第111話 記憶映像

文字数 1,533文字

 ヨネ子ちゃんがたこ焼きを前にして、「いただきます」とニコリと微笑んだ。その直後に述べた言葉がこれだ。

「最初にお断りしておきます。これは本件についての、最初にして最後の裁判。ここで決まった判決を覆すことはできません」
「控訴できないの?」
「はい」
「レプレプ式の裁判のやり方か?」

 私と秋月くんの質問に、和田さんが答えた。

「そうです。誰かが誰かを裁くこと――これはレプレプが移住先の文明に導入してきた行為の一つで、一回きりであることが本来のやり方。控訴や上告は、地球人類が後から付け足した地球オリジナルの仕組みです」
「へえ」
「地球にも国や地域によって裁く行為には様々なやり方がありますが、今から私達が行うやり方は、きっと貴方方にとっても分かりやすいと思いますよ」

 カラフルモヒカンの一人が言った。ちなみに和田さん以外の白衣モヒカン男三人の名前をここに記しておくと、蛍光ブルー×蛍光イエローモヒカンが髙橋さん、パステルピンクモヒカンが山田さん、彩度高めのクリスマスカラーモヒカンが寺野さんだ。カラフルモヒカンABCでも良かったかも知れないけど、せっかく地球での名前があるのだから、ちゃんと記しておく必要があるだろう。

「それでは皆さん。本件の流れは既に把握済みかと思いますが、確認のために大まかに振り返ってみましょう」

 カラフルモヒカンA、もとい、山田さんがパチンと指を鳴らした。
 すると机上に並ぶイカタコ料理の上部に、鮮明なホログラム立体映像が浮かび上がったのだった。

 イカタコ亭の前で会ったスーツのイケメンが、フサ子さんにホームセンターのロゴ入りビニール袋を手渡している。中身は粘着テープと取っ手付きの漬物石。イケメンが「指示通りに」と念押しするように告げる声が、その場に冷酷に響いた。映像と共に流れてくる音声は、とてもクリアだった。

「あ!」

 次に立体映像で浮かび上がったのは、パジャマ姿の私だった。窓の外の満月を見上げてから、勉強机の上のスマホに手を伸ばそうとしている。そして振り返った私は、しなやかな動きで窓から侵入してきたフサ子さんを、驚き顔で見ていた――――これは数時間前の自宅の映像だった。

 同様に家の廊下で時間球体を拾っていた秋月くんが、フサ子さんに連れ去られる光景が映し出された。ひどく抵抗していた。その拍子に、かけていた黒メガネが顔からすっ飛んで、回転しながら廊下を滑っていった。

 その映像が消えると、間髪入れずにすぐに次の映像が浮かび上がる。湖に浮かぶボートの上で、ぐーぐー眠る私の腕を、フサ子さんがテープでぐるぐる巻きにしている。

「……なぜこんな映像が残っている?」

 私も同じ疑問を抱いていた。秋月くんはテーブル上の立体映像を見つめ続けながら、低い声でレプレプ星人達に問いかける。

「記憶は私達だけが持っているものではないのですよ」

 秋月くんの隣の席に座る寺野さんが答えた。

「記憶?」
「そう。ありとあらゆるものにも、記憶があるのです。例えば、家具や空気を構成している、粒子一つ一つにも。今見ている映像は、それぞれの場所にあった様々な物質の記憶粒子から、その時点の記憶だけを抽出し、つなぎ合わせて作ったものです」
「……そんなことができるの?」
「できますよ。時の不可逆性を無視して過去に戻ることはできませんが、記憶を繋いでこのように映像にすることは可能です。そしてあまり時間が経過していない記憶の方が、鮮明に作りやすいのです」

 立体映像では、湖上に立つフサ子さんとボードの上の私と秋月くんが対峙していた。ああ、あの時はフサ子さん、無表情だなぁって印象だったけど、今見るととても悲しそうだ。月明かりではなくて明るい照明の中なので、鮮明に見えるのかも知れない。
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