第18話 犯人特定への推論 

文字数 2,951文字

 同じ事件の弁護であっても、容疑者が複数いる場合には、弁護人同士が意見を交わすことはない。利害関係が生ずるからだ。ただ今回は、同じ国選の顔見知り先輩弁護士だった。公判前整理手続のあとに、赤提灯で一杯やることになった。
 もうすぐ後期高齢者のお祖父ちゃん弁護士は大の日本酒好き。ただ血糖値の上昇、肝機能の低下、痛風の怖れと、酒好きにありがちな三大苦に見舞われ、自宅での飲酒は固く止められているそうな。これ幸いの機会到来とのわけだ。

「後輩に誘われちゃ、飲まん訳にはいかんわな…」
 升酒を片手に上機嫌。まずはクソ生意気な検事と裁判長への悪口、それから「コクセン」と侮蔑される恨み節が淀みなく出て来る。幸輝は適当に相槌をうちながら本題に入る。
「どうです、長女の方は。何か出ましたか? 次女の方は真っ白です。何も出ません」
 こちらの手の内を見せなくては寄って来てはくれない。
「うん、長女にはアリバイがあるんだが、いまいちスッキリせんのだわ」
 大酒飲みは大好物のいわゆる珍味、カラスミに舌つづみを打つ。
「オンラインで対戦ゲームをしてたんだから相手がその事実を証明してくれればアリバイ成立だよな。そう言っても飛びつかんのだよ。どうも釈然としない」
「そのゲーム相手とは連絡がついてたんですよね」
「うん、水戸弁護士会の知り合いに接触して貰って、事実と判った」
「ひょっとして、酒井さんはその男が長女の部屋に居たと思ってるんじゃないですか?」
 酒井弁護士は急に生真面目な顔になる。
「あんたは評判通りにするどいな。ワシもそう睨んどる。けんどなかなか長女は白状しない。相手が居ようが居まいが、殺人の物証がないんだから相手に不利になることはないと諭すんだが、庇っているのか、言うなと脅されているのか…」
 そこで幸輝は友人の物理学者の推論を述べた。あまりの衝撃に折角の酔いが吹き飛んでしまったようだ。
「てことは、そいつが犯人か? なるほど、そりゃ、言えないはずだ」
「その男の名前を教えて貰えますか?」
 酒井弁護人は上着のポケットから昔ながらの手帳を取り出し老眼鏡をかける。ここまでに4、5分を要する。いちページごとに指先に唾をつけて丹念にめくる。
「あった、コイツだ。白石修一、茨城県笠間市〇在住、31歳」
 幸輝はその名前に聞き覚えがある。どこか懐かしい響きもあった。
 てことは? 繋がっていたのか? 幸輝は運命のいたずらに驚愕する。

 白石修一、10年前の「土浦港町殺人事件」、美奈の情夫・安藤力也の舎弟。土浦半グレグループの中心核で、今も水戸の指定暴力団「如月組」と縦関係にあり一家内に居る。たかが半グレと思うのだが、「如月組」の中では結構重きが置かれている。安藤はいずれ組の若頭になると目されていた。
 今やヤクザ社会で一番重要視されるのは腕力や度胸ではない。シノギ(稼ぎ)の額だ。ヤクザだって日常生活を送らなきゃならない。しかも半端モンを自負してるんだからおもっいっきり贅沢に。昨今では、暴力団対策の法整備が進み、昔ながらの稼ぎ方では組を維持できない。新しい発想が必要なのだ。
 その発想力は若い世代にある。いつまでも「みかじめ料」「シャブ、チョコ」の世界ではやってゆけない。数年前から話題の「特殊詐欺」も若者の考え方だ。金を持っていて簡単に騙せる高齢者を狙う。被害額は年間20億円とも言われる。新しいオイしい稼ぎ方だ。
 ただ、全国の指定暴力団同士で利権の奪い合いが起きる。電話1本の詐欺であっても優良な名簿や成功率の高いやり口を競い合う。結果、脚本のあるドラマのような「劇場型詐欺」も起こる。名簿の入手先の方は判然としない。ただ、単純に個人資産が一目瞭然な金融機関から入手すれば手っ取り早いのは分かる。
 この争奪戦の中から外れて独自路線を開拓した反社がいる。それが「如月組」だ。恐らくは頭角を現した安藤力也の半グレグルーブによって編み出されたもの。幸輝は発案者は美奈だと睨んでいる。若者に人気のTwitter、インスタ、ユーチューブ、TikTokを熟知している者でズル賢いヤツラの発想。
 それは若者をターゲットにした特殊詐欺。万年金欠は騙しやすい。社会経験もないため素直に個人情報を垂れ流してしまう。高齢者ほど一件あたりは引けないだろうが数をこなす。しかも手口がネット内なので現行犯逮捕されない。足跡も辿られないように絶えずアカウントも替える。
※万単位のイイねやリツイがついたアカウントは売買もされる。
 若い世代は特殊詐欺をボケた年寄りだから引っかかると侮っている。ところが今度はアンタたちがターゲットにされてる。それは、「現金配布」「ブランド品配布」「ギフトカード配布」と言われ、フォロー、リツイートをすれば全員にあげるとされている。
 SNSを見渡せばこんなアカウントはそこかしこに存在する。添付写真には堆く積まれた諭吉様(万札)やアマギフなどの金券の束、それらにはイケメンホスト系兄ちゃんや、素顔を隠したニヒルなイラストが配されている。また女子垂涎の眩く煌めくブランド品の数々。中には癌で余命3ヶ月の告知をされ最期に善行をしたいので、これから3000万円を配るとの劇場型のものもある。どれも万単位のいいねやリツイがくっついている。
 その実態は「おめでとう!」と当選のメッセージののち送金に必要な情報だと嘯き、銀行口座やクレジットカード情報をヌかれる。またLINEに誘導されて配布に必要だと怪しげな「商材」を買わされる。実際に、現金や高価な金品を受け取った者は誰ひとりとして居ない。さらに、信憑性を持たすために謝意を表するサクラを効果的に配置してゆく。

 ありがとう〇さん、本当に助かります。世の中にはいい人や佳い事があるんですね…

 あの写真にある大量の諭吉様は実際に特殊詐欺で得たものだ。ちろん警察は動く。さらにあの札束は不労所得ではないのか。当然、国税だって関心を寄せる。しかしこうしたネット事案での検挙は容易ではない。本当にズル賢い犯罪なのだ。
 やっている連中はさぞ愉快なはず。金欠貧困な若者は、藁をもすがる思いで絵空事の大金に飛びつく。そのうえ拡散(宣伝)までもしてくれる。汗水なしにスマホの操作だけで容易に金が舞い込んでくる。しかも特殊詐欺と違い、掛け子、受け子、出し子の役割が必要なく、防カメに映ることもないのでリスクがまるでない。
 ブランド品配布は間違いなく女性の心をくすぐる。これは同じ女子が考えたこと。常に流行っているブランド品を並べている。これは配布詐欺で得た金で購入した美奈の持ち物に違いない。
 これらは社会を揺るがす大罪なのだ。

「で、どうする?」
 老弁護士は真剣な眼差しを向ける。幸輝は白石修一との過去の因縁について話した。
「長女は白石に脅されたことにしましょう。私は、次女の弁護の時に、そもそも事件の事実誤認を指摘し、長女のゲーム相手の白石の証人尋問を申請します。それまでに長女には白石とは接触しないように説得してください」
「お前さんは、白石の当日のアリバイを崩し、白石と接触するんだな」
「はい、なが年待ったチャンス到来です。この半グレたちを決して赦さない」

 幸輝は木枯らしに揺れる真っ赤な提灯を見つめた。


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