第11話 王者の孤独

文字数 1,316文字

 机の上に黄金色に輝く鍼が10本、並べられてある。
 藪下はいった。
「これが伏鍼に使われる埋没鍼だ。特製で世界に10本しかない。しかも効力は2時間程
度。使い回しはできない。さて、どうする?」
 机の上の黄金鍼を食い入るように見つめているのは、海渡と立花の二人だ。
 二人の視線が宙でぶつかりあい、火花を散らしている。お互い譲る気はないと瞳が物
語っている。
「……そうだな。じゃあ、こうしよう」
 藪下は検尿コップを手に取ると、そこにサイコロを入れた。
「丁半博打といこうじゃねえか」
 伝法な口調でカラコロとサイコロを振る。
「丁!」
 先に発したのは立花だ。
「おめえさん、半でいいかね?」
 問われて海渡がうなずく。
「OK!」
 壺に見立てた検尿コップが伏せられた。
 コップの中でサイコロが暴れまわる音がする。
 小さな静寂が訪れた。
 藪下はゆっくりと伏せたコップをあけた。



 試合を終えた修学院ナインが歩いてくる。
 次の試合に出場する桜台ナインと通路ですれ違う。
 海渡は立花の姿を見つけると駆け寄った。
「nice fight!!」
 立花は憂いをたたえた瞳でフッと笑うと、
「丁を選んだ瞬間、こうなることはわかっていたよ」
 海渡の肩をぽん、と叩き、
「good luck」
 低い声でエールを送ると、わずかに左足をひきずり去っていった。



「ノーヒットノーランとはな」
 記者席で唸るように緒方がいった。
 達成したのは獅子王亮介だ。
 修学院打線は1回裏から9回裏までゼロが並び、そしてHのスコアもゼロで締めくくら
れている。
 試合が終わり、次の試合が控えるチームがアップをはじめているというのに、まだス
タンドのあちこちでは落胆のうめき声が漏れ、立花ファンの女子たちは互いの肩を抱き
あい、慰めあう始末だ。
「しかし、おかしくないか?」
 梅宮が首を傾げて疑問を呈する。
「なにが?」
「獅子王亮介だよ。被安打の数が3、2、1そしてノーヒットと見事にカウントダウンを
刻んでやがる」
 そういえば……と緒方も首をひねって過去の試合結果を振り返る。
 一回戦は被安打3。
 二回戦は被安打2。
 三回戦は被安打1。このときは、8回までパーフェクトピッチだった。
 そして準々決勝のこの試合。最後の打席に立花の打順がまわるようにフォアボールを
連発。見事、三振に仕留めてゲームを締めくくった。
「だとしたら、案外性格がわるいやつだな」
 その名のとおり、まるで王者のようにマウンドに君臨する姿は常に堂々としていて、
弱者をいたぶって楽しむタイプには見えない。
 身長187センチ、体重95キロ。逆三角形の筋肉質の体格。その右腕から投げ下ろす豪
快なピッチングは炎をまとい、一種の痛快さがある。
「もしかしたら……やつの戦っている相手は別にいるのかもしれんな」
 ぽつり、と梅宮がいう。
 絶対的なチカラを見せびらかすようにして戦い、世間を、オトナたちを翻弄する。
 それが自分たちを裏切ったオトナに対する復讐なのかもしれない。
「だとしたら、あいつは……」
 緒方はノーヒットノーランを達成したというのに、にこりともしなかった獅子王の横
顔を思い浮かべた。
「ものすげー孤独を背負っているんだな」



       第12話につづく
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