第71話 大丈夫

文字数 1,167文字

「死んだ親父については、今まで色んな奴が色んなこと話してるの聞いてきた。俺も俺なりに考えてきた。でも、もう確かめようがないだろう。答え合わせはできない。本人には会えないんだから」

 私達は再びゆっくりと歩き出した。

「だったらさ、もう自分の中で片付けるしかねえんだよ。モヤモヤしたままでも仕方ねえ。嫌な感情を持ったままでも、そうやって自分の中で落とし込んだのなら仕方ねえだろ」

 ガコンガコン。バケツの音が私達の間で、一定のリズムを刻んでいる。

「悠里と八幡に親父の話をした夜。あの時にそんな風に腑に落ちたんだ」
「最近だね」

 ちょっとびっくりした私の顔を見て、秋月くんは頷いた。

「言葉にすると、感情は整理されていくものですからね」

 八幡ちゃんの言葉にも、モヒカン頭は頷いた。

「だから気にするな。勝手に気を遣って気まずくなるなよ。誰に何を言われても、それをどう受け止めて処理をするのか決めるのは俺なんだから。それに、よく分かってるし」
「え?」
「悠里が俺に向けた言葉を、絶対に俺は悪い方には解釈できない」

 私がまた足を止めたのは、改札へ向かう階段に差し掛かったからではない。また秋月くんと向かい合って、彼の声を聞きたいと思ったからだった。

「お前の方も分かっておけよ。俺には何を言っても平気なんだって」

 じわじわと胸の辺りに広がっていく熱は何だろう。冷え込む外気に晒されているのに、私の身体はポカポカあたたかい。歩いていたからではない程の温かさだ。風邪じゃない。こんなに快いのだから。

「秋月くんもだよ」

 言葉にしたい。身体から湧き出てくる熱を開放するように、私の口は開いていた。

「私には何を話しても大丈夫」

 滑り出した声の後を追いかけるように、言葉は更に続いて出てきた。

「秋月くんは私がこんなのろまでも、受け入れてくれる……だからね、私も同じようにしたいし、できるよ。私も秋月くんと一緒にいる時間が大好きだから」

 ちょっと見開かれたモヒカンの目。彼の唇が動きかけたのが見えたけど、それよりも私の声が生まれる方が早い。私のスピードの方が早いなんて、こんなこと、とっても珍しい。

「今日ももうすぐ、別々の電車に乗っちゃうけどさ。別れ際にいつも考えるんだよね。時間球使いたいなぁって」

 気恥ずかしさと遠慮からいつも言い出せなかった言葉は、不思議なほど素直に滑り出していった。

 バッグの中に見えるのは、バケツ山盛り三杯分の時間錠が詰まった貯蔵ケース。その隣には常に携帯している時間球を入れるポーチがある。私は沢山の時間を持ち歩いている。秋月くんともっともっと一緒にいたいという願いは、その気になればいつでも、いくらでも叶えられるのだ。

「……同じこと考えてた」

 歯切れの悪い声で、秋月くんが呟いた。そんな彼らしくもない口調で告げられた言葉が、私はとても嬉しい。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み