第10話 第2回公判

文字数 3,203文字

 正月休みを目前に控えた年の瀬に、第二回公判が行われた。先の公判で犯人捜しに拍車がかかる。父親の単独犯か父親主導の姉妹との共犯か? マスコミ各社は無責任にまくしたてる。本日の傍聴人席を巡っては朝から途方もない人数で溢れた。
 玲奈は本日も民間の駐車場に車を置くしかなかった。事務官には、なんとか駐車代を出してもらわなくてはやってられない。こっちは薄給なんだから。昼食もいつものカフェが傍聴人で埋め尽くされていて、本日は通勤途中にお弁当を購入して来た。だから、マスコミが関わる事件はキライだ。

 開廷―
 本日は長女・詩の集中審議が予定されている。
 冒頭、検察側からの長女の起訴状が読み上げられた。
 ついで、被告人・多田詩が証言台につき、裁判長より人定質問と罪状認否を受けた。被告人は認否を否定する。
 ◎被告の弁護人・酒井弁護士の被告人質問
―警察の事故直後の事情聴取ではあなただけ事故に気が付いていなかった。それはなぜですか? 
 はい、ヘッドフォンをしてオンライン対戦ゲームをしていたからです。
―あなたと母親との関係は? 
 はい、普通です。
―もめ事はなかった? 
 はい、それは多少はあります。どこの家でもあるでしょう。母親は小うるさいもんです。
 ここで、酒井弁護士は、裁判長と声を掛け、
「長女・詩のアリバイですが、被害者滑落時刻に行っていた対戦ゲームの相手であるコードネーム・ズボラッチャ氏とはその後接触がとれ、同時刻にゲームをしていたとの供述(証言録取)が取れています」
 ◎大野検事による被告人質問
―母親を毒親と呼び、堪えず親ガチャを口にしていましたね。そんなに母親が嫌いだった? 
 流行りみたいなもんですよ。そうでも言わないと友達が出来ないし、ツイートでいいね!を貰えない。そういうことです。親子であることにかわりありません。
―あなたは美容師だ。シザーというそうですが、自分専用のハサミを持ってますね。あなたは何本ハサミを持っていますか?

 ◎ここで、酒井弁護士より発言
「異議あり。ハサミは死因とは関係ありません」
 ◎裁判長
「異議を認めます。検察側は質問を替えてください」
―では、ヘアーカラーも扱いますよね。カラーリング剤の毒性は致死にも結び付く。農薬の140倍もの毒性があると指摘する機関もあります。
 ◎再び酒井弁護人が発言。結構、憤慨している。
「検察はありもしない殺人をでっちあげようとしています」
 ◎裁判長
「検察は本案件の事実に基づいた質問をしてください」
 大野検事は謝罪したものの、被告人がハサミとカラーリング剤を持てる意味合いは大きい。傍聴席は静まりかえった。わざと質問したのだ。
 ◎その後、大野検事が改めて裁判長に許可を求める。
「被告人、多田詩のTwitter上でのツイートの一部開示を請求します。全文は膨大になりますので、お手元の資料に載せてあります。裁判員の方にもお配りしてあります。本日はその抜粋をモニターに開示します」
 大野弁護士は裁判長の許可を得ると、検事側席背後の大画面モニターに映し出した。
 〇月〇日〇時ツイート
 毒親にここまで言われた
 ・使えない子
 ・育ててやっている
 ・家に住まわせてやっている
 ・お前が出来たから結婚する羽目になった
 ・お前がいるから離婚出来ない
 ・(美容師になった時)調子に乗るな!
 ・(彼氏が出来た時)お前に男が出来る訳ない!
 こんな母が憎い―
 
 〇月〇日〇時ツイート
 毒親は娘に嫉妬する。娘には人に自慢できるような「作品」になることを望むが、自分より「幸せ」になることは許せない。

 〇月〇日〇時ツイート
 母は怒りをコントロールできない。
 ・勘違いでも瞬間的に沸騰して怒る
 ・気に入らないとすぐに大声で喚く
 ・昔のことでも思い出しては説教を垂れる
 ・物を投げつける、殴る蹴る
 瞬間的に殺意が芽生える

 〇月〇日〇時ツイート
 もっと優しく叱らないで育ててあげればよかったねぇ。そう機嫌のよい母親が言う
 違う
 あんたが反省すべきは、自分の心の弱さから保身や世間体を優先させ、子供の意思・意見・自立を奪ったことだよ!しね

 モニターを見た傍聴席からはどよめきが起きる。毒親とよく耳にはするものの、具体的にどんな親を指すのか知らない人は多い。特に、年齢があがるほど違和感のある言葉。従来の儒教思想である「両親を敬う」を叩きこまれた世代には遠いお話しだ。
 なかなか鎮まらない廷内を見て、福裁判長の判事補玲奈が被告人に質問する。被告人は自らのツイートを無表情に見つめている。
―あなたのLINEやTwitterの中には、ハク(一部、白との表記も)と記す男性との会話が頻繁に見受けられます。これはどなたですか? 
 あ、はぁ、ただの知り合いです。
 長女は思わぬ質問な虚を突かれた様子。慌てた仕草が見受けられる。
―職場の、或いは? 
 友人からの紹介で知り合いました。
 詩は酒井弁護人の方をしきりと窺う。それを見て玲奈は、
―個人情報は必要ありませんよ。
 玲奈は、このハクとは被告人の彼氏だと直感した。この年代の女子は彼氏から多大な影響を受けるものだ。証人尋問にはこの彼氏は含まれていない。玲奈はハクなる人物に幾つか質問をしたいと思った。
 本日の予定は、検察側の証人尋問のみ。被告の職場の同僚、青木凛、20歳。ミディアムレア―な髪はピンクに染まっている。ちょっと目立つ子だ。
 ◎大野検事
―あなたと被告人との関係は? 
 同期の同僚です。
―仲は良かった? 
 はい、一緒に入ったのは詩ちゃんと二人でしたから。
―お仕事の内容は? 
 まだ駆け出しなので洗髪だけです。あとはヘアーアーティストさんに付いてお手伝いです。
―詩さんはどんな性格ですか? 
 目立たない大人しい子です。ただちょっと、、
―ただちょっとなんです? 中年の男性客にお尻を触られたって、酷く怒って、その場にあったカラーリング剤を投げつけたことがありました。チョットびっくりしました。怒ると怖いんだって。
―で、どうなったんですか? 
 はい、店長が丁重に謝って客も見に覚えがあったのか、衣服代を弁償してくれればよいとなって。でも、詩ちゃんは納得せずに警察を呼ぶって叫んで。まぁ、なんとか店長が収めました。
―その後、被告人はどうしましたか? 
 その晩、店長からセクハラにあった時の対処法を教えられていました。次の日は休んだと思います。
―いつのことですか? 
 正月明け、成人式くらいのことです。(時系列で言うと本事件のすぐ前のこと) 
―あなたは被告人が会社を辞めたのは知ってますか? 
 はい。
―何か被告人とトラブルでもありましたか? 
 はい? 言ってる意味がよく分かりません。
―被告人はいま物証が何ひとつない殺人事件の犯人にされようとしている。何故、疑われるようなことを言うんですか? 
 だって、嘘は言わないって、宣誓しました。(半分泣きべそをかいている)
 ◎ここで、酒井弁護人が割って入る
「異議あり。検察は証人の偽証を疑っているし、人権を無視する発言だ。撤回を求めます」
 ◎裁判長
「異議を認めます。検事は言葉を選んでください」

 玲奈は何かあると感じた。もう辞めて顔を合わせないと分かっていても、元同僚に不利になるような発言を普通はしない。それは日本人に染みついている慎み配慮遠慮だ。検察側の美人事務官はここでも有利に働く証人を見つけ出して来た。恐らく何らかの私怨に基づくものと推量される。
 弁護側の反対尋問もそこをついたものの、真実を陳べたまでです、とかわされた。

 閉廷
 第一、第二回とも検察有利な状況になっている。着々と被告人たちの殺害動機を鮮明に炙りだしている。マスコミも敢えて「毒親」というフレーズに社会性を持たせて、その害悪を論じ始めた。本公判は名実ともに「毒親殺人事件」となりつつあった。
 だが、物証は何ひとつ見つかってはいない。
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