其の一

文字数 2,511文字

 機動戦車の主砲が火を吹き、緩い反動が揚陸艇全体的に伝わる。
 初手とは打って変わって砲撃の振動は軽く、放った徹甲弾は海面スレスレの低い弾道を飛んでゆく。時間にして零コンマ数秒 ──。
 次の刹那、巡視艇の船尾側面からパッと明るいオレンジ色の閃光が輝く。
 続いて、少し遅れてやってくる乾いた残響音。被弾による爆発は直ぐに起こらず、急激に速度を落とす巡視船。辛うじて慣性の力で航行はしているものの、船の後部から小さな火の手と黒煙が上がったのだった。
 推測するところ、放たれた徹甲弾は機関部付近に貫通、着弾したのだろう。幸いにも、エンジン停止からの操舵不能に陥ってくれたようだ。窮鼠(きゅうそ)猫を噛む。青天の霹靂……。圧倒的な優勢から、たった一発でひっくり返された戦況……。
 その混乱たるや、筆舌に尽くし難いだろう。常識はずれの異次元な攻撃もいいところ。他所からの攻撃を真っ先に疑ったはず……。だが、先ず乗組員は敗北の現実をしっかりと受け止め、落ち着いて対処しなければならなかった。
 甲板では救命胴衣を着用した兵隊が消化器を持って走りまわっている。緊急用の警笛が一斉に鳴り響き、各所でのダメージを確認しあうのに手一杯だ。しかしながら、命中した側面の損傷具合からみて沈没までは至らないだろう。
 加えて、脱出用のボートも多数用意してあるようだ。皮肉にも乗艇用のボートを使う羽目になってしまったのだろう。とはいえ、雌雄は既に決したのだ。
 米帝側に死傷者がでてないことを祈りつつ、揚陸艇も並走しつつ速度を落とす。
 適度な距離を保ちつつも、いざという時は救援に駆けつけないとならない。何故なら、海上では常に人命救助が第一。彼等とて、真冬の海に投げ出されてしまっては一溜まりもないだろう。いくら敵対してるとは言え、悪戯に船員たちの命までは奪いたくなかった。
 それに加え、タイソンとの勝負はもうついている。呆気ないほどの幕引きだが、これ以上に(いが)み合う必要もない。暫くすれば、内務省の管轄にある船舶が救援に駆けつけに来るだろう。いまは早く到着するのを願うばかり。
 ──その一方、素早く相手の損害状況を見極め、遊佐も操舵を長臣に任せて電信室へと走ってゆく。そして彼女と入れ替わるように、九十九が騒々しくブリッジに入ってきたのだった。鼻息も荒く、真冬の汐風や波飛沫に晒されて全身ずぶ濡れだ。興奮冷めやらぬまま、震えながら乾いたタオルを手にした。
「いやあ、危なかった。ほんに間一髪だったぞっ!」
「たくっ、心臓に悪いわ」参ったように長臣が言う。
「でも、カラスの『先読み』様々だな。助かったわい」
「……だから、違うんだって。そんな大層な仕掛けじゃねえんだ」
「またまたそう謙遜なさるなっ! カラスの旦那っ!」
「つーか、もうなんでもいいけどよ……」
 と、面倒そうに言う長臣も久々に肝を冷やしたのだろう。引き攣った顔が余裕の無さを物語っている。九十九も同様にして皮肉るように口の端あげだ。
「それにしてもよ、よく当てたもんだな。魔女の科学力は噂に違わぬってわけか……」
 だが、訝しむように長臣は口をへの字にする。「いや、そうでもねえな。砲撃を当てたのは左吉本人の腕前だろうよ」
「はいっ? なんだって? じゃあ、あいつが自力で当てたっていうのか?」
 と、九十九は濡れた身体を拭きつつ機動戦車「グラスジョー」へと顔を向ける。
 初陣を無事に終えた機動戦車はスタンディング・モードを解除して、元の形に戻るべく変形作業に移行していた。装甲にどれだけ細かい部品や仕掛けが使われているのか、奇怪な金属音を奏でている。まるで蠢く芋虫の如く、不気味に外殻を変形させるのだった。
 海風に紛れてオイルライターで煙草に火をつける音がする。
 美味そうに一服する長臣が「どうやら、魔女ご自慢の戦車にトラブルがあったみたいでな……」と、曖昧な表情を浮かべるのだった。
 だからといって、肝心要の機動戦車が使えないとなれば話にならない。其れ等を考慮して、九十九が腕を組んで口を開く。
「……それなら、一旦は港に引き返して仕切り直したらどうだ?」
「なんだ、怖気(おじけ)付いたのか?」
「馬鹿言うな。安全に行くなら護衛艇ぐらいつけたほうがいいって話さ」
 だがしかし、厳しそうに眉を顰め、長臣は口を横一文字に結んで即答する。「……だめだ、ここまま現地に赴くぞ。オロスに動きを悟られたら今までの苦労も水の泡だ。いまなら、まだ間に合うからな」
「しかしだな、次はそう簡単に守りきれるかわからんぞ?」
「まあ、そんな心配すんな。魔女なら直ぐに立て直すさ」
 と、部隊の責任者でもある長臣は紫煙を燻らせ、静かに戦車の方へ目を遣る。しかしながら、その面構えには、然程困惑した様子はなかった。
 そのカカとて、魔女でもある前に一人の人間である。間違いを犯せば、当然のように失敗もする。どちらかと言えば、長臣は生き方に不器用でもある彼女らをよく知っているからだった。加えて、付き合いが長い者にとってみれば、魔女と関わる上での謂わば「通過儀礼」のようなもの。魔女は万能でない。少々厄介だが、こればかりは慣れてもらうしかなかった。

 ──それに順応したかのように、機動戦車の後部ハッチが徐に開く。

 カカが不機嫌そうに中から出てきて、何やら大声で不満を漏らしているようだ。戦車のシステムどころか、操縦士まで言うことを聴かないとなれば、さぞかし腹立たしいことだろう。次いで、左吉がカカを(なだ)めるように出てくる。
 ヘルメットを取りつつ、申し訳なさそうな態様とは裏腹に少し嬉しそうである。
 しかしながら、左吉の機転が無ければどうなっていたことか……。
 おそらく、それが分かっているだけにカカは余計に苛つくのだろう。あれだけ大見栄を切っておきながら、何一つ役に立てなかったという体たらく……。
 魔女にとっては堪え難い汚点に違いなく、挽回するには今後の活躍に期待する他ない。それに、自信家のカカにとっての「大失態」は、いいクスリになるだろう。それを自覚できただけでも、よりよい方向に促せているけるはず。

 ──やがて風が止み、遠くから複数の警笛音が薄く聴こえるのだった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み