其の六

文字数 3,144文字

 ……さてさて、仕事の時間だ。あまり黄昏(たそがれ)ているわけにはいかない。
 長臣は船首付近の縁まで登り、怪しい船が迫ってきてないか海上を隈なく確認する。今のところ、さして異常はなさそうではある。──潜伏先の情報によると、米帝の「タイソン」は巡視船らしき高速艇で追ってきているとのこと。当然のように特殊部隊を引き連れており、武装もしているに違いない。つまり、揚陸艇を乗っ取ってから直接占拠するつもりなのだ……。
 (いささ)か強引な作戦だが、要は拿捕(だほ)されなければ良いだけ。問題は、どうやって奴等の巡視船を煙に巻くかだった。出来ることなら、戦闘は避けたいところ……。夜が明けきて視界は明瞭だが、幸い朝靄がまだ掛かっている。安心はできないが、霧に紛れて東京湾を抜けてしまうのが得策だろう。次いでに、時化で海上が荒れている分、向こうもそう都合よくは追ってはこれない。
 しかしなから、相手が相手だ。どんな手を講じてくるか分かったものではない。諸々の条約や規制はあるものの、そんな事情はお構いなしの連中……。
 揚陸艇をおびき寄せるために、(わざ)と虚偽の情報を流している可能性も捨てきれなかった。よって、何処かで待ち伏せしている状態と見るのが妥当だろう。神経を研ぎ澄ませ、長臣は近場を通り過ぎてゆく船舶を入念に見極める。自分が(そば)に付いておきながら、簡単に拿捕されるような真似だけは避けたい。
 すると、下の甲板から溌剌(はつらつ)とした左吉の声が掛かる。
「オミさん。必要かと思って、無線機と双眼鏡を持ってきましたよ」
「ありがとうよ。気が効くな」
「ところで、不審な船影はありましたかね?」
「いや、いまのところは……」
「よかった。いきなりドンパチになるのは困りますから」
 左吉は甲板の手摺りを伝って器用に登り、無線機と双眼鏡を手渡す。
 長臣は「また随分と小型な無線機だな?」と眉を下げつつ、受け取った双眼鏡で遠方の海岸線まで覗く──。
 近場には多くの貨物船や輸送船、旅客船やタンカーがのんびりと往来している。いつもと変わらぬ牧歌的な平和な景色でしかない。とはいえ、食うか食われるかの緊急時には日常風景すら不気味に映ってしまうもの。戦争時代の嫌な記憶が蘇ってきそうだ。静寂は惨劇への序曲。油断は禁物以外の何者でもない。長臣は余計な邪念を振り払いつつ、無線機のボタンをそっと押すのだった。
 ──「あー、あー。テスト、テスト、テスト」と、慣れない口調で発声をする。ところが、全く応答がない……。よくみると従来型の無線機ではなかったようだ。またもや目にしたことない機器の操作に戸惑ってしまう。
「おい、左吉。コレはどうやって使うんだ?」
「どうかしましたか?」と、甲板にある戦車に戻ろうとしていた左吉がひょいと戻ってくる。手にしている無線機を一目みて「多分ですが、主電源を切っちゃったのですね。間違って押したボタン、もう一度押せばそのまま使えるはずです」と手早く説明するのだった。
 やや面倒臭そうに片眉を下げ「そうか。ありがとよ」と、長臣は再び電源を入れる。次いで、青く発光するミニ・ディスプレイ。いい加減に慣れてきたが、未来の機器というのは便利になったのか不便になったのか疑問な箇所が多い。
 扱ってきた機器の中には以前のほうが使いやすかった代物もある。新作は変な機能が追加されるだけで、役に立つことは殆どなかったからだ。とはいえ、他の使い道を色々と考えてもみたりもしたが、やっぱり必要性がなかったりと……。結局、製品が新しければ良いという話でもなかった。
 ──『長臣だ。いま船首にいる。誰か聴こえるか?』
 ──《ブリッジの遊佐です。よく聴こえはりますよ》
 ──《カカだ。いちいち切らずとも電話みたいに話せるからな》
 と、無線機に搭載されたスピーカーから、クリアな音声が出力される。
 続いて、言い忘れたように「複数同時に通話できますよっ!」と、左吉の声が甲板から響く。そして、魔女が搭乗している戦車に入ってゆくのだった。
 そして頼みの綱である戦車の具合はどうなのだろうか……。
 確か、まだコンピューターのセットアップが終わっていないとか、魔女がそんな話を(のたま)っていた気がする。作業が終わらぬ内は大した性能を発揮できないとかなんとか……。なんのことだかさっぱりだが、それまでは時間を稼がねばならなかった。
 ……見たところ、戦車のエンジンだけはかけて待機しているようだ。
 未だ機動戦車の装備を把握していないが、どうせ見た事も聞いた事もないような未知の迎撃兵器が搭載されているはず。いざとなれば、それらの兵器でタイソンの巡視船を潰すしかない。──とはいえ、奥の手は極力見せず、こちらの戦力はなるべく温存したいところ……。
 そしてなにやら、ふと気づいたのか。長臣はブリッジに目を向ける。
 ──『遊佐、九十九はそこにいるな?』
 ──《表で何かやってはりますけど、いますぐ呼びます?》
 ──『頼む、船にある装備を聞きたい』
 ちょい、まってや。と、遊佐がブリッジの窓を開けて無線機を手渡す。海風の音が煩くて伝わり難いのか、互いに怒鳴り声のような遣り取りが暫く続く。
 ──《ああ、なんだって? よく聴こえんぞ。なんか用事かっ?》
 ──『悪いが、揚陸艇の銃器について教えてくれ』
 ──《……ええと、自動小銃が二丁。それと備え付けの機銃が一機だなっ!》
 ──『……思ったより少ねえな。道具は扱えそうか?』
 ──《当然だ。その為に呼ばれている》
 ──『じゃあ任せたぞ。なにか変化があったら構わず撃ってくれ』
 そう言うと、長臣は煙草を咥えて無線機を一時的に切る。いつもの癖というより、慣れない機器だと調子が狂うのだ。無線機から漏れてくる雑音が耳障りなのもあるが、より集中して戦術を練らないとならない局面でもある。
 ……しかし、タイソンは何処から魔女の船の情報を得たのだろうか。
 出航や仲間の合流をクリスマス・イブに設定をしたのも、米帝の動きを警戒しての対処だったはず……。クリスマスまでは派手な動きはしないだろうと、タカを(くく)っていたのだ。我々の見立てが少し甘かったのか、むしろ動くなら此処らだと逆に読まれていたのかもしれない。
 更に、行待のいる内務省には米帝寄りの一派がいると耳にしている。
 そいつらが何者かまでは掴んではいないが、可能性としてただひとつ。その一派を通して、あの〝

〟が関わっている可能性も十二分にあった。おそらく、魔女の裏を掻く為に、かなりの金額を積んできたに違いない。もし〝ゼロ〟と米帝が接触しているのであれば、この強襲撃も素直に頷ける筋書きでもあった。

 ──下手を打てば、本当に揚陸艇を鹵獲(ろかく)されてしまうかもしれない。

 そんな不吉な空気すら孕み始めている。船内に積まれてる兵器の数々は魔女のもつ科学技術の集大成に近く、近年における局所的な紛争においても遅れをとりつつある米帝にとっては宝の山であることは間違いなかった。
 過去の栄光を取り戻そうと、米帝も必死なのだ。今後、莫大な予算をかけて開発する技術の大半を得られるとなれば、背に腹はかえられない。だが、明日は我が身でもある。此方もそう易々と奪われるわけにはいかなかった。
 最早、選択の余地はなし。危険だがここは打って賭けにでるしかない。
 加えて、ここで全滅してしまうなど真っ平御免だった。
 その為には、虎の子である機動戦車を最大限に活用するほかないだろう。
 ……総合的に判断しても出し惜しみしてる場合ではなさそうだ。ちょうどいい機会だ。こいつの性能がどの程度か見極める必要がある。背面にみえる機動戦車を厳しい目を向け、長臣は無線機で魔女に呼びかけるのだった。

 ──《カカ、応答しろ。機動戦車の装備を試したい》
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