第5話 本当の姿

文字数 1,896文字


「大丈夫かッ?! 風巻!!」
 恐怖よりも同志愛がまさって、月岡、花添、鳥沢の三人は奥座敷の間に飛び込んだ。
「ぎゃああああッ、今度は団体で出たあ!!」
 悲鳴をあげたのは風巻ではない。当の“怨霊“だ。
「おいおい、みんな落ち着け」
 風巻が冷静な声で三人に呼びかける。
 浴衣姿の“怨霊“は文机に置いてあった黒縁メガネをつかんでかけると、まじまじと風
巻ら凪浜カルテットを見渡す。
「なんだ、きみたちか、脅かすなよ」
“怨霊“の正体は懇意の人物である『月刊 甲子園』の記者・緒方であった。
「緒方さんこそ、なんでこんなところに?」
 カルテットを代表して月岡が訊いた。

「空いてるやっすい宿がここしかなかったんだよ」
“やっすい“を強調して緒方がこたえた。
「ほら、ゲッコウってビンボーだろ、経費をぎりぎりまで削って取材してんだよ」
『月刊 甲子園』を発行している出版社は業界でもケチで有名なところである。とても
高級ホテルなんかに宿はとれない。そこで取り壊し予定のある、ここ松倉旅館の奥座敷
に格安料金で泊めてもらったというわけだ。
「おまえらも就職するとしたら大手にしろよ。人生の辛酸を舐めることになるぞ」
 やけに実感のこもった声でいう。
「やれやれ、怨霊の正体が緒方さんだったとは……」
 拍子抜けしたといわんばかりに、三人がその場にへたり込む。風巻は緒方の枕元に置
いてあった『月刊 青春野球』をペラペラとめくっている。
「シュンキュウさんの方が写真も豊富で記事の内容も濃いスね」
「なにィ!!」
 遠慮会釈のない風巻の言葉に緒方が片眉を吊りあげる。
「お、おい!」
 月岡が慌てて注意する。記者を怒らせたらなにを書かれるかわからない。
「いってくれたな、おい。
 きみらこんなところで肝試しをしているヒマがあんのかい?」
 愛社精神がそれほどあるとは思えない緒方だが、ライバル誌の方を評価されて、さす
がに頭にきたようだ。
「初日の対戦相手、南星の晴海久遠がなんといってるか教えてやろうか」
 緒方はスマホをつかむとボイスレコーダーのアプリを立ちあげ、久遠の音声インタビュ
ーを再生した。

『おれが千葉のイナカモンに負けるわけなかとですよ。あいつら野球ばやるより落花生
つくってた方がお似合いですけん。まあ、見ちょってください。地区予選のときば同じ
こつゼロ封してやりますよ』
『おい久遠、本音を喋るな。どんな相手でも全力を尽くします、とこたえろ』
 途中から横入りした音声は監督の声だろう。これはヤバいと察して発言の修正を命じ、
緒方に“いまのはなかったことに“と頼みこむ様子が目に浮かぶ。

「あの野郎!!」
 先ほどまでの恐怖はどこへやら、月岡ら三人のこめかみには怒気という名の電流が走っ
ている。
「長崎の方がど田舎じゃねーか!!」
「見どころはグラバー園しかねえくせに」
「ちゃんぽんなんてただの皿うどんだろ!」
 長崎県民が聞いたら卒倒しそうなほどの悪馬が次々と彼らの口をついてでる。反対に
風巻はといえば、『月刊 青春野球』のある記事を熱心に読み込んでいる。
「どうした? なんか面白い記事でもあるのか?」
 月岡が気になって覗き込む。それは晴海久遠について書かれた特集ページだ。
「久遠の目標は兄貴と同じ球団に入ってバッテリーを組むことだってさ」
 途中で興味を失ったかのように風巻は『月刊 青春野球』をぽいと放り投げた。
「どんな壮大な目標を持ってるのかと思ったら……」
「そういえば、きみの目標はMLBだったな」
 緒方は風巻に向き直る。
 風巻が見つめ返してきた。ただの戯言ではなさそうだ。
「MLBの投手はみんな150キロ以上、投げるぞ」
 MAX133キロの風巻の出番はない、と言外に匂わす。
「やだなあ、緒方さんが自身がいったじゃないスか」
 挑発とは受け取らず風巻はいった。
「おれは風使いスよ。甲子園の風も、そしてMLBの風も操ってみせますって」
 自信というよりかは当然といった口調で立ちあがると、おやすみの挨拶もそこそこに
部屋をでてゆく。
 花添も鳥沢も風巻のあとにつづいて月岡だけがその場に残った。
「なにかおれにいいたいことがあるようだな」
「はい。これだけはいえます。あいつはまだ本当の姿を見せてはいません」
「本当の姿?」
「まあ、最後まで見ていてください。きっといい記事が書けますよ」
 そういうとペコリ頭を下げて出ていった。

 ——本当の姿?
 月岡のその言葉が頭から離れない。
 寝入りばなを花鳥風月カルテットに邪魔されたばかりか謎かけみたいな言葉を残されて
寝つけない。
 緒方は夜明けまでまんじりともせず、月岡の言葉の意味を考えるのであった。



       第6話につづく

 





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