二十五

文字数 2,019文字

 エリナが地下に戻された。顔に青い痣が幾つもあった。
「エリナ、お前、大丈夫か?」
 後ろ手に縛られ、ユキナの対面にへたりこんだ。
「恥ずかしいから見ないで」
 下を向いたまま、肩を震わせた。
「あの野廊、女に暴力振るいやがって、許せねぇ」
「ユキナ、本当にごめんなさい。謝ったって許されることじゃないけど、私、何てあなたにお詫びしたらいいのか」
「何言ってんだよエリナ、友達だろ? 気にすんなよ」
 エリナが涙をこぼした。その雫が冷たい床に滴り落ちた。
「私ね、ずっとずっと、あなたのことが羨ましかった・・・・・・高校生の頃からずっと。あなたは学校で一番可愛くて、いつも男子が周りにいて、私、いつの間にか、あなたに嫉妬していたんだと思う。学校を卒業して、ようやくあなたと比べられずに済むようになって、私、内心ホッとしていたの。私は大学に行ってすぐにモデルの道に進んだわ。これでもう学生時代のあなたにコンプレックスを感じなくて済むと思ったわ。なのに気付いたら、いつの間にか、あなたは芸能界でも私のずっと先にいて、私の手の届かないような人になってた。私、本当に悔しくて、自分の心と身体を犠牲にしてまで頑張ったけど、所詮、やっぱり元々の実力が違うのよね。あなたには追いつけっこないって悟ったわ。私は所詮はAV女優であって、この先、タレントになったとしても、死ぬまでAV女優であった過去は拭えない」
「エリナ・・・・・・お前」
 エリナが顔を上げる。
「見てよ、この無様な顔」
「エリナ、ふざけるのもいい加減にしろよ。自分ばっか辛い目に遭って来たような言い方すんな。甘ったれてんじゃねぇぞ! 友達だったらな、そんな話、後で幾らでも聞いてやらあ。今はただ、どうやってここから逃げるかだけ真剣に考えろ」
 エリナが目を真赤に染める。
「こんな私でも、まだ友達だって言ってくれるんだね、有難う」
 ユキナの目にも涙が浮いた。二人はしばらく無言で泣き続けた。

 外の扉が開き、そして閉じる音がした。やがてカツン、カツンとヒールで階段を降る音がした。女だ。部屋の扉が開く。ユキナはその顔に見覚えがあった。タイチが後ろから続いた。女はユキナを上から見下ろした。
「あら、ミウラユキナさん、こんな場所でお会いするなんて、残念ね」
「シンドウマリコ、どうしてあなたが?」
「業界なんて狭いものよね、ユキナさん、あなたとはきっといつか一緒にお仕事できると思っていたのに」
 シンドウマリコが微笑んだ。
「うるせえ、そんなのこっちから願い下げだ」
「まあ、相変わらず威勢がよいこと」
「何なんだよアンタ、なぜここにいるんだよ」
「知ったってしょうがないことだけど、教えてあげる。私とエビサワは姉弟なのよ。そしてヤマザキを灰皿で殴って殺したのも私・・・・・・」
「えっ?」
 エリナが思わず声を上げた。それをシンドウマリコが目で制した。
「あなたの彼氏、刑事なんですってね」
「だったら、何だよ」
「あなたを助けに来るかしら?」
「来るに決まってんだろ」
「凄い自信ね。でもあなたの彼氏がここに来るということは、私たちかあなたがたのどちらかが命を失うことになるでしょうね。だって、これは戦争なのだから」
「随分と勝手なことばかり言うじゃんか。勝手に戦争しかけて、勝手にウチらを監禁して、そんな身勝手なことが許されると思ってんのかよ」
 シンドウマリコが笑う。
「さあね、これまでは上手くやってきたけど、次も上手く行くとは限らない。あなたの彼氏、どうしてあんなに落ち着いていられるのかしら?」
 ユキナが眉間に皺を寄せる。
「ショウのこと、知ってるのかよ」
「知ってるわ。いい男。殺すには惜しいけど」
「何だと! テメェ、もう一度言ってみろ! ショウに手を出したら絶対許さねぇ!」
「あなたの彼氏だけじゃないわ。あなたたち全員、残念だけど、私の正体を知ってしまったからには、生かしておくわけにはいかないわ」
「ええっ? そんなぁ」
 イサオが半ベソをかいている。ユキナが唇を噛み締めた。するとタイチが口を挟む。
「姉さん、それは約束が違うっすよ! ユキナさんだけは助けてくれるって言ったじゃないっすか」
「黙ってなさい! あんたも死にたいのっ」
 タイチが下を向いた。シンドウマリコがエリナに視線を向けた。
「ちょっとアンタ、立ちなさい。ほらタイチ、エリナを連れて来なさい」
 タイチがエリナの腕を掴んで渋々立たせた。エリナは体を揺らして抵抗したが、シンドウマリコに平手で頬を打たれて床に倒れた。
「何しやがんだよ! このクソババア、てめぇ、絶対、許さねぇ」
 ユキナが叫んだ。
「タイチ、早く、その子を連れて来なさい。上でユウジのワゴンが待ってるから、乗せておしまい」
 タイチがエリナを立たせ、強引に歩かせた。去り際にエリナがユキナを見た。
「ユキナ、今まで有難う・・・・・・さよなら」
 部屋の扉が閉まった。ユキナが再び叫んだ。
「チクショー! 絶対、絶対、許さねぇ!」
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