこと言うだろ?」
 T社長が白い歯を見せた。
 イサオの店は鍵がかかっていたが、ショウと二人でぶち破った。
「いいよ、後で俺が修理屋呼んどくから。イサオがガタガタ言ったら、俺がぶっ飛ばしてやるし」
 ショウが苦笑する。T社長は今も昔も変わっていない。
「大丈夫ですよ。これでも俺、刑事ですから。通報されたって平気です。ご心配なく」
「そうだったな」
 T社長が笑う。ショウが中に入り、カウンター裏のカレンダーに目をやる。「ユキナと錦糸町」とある。
「間違いない。ユキナとイサオは一緒に事件に巻き込まれたんだ」
 ショウは店の外に飛び出し、
「俺、もう一度、錦糸町に戻ります! 後始末、宜しくお願いします」
アウディに飛び乗った。
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