其の三

文字数 2,512文字

 格納庫のような大きな倉庫棟は老朽化しており、補修箇所が随所に見られる。元々は官公庁が保有していた建物なのか、看板に消された文字跡がうっすらと残っていた。目立たない立地と港への利便性にも長けており、それを魔女たちに安く払い下げたのだろう。優雅な生活を送っているおもいきや、普段から質素倹約を心がけているのかもしれない。
 そんな倉庫の中では、魔女たちが待っているはず──。
 アタッシュケースを持つ手が緊張で汗ばむ。いよいよ、彼女らとのご対面だ。どれだけこの日を待ったことか……。左吉は扉の前で呼吸を整えると、ドアノブを一気に回して倉庫棟に足を踏み入れたのだった。
 しんと静まる冷えた空気。建物内は想像以上に広く、事務所の灯りが階段上に見える。見上げるほど天井は高く、天窓から差す幾筋もの光り。室内に設けられた中型のクレーンと数台のフォークリフトが用意され、下の作業場には所狭しと積荷が置かれていた。
 そして、前方には布のカバーで覆われた『〝軍事兵器〟』らしきフォルムの重機……。いや、兵器にしてはあまりにも仰々しい雰囲気もある。僅かに見える車輪の形状からしても、現代のものでは無さそうだった。
 ……となると、これも魔女の製造した乗り物に違いなく、否が応でも期待が高まってしまう。少し先には行待と長臣が待っていたが、左吉は吸い寄せられるように機体の方へと近づて行く。魔女との大事な交渉を控え、呑気(のんき)に見学している場合ではなかったが、不思議と魅入られてしまったのかもしれない……。
 まるで、生まれる前から運命付けられていたかのような既視感すら覚えてしまう。自然と手が動き、不思議に触りたくなってしまうのだ。次いで、左吉の指が機体に触れそうになったその時──。背後から凛とした声が響いた。

 ──「そこの青年、余程に気になるようだな?」

 慌てて布のカバーから手を引いて、左吉は声の主へ咄嗟に目を向ける。その目に飛び込んできたのは、フォークリフトを運転する一人の〝少女〟だった。
 ネイビーの作業服を着込み、年齢の頃合いは中高生ぐらいだろうか。
 頬に幼さの残るソバカスの跡。だが、その凛々しい表情は大人そのもの……。(つい)で、驚くほどの可憐な美少女。所謂、白人との混血児というものなのか、端正な顔立ちと濃い緑色の大きな瞳が特徴的でもあった。
 少女は「これはね、今回限りの特別仕様。あたしはフルアーマーの装備で臨むつもりだ」と、フォークリフトから嬉々と降り立ち、左吉のそばまで寄ってくる。
 茶色い髪を短く切っているのもあり、少年ぽい出立ちにみえないこともない。臨時で雇われた倉庫作業員にしても、やたら偉そうな態度だった。
「あたしの名前は〝カカ〟だ。あんた、左吉だろ?」
「僕を知っているのか?」
「勿論だ。ヨウジから写真を送って貰っていたからな」
「ヨウジさんを知ってるのか? それで、写真をっ?」
「ええと、半年ぐらい前かな……」顎に指を充てて小首を傾げる。
 少女の背後に視線を向けると、そこに控えているミユキが畏まったように会釈をする。
 その所作からして、二人は知り合いでもあるようだ。……と言うことは、ただの倉庫作業員という訳ではなさそうである。それとも、メカニックの担当なのだろうか──。いやいや、それにしてはあまりにも若すぎる。
 続いて、次々と浮かびあがる推測や憶測が脳裏を(よぎ)る……。
 が、それも些か現実離れをしている。彼女は魔女の「使用人」と考えるのが妥当なところ。そんな左吉を他所(よそ)に〝カカ〟と名乗る少女は階段上の事務所に向けて大声を出した。

「エヴァ姉っ! 待望のパイロットが届いたぞ!」

 はいはい、いまそっちにいくから──と、甲高い声が倉庫内に木霊する。
 左吉が目を移せば、灰色の厚手のドレスを纏った女性が、階段から丁度降りてくるところだった。日に焼けたような健康で魅惑的な褐色の肌と、背中まで届く長い銀髪を靡かせている。まさに聞きしに勝る常人離れした美しさ。それは、紛うことなき〝本物の魔女〟の姿でもあった。
 丸めた模造紙を腕に抱え、スカートの裾を掴んで階段の段差から、ちょこんと飛び降りる。運動神経が鈍そうな、やや滑稽な動き。魔女は黒縁の眼鏡を直しながらいそいそと歩いてくるのだった。
 それを出迎えるように頭を下げ、行待と長臣が魔女の後に続く。
 さながら会社の重役とその取り巻きのようだ。その面持ちから二人の苦労が透けて見えるようだった。……それよりも、今しがたパイロットがどうこうと言っていたが、ヨウジから聴かされていた話と全く繋がらない。初めて目にする魔女に見惚れつつも、先行きが不透明になるばかりだった。
 次いで、正面からツカツカとエヴァがやって来て開口一番で言う。
「どうも、はじめまして。あんたが左吉だっけ?」
「は、はいっ! お初にお目にかかりますっ!」
 左吉は咄嗟に頭下げるものの、魔女の目線は既にアタッシュケースに向けられている。視線はそこに釘付けとなり、此方の目など見ようともしない。最初から自分のような若造には用が無いのだと言いだけな態度だった。
「……総責任者のエヴァよ。例のモノを預かってきてるはずだけど?」
「も、勿論、持ってきました。しかしこれは……」
「そう警戒しないで。まずは中身から確認したいからさ」とエヴァはぶっきら棒に言い放つ。困ったことに、魔女は初っ端(しょっぱな)から強引に取引を迫ってくる。
 しかし、彼女の言い分も最もだろう。交渉をするにせよ、中のブツを確認しなければ始まらないからだ。
 チラリと長臣の方を向けば、早く中身を見せるよう顎をしゃくってくる。
 やはり、その対応が無難なようだ。多少の躊躇いを覚えつつも、左吉は中央付近においてある作業台に早足で向かう。直ぐ様、気を利かせたミユキが一足先に行って、台の上の道具類をサッと片づける。
 そして、左吉はジュラルミン製のアタッシュケースを軽々と持ち上げ、台の上へと無造作に置く。衝撃で一斉に巻き上がる埃。激しく揺れる作業台。左吉は目を疑いたくなるような、とんでもない怪力の持ち主だった。どれだけの重量があったのか、頑丈な造りにも関わらず太い脚が音を立てて(きし)んでいた。
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