第147話 手腕

文字数 750文字

 船団が玉水の港を発つのは三日後と決められた。その間に兵を休め、必要な物資を補給しておかねばならない。
 北の地は豊かとは言い難かったが、住民たちの協力により充分な兵糧もまかなえた。
 事件が起きたのは、出港しようとする直前だった。
「長、大変でございます!」
 船に乗り込もうとしていた阿梨は、ただならぬ様子でこちらへ走ってくる勇駿の姿に足を止め、踵を返す。
「何事だ、勇駿?」
 息を切らせた勇駿は一、二度、呼吸を整えてから、ようやく話し出した。
 倭国の敗残兵が、古い城跡に人質を取って立てこもっているというのだ。
「兵は三名ほどですが、弓矢と刀で武装しております。人質に取られたのは村人が十名ほど」
 報告を受けた阿梨は考えこんだ。その程度の人数なら制圧するのはたやすいが、強行すれば人質に犠牲が出る恐れがある。
「奴らはしきりに何か要求しているようですが、何せさっぱり言葉が通じませぬ」
 阿梨のかたわらにいた隼人は、勇駿の話に身を乗り出した。
「倭国の者、なのですね?」
 さよう、と勇駿が仏頂面で相槌を打つ。彼はまだこの倭国の者を完全に信用したわけではない。
「ならば、わたしの同胞だ。わたしなら言葉がわかる。彼らと話をさせてくれないか」
 このままでは彼らの命が奪われるのは時間の問題だろう。できるなら人質も、同胞も、ひとつの命も失いたくない。
「そなたが仲介役になるというのか?」
 ぜひに、と隼人が願い出ると、阿梨は父王に向かって、
「父上、この件はわたしに任せていただけませんでしょうか」
 国王はよかろう、と承諾した。
「事態をどう収拾するか、そなたとその者の手腕、見せてもらうぞ」




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登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

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