57.  妖女ネメレの異変

文字数 1,281文字

 ネメレは見えないものに(おび)えていた。

〝また同じ(あやま)ちを繰り返すとは。〟

「お前は・・・。」

〝罪を重ねるか・・・なんと哀れな。だが同情すべき諸事情により許しが得られた。しかし、このままでは行けぬ。その煮えたぎる憎悪(ぞうお)(しず)めよ。〟

 ネメレは憤然(ふんぜん)として立ち上がり、虚空(こくう)に目をむいた。
「できるはずもない ! お前に何が分かる ! 愛しい夫を殺され、可愛い我が子を火炙りにされただけでなく、あの女は ! あの子はまだ産まれたばかりだった。成長を見ていたかった。幸せで平和だった日々の(はかな)さが、悲しみの深さが、(にく)しみの強さが、(うら)みのほどが、お前に分かるのか !」

 レッドやリューイの耳には、急に怒り狂った、だがどこか(おのの)くようなネメレのわめき声だけが聞こえていた。

「あの女・・・どうしたってんだ。」
 再びカイルのそばに戻ってきたレッドが言った。ますます訳が分からない。

 さらには、レッドとリューイがそうして玉座に目を向けていると、エミリオが急に体勢を崩して、(ひざ)を折ったのである。

 レッドは驚いて駆け寄り、肩を貸した。

 何があったのか、その場から動いてはいないはずのエミリオは、ひどく乱れた息をしている。

「どうした?」

 うまく声が出せずにレッドを見ただけのエミリオは、反対の肩越しに振り向いて、そこで初めてカイルの様子を知った。
「カイル・・・。」

「気絶した。」

 レッドに体を支えてもらいながら、エミリオもそんなカイルの近くまで歩いて行った。意識を失っているその体は、いくつもの小さな切り傷を負っている。エミリオは眉根(まゆね)を寄せて見下ろした。

「これも、あの女のせいなのか。」
 リューイがつぶやいた。

 ギルのそばにずっと付いていたエミリオには、そうは思えなかった。ネメレは、カイルを見てはいないようだった。

「ギルは。」
「まだだ。」
 ハッと思い出して目を向けたエミリオに、レッドが答えた。

 三人はそこで、まだ弓を構えたままでいるギルの背中を見つめた。彼は傷だらけだったが、(すさ)まじい覇気(はき)を放っていた。

 ネメレは怒りに震えながら、まだ虚空(こくう)に向かって怒鳴り散らしていた。

「この町は永遠に呪われ続けるのよ。何もかもあの王家一族のせい。(にく)い・・・王が、王妃が憎くてたまらない。」

〝許して・・・。〟

 ネメレの頭上から、今度は(なつ)かしい声がした。おだやかで繊細(せんさい)な、だがいつも悲しい響きを帯びていた・・・その声は・・・。

「その声は、姉さん。」
 愕然(がくぜん)とつぶやいたネメレは、その姿を求めて視線をさ迷わせた。

〝全ての始まりは、この私。私のせいで、あなたは恐ろしい力に取り()かれてしまった・・・。でも気付いて。彼らは、あなたを助けに来た救世主。そう、この大陸の・・・。〟

「何を言っているの、姉さん・・・。」

〝私は、お前をやむなく封印した。だが今、再び()い改める機会を与えられたというのに、この奇跡を無駄にするのか。強大な霊能力者であるお前に、なぜ彼らのもう一つの姿が見えない。〟 

 また、あの威厳(いげん)あふれる落ち着いた男の声・・・。

「彼らの・・・もう一つの姿。」

 虚空(こくう)から視線を真正面に移して見えたものに、ネメレは(こお)りついた。







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