第25話 女の勘

文字数 543文字

 疑問を胸に抱きながら、鏡に向かって藤音は紅を唇にのせた。
 これで仕度は出来上がりである。華やかな衣装をまとってすらりと立つ姿は、牡丹の花のようだ。
「お綺麗でございますよ、藤音さま」
 腰に両手を当てて如月は満足げにうなずいた。
「これならどこへ出られても引けを取りませんわ」
 しかし、仕度の出来栄えとは裏腹に如月の表情は曇りがちだった。女の勘というやつか、どうも今夜は悪い予感がする。
 藤音さま、と如月は意を決して自分の主を見つめた。
「この如月もついていってよろしゅうございますか」
 もちろんよ、と藤音は快諾した。
「来客は初めてお会いする方。如月が一緒に来てくれれば心強いわ」
「ならば不肖ながらこの如月、お供させていただきます」
 戦場に赴く兵士のごとき面持ちで、如月は藤音の後に控えて歩き出した。
 城の廊下をしずしずと進み、曲がり角まで来ると先はもう大広間だ。
 ここからでも若者たちの笑い声が聞こえてくる。客人と供の者たちだろうか、ずいぶんと賑やかだ。
 広間の入り口まで来て何気なく中に視線を向けた藤音は、一瞬、眼を見開いた。
「藤音さま?」
 後ろで如月が怪訝そうな声を出す。
「いかがなさいました?」
 信じ難い光景に藤音の足は止まったままだ。背後からひょいと中をのぞいた如月もまた息を呑む。




ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み