第17話 1月3日。別離。

文字数 1,182文字

三月家の玄関の前。
助手席にはレイちゃんと聡と春香。
車内にはチャイルドシートを付ける場所の余裕はなく、チャイルドシートは一旦壊れた三月家の車庫に閉まった。
春香はレイちゃんの膝の上でぐったりしている。
少し呼吸は荒いが今は寝ている。

頭には冷えピタを貼っているが、あっと今に熱くなってしまう。
聡はレイちゃんにピッタリ寄り添うように大人しく座っている。
コロナ禍を経ていたので、マスクだけは豊富にあった。
聡と春香以外はみんなマスクを装着した。
今更感はあるが、少しでも車内での感染を防ぎたい。

後部座席にははるき君、ともき君、清美さん。
ソリオの後部には後ろが見えないくらい荷物が車の天井までびっちり積み込まれている。
入り切らないものや貴重品などは足元に詰め込んだ。

「そろそろ行きます」
「おお、よろしくな」

車のエンジンをかけた。
三月家の玄関の前にお義父さん、お義母さん、隆太さんが並んでいる。
家側の車の窓をすべて全開にした。
一瞬で冷たい空気が入ってくる。

「お父さん、お兄ちゃん、決して無理せんといてね。お母さんも!」
レイちゃんが残るみんなに声をかけた。
「すみませんが戻ってくるまで、お願いします」
清美さんがお義母さんや隆太さんに伝えた。
「おう任せとけ。戻ってくる時にブルーシートあったら持ってきてくれ。分厚いやつな」
隆太さんが答える。
「あと酒も持ってきてくれ。残り少なくなったわ」
冗談めかしてお義父さんが言った。
「はるき、ともき、たっしゃでな」
お義母さんがそう言うと、目には涙が溢れた。

「すぐ戻ってくるし」
「おばあちゃんも気をつけて」
はるき君、ともき君も涙声で答えた。

「では行きます」
「ああ、スマンがよろしく頼む」
隆太さんは僕らに向かって頭を下げた。
「戻ってくるまで元気でいてね!」
「地震、気をつけて」
「道が悪いので運転気をつけてな」
みんな声を掛け合った。

海にはまた日が昇りはじめ、海面を真っ赤に染め始めている。
別れを惜しむ気持ちもあるが、隆太さんが言う通り、早めに家をでないと渋滞が次第に悪化する。
春香の状態も心配だ。
僕はゆっくりアクセルを踏んだ。

いつも帰る道は倒壊した家屋で通れないため、再び上戸小学校の方にゆっくりと進む。
後部席の三人とレイちゃんは涙を流し、三月家の方に向かい大きく手を振っている。
三月家の前でお義父さんと隆太さんが大きく両手を振っている。
お義母さんは片手で涙を抑えながら、手を振ってくれていた。

車内では嗚咽が続いていた。
こんなに号泣するレイちゃんを見たのは初めてだ。
家族や自宅との別れ、地震の恐怖から離れられる安堵感、避難所を自分だけ離れる罪悪感、いろんな感情が入り混じっている。
バックミラーに映る三人の姿がだんだん小さくなり、珠洲道路に向けてハンドルを切ると三人の姿は見えなくなった。

「すぐ戻る。すぐ帰ってくるよ」
はるき君が嗚咽しながら、何度も繰り返した。
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