46.  何か来る・・・!

文字数 1,524文字

 その抜け道は、(つや)やかな表廊下(おもてろうか)と変わらない施工(せこう)がされていた。おかげで歩きやすいが、回れ右も(すみ)やかにできないほど幅が狭ところは、あくまで隠し通路であるから仕方ない。それに、道はあちこち枝分かれしている。そのため、最初はリューイが前を歩いていたのに、気づけば、同行させられる羽目になったカイルの方が先になっていた。カイルは、そんな抜け道のあちらこちらへ入って行っては、暢気(のんき)な明るい声を上げているのである。これにはリューイの方が呆れてしまった。

「いろんな場所に通じてる。地下の迷路みたいだ。あ、あれ何だろ、昔の楽器かなあ。」

 興味津々のカイルは、そう言ってリューイを手招いた・・・が、ふとその(のぞ)き穴から進行方向へ視線を戻した時、その目が、灯りの向こうにぼんやりと映る奇怪なものを捉えた。

 眉根(まゆね)を寄せたカイルは、急に黙り込んで目を()らす・・・。

 黒くて細長い、しなやかな・・・またロープのようなもの。どこまで続いているのか分からない、得体の知れない物体。しかも、近付いてくるように見えた。妙な音まで聞こえる。小さな穴から空気が漏れ出すような音。気管を(こす)りつけながら吐く息のような・・・。

「ね・・・ねえ。」
「どうした。」

 悠長にカイルのそばへ向かっていたリューイも、そのぶるぶる震える声に顔をしかめた・・・嫌な予感。

「何かいる・・・。」

 そうと分かった次の瞬間、カイルはハッと息を吸い上げ、目をみはった。
「何かいるよ!」

 まさにそれを認めて、リューイも立ち止まった。

 その何かは急に加速してくる・・・⁉

「うわあっ!」
「戻れ、早く!」と怒鳴ったリューイは、ぎょっとした。「何やってんだ、何で(うし)ろ走りなんだ⁉」
「だって(せま)いし(あせ)って、うわっ⁉」
 カイルはもんどりうって、うつ伏せた。
「うわーん、助けて。」
 リューイの右手は思わず顔へ。
「ええい、ちくしょう恨むなよ。」

 すぐさま駆け寄ったリューイは、急いでカイルを仰向(あおむ)けにすると、自分は背中を向けた。というのは、カイルの両膝を引っつかんで、荷車でも引くようにいきなり駆け出したのである。

「わっ!」
 カイルの体は、仰向(あおむ)けのまま物凄(ものすご)い勢いで引っ張られた。
「うわあぁぁああぁぁおおぉぉ・・・⁉」
「カイル、いけっほら、例のヤツやれ!」
「無茶言わないでよおっ、いたっ!」
「何しに来たんだ、それじゃあ。」
「自分が来いって言ったくせにいいっ・・うわ、あつっ、あちち、あつうっ!」

 頭をぶつけたうえ引き摺られているせいで、カイルはわめきながら海老(えび)のようにぴょんぴょんと跳ね回った。なんせ両足をつかまれているのだ。

「ああ、うるさいっ。もう少しだから辛抱しろ。こら、暴れるなってっ。」
「だって・・・、あちゃちゃ、燃える ! 鬼っ、悪魔っ、人殺しいいっ !」
「人殺し ⁉ 助けてやって ―― 。」

 リューイは口を閉じた。足をつかまれて、引き摺られて、頭を打って火傷(やけど)して・・・さんざんだな。助かってからもその気があるなら、あとでいくらでも(うら)まれてやるから。

 一方、王の寝室で待つほかの者は、騒がしい声や、ただならない足音が聞こえてくることに、険しくなる顔を見合わせていた。その声のせいで分かり辛いが、何か奇妙な音までしている。

「どうしたっ!」

 穴を(のぞ)きこんでそう叫んだレッドは、とにかく広い場所へと必死でお荷物を引きずっていたリューイに、危うく踏み倒されそうになる。

 レッドが素早く身をかわすなりリューイが戻ったが、そのリューイはカイルを引っ張り出して抱えたまま、「何か来る、逃げろ!」と叫んで、ソファの後ろへ飛び込んだ。

「何がっ⁉」
 とっさに動いたレッドも、テーブルの天板の陰に避難した。

 きくまでもなく、それはたちまち姿を見せた・・・!





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