第44話 1月21日。旅立ち。

文字数 1,804文字

21日の日曜日。
前日まで珠洲で行っていた肉体労働もあって、珍しく朝9時までぐっすり熟睡した。
いつもは強引に起こしに来る聡も、レイちゃんにお父さんを寝かせてあげて、と止められていたようだ。
パジャマを着替えてキッチンに降りていく。

「おはよ、昨日も遅くまでご苦労さん。筋肉痛はどう?」
食洗機からお皿を取り出していたレイちゃんが、僕の姿を見て声をかけた。
「うん、大丈夫みたい。柳さんにマッサージして貰ったからかな」
「それはよかった。まぁ年をとると、筋肉痛が翌々日にくるっていうからあまり無理しないでね」
「うん」
肩をぐるぐる回してみるが、今のところ筋肉痛は大丈夫そうだ。
「朝ご飯のトースト食べる?」
「食べます」
そう言うとレイちゃんは朝食の準備をしてくれた。

毎回珠洲から帰って翌朝起きるたびに、珠洲での避難所生活が夢だったんじゃないかと思う。
だが珠洲で働いた体の疲労や珠洲でのできごとを思い出すと、それが現実であったことを身につまされる。

「聡や春香は?」
「はるき君達と公園に遊びに言っている」
「そっか、今日でしばらく会えなくなるもんな。居なくなること伝えた?」
「ううん、まだ。寂しがるわね」
「そうだね」

トーストが運ばれてくるまで昨日の新聞に目を通す。
石川県の地方新聞で、一面からずっと能登半島地震関連の記事が並ぶ。
復興の記事、復興が進まない記事、金沢や加賀や全国での支援の記事。
多くの情報があり、震災後新聞を読むのに時間がかかる。
少しづつ復興に向けた記事も増えているが、頭の痛い諸問題も山積されている。
情報量が多く、毎回脳が疲れてしまう。

「はい、どうぞ」
運ばれたトーストを食べながら、一旦新聞は置いて、温かいご飯を食べられる幸せに感謝した。

***
「いただきます!」
「いただきます」
「まーす」
聡が元気に挨拶して、送別会を兼ねた家でのお昼ご飯となった。

医王山スポーツセンターでの生活が始まると、しばらく清美さんの手料理の中は食べられなくなる。
はるき君達が好物をリクエスト。
食卓には麻婆丼と沢山の餃子が並ぶ。
「こら、もっとゆっくり食べなさい。消化に悪い」
ともき君がガシガシ豪快に食べていると、清美さんに怒られた。
少しペースを落として食べ始める。

2人とも麻婆丼をおかわりして、餃子も20個づつぐらい食べた。
恐るべき中学生の食欲だ。
僕の家庭では昔も今も、そんなにいっぱい食べることなく育った。
ご飯をお替りした記憶は、子どもの頃のカレーのときぐらいだった。
隆太さんが珠洲で言っていたように、2人が珠洲に残っていたら食生活は全然違うものになっていただろう。

食後少し休んで、大人がお茶を飲み終わった後、はるき君とともき君の荷物をソリオに詰め込んだ。
「じゃ、そろそろ出発しますか」
僕は清美さん、はるき君、ともき君に声をかけた。
「聡、春香、玄関でお見送りしよ」
レイちゃんが子供たちを促し、玄関前に並んだ。

「お兄ちゃん達どこ行くの?」
聡が少し不安そうにはるき君に聞いた。
「お兄ちゃん達は、違う場所に引っ越しするんだ」
はるき君がすまなさそうに答えた。
「明日帰ってくるの?」
「引っ越しなので明日は帰ってこれないな」
「じゃあ明後日?」
「明後日も帰ってこれないかな」
「じゃあいつ遊んでくれるの?」
「んー、土曜日に帰ってこれるかもしれないけど、、、」
「行かないで」
「えっ?」
「行っちゃダメ!。行かないでぇー」
聡は泣きながら、はるき君とともき君の足に抱きついた。
はるき君は困った顔をしており、ともき君は泣いている。
春香はよくわかっていないと思うが、一緒に泣きだした。
レイちゃんも清美さんも目頭を抑えていた。

聡がひとしきり泣き疲れて落ち着いた頃、はるき君が聡の頭を撫でた。
「お兄ちゃん達はこれから中学校の勉強をしに行くんだ。聡くんも春香ちゃんも保育園で沢山遊んで、沢山勉強してね。また遊びにくるよ」
「いやぁ!行かないでよ!」
聡はまた泣いて、はるき君に抱きついた。
僕は聡をそっと抱っこし、レイちゃんに渡した。
「また遊びに来てくれるよ。それまでバイバイだ」
聡は横にイヤイヤと首を降った。

僕は運転席、助手席に清美さん、後部座席にはるき君、ともき君を座らせて、車のエンジンをかけた。
「じゃ、レイちゃん聡と春香をよろしく」
聡はレイちゃんの腕の中でずっと泣いていた。
車を進めると、はるき君、ともき君はずっと後ろを振り返り、姿が見えなくなるまで聡と春香に手を降り続けた。
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