第13話 正論の一打。

文字数 2,250文字

“打ったアアアアーーーーッッ!!
 バックスクリーン直撃!
 日野海渡、見事初球を捉えましたアアア!!
 この試合、先制の第1号ホームラン、完封記録を更新する獅子王に土をつけましたア
アアーーッッ!!“

 実況のアナウンサーが絶叫している。あまりの甲高い声に、緒方はスマホのラジオア
プリから流れてくる音声を遠ざけるべく、イヤホンを耳から離した。
『狙いすましたかのように……いや、これは完璧狙ってましたね。
 獅子王はオープニングの先頭バッターには必ずといっていいほど、ストレートを投げ
てきます。しかもど真ん中にね。だからといって160キロの豪速球をだれもが打てるわ
けじゃない。打てるのは日野選手しかいません。そのための武藤監督の1番起用でしょう』
 解説もつられて興奮気味に語っている。

 グラウンドを見下ろすと、海渡が淡々とした走りでダイヤモンドをまわっている。打っ
て当然といった表情だ。
「いやはや、これはまいった!」
 梅宮も興奮さめやらぬ表情で口を開く。
「この一打で獅子王は連続完封記録もノーヒットゲームも吹っ飛んじまった」
「ちょっと黙ってくれ! 日野が獅子王に向かってなんかいってる」
 なおも語りたげな梅宮の口をふさぐと、緒方はホームベースを踏んだ海渡が獅子王に向
かってなにかいってるのを注視した。
 観客の大歓声に遮られてここからではなにをいってるのかはわからない。だが、いわれ
た獅子王の顔色が変わっている。
 日野海渡という選手を緒方も取材したことがある。ひょうひょうとした捉えどころのな
い少年だが、相手を挑発したり、貶めたりする言葉は絶対に吐かない。それだけは確かだ。

 海渡がダグアウトに引っ込んだ。
 獅子王はダグアウトの奥に消えた海渡の背中をなおも目で追っている。
「いったい、なんていったんだ?」
「知りたい?」
 いきなり隣から声が響いた。
 驚いて振り向くと、通路の段差に風巻が座っている。
「お、おいきみ、選手が記者席にきてはダメだ!」
 慌てて注意したのは梅宮だ。バックネット裏のこのブースは報道関係者以外立入禁止
なのにどうやって潜り込んだのか?
「あ、そう。じゃあ、お邪魔しました」
 腰を上げようとする風巻を緒方は慌てて押し留める。
「ま、待て。きみは日野が獅子王に向かってなんていったのか、わかるのか?」
「おれはこうみえても耳がいいからね」
「で、なんていったんだ?」
「英語だよ」
「英語?」
「おれの目標はMLBだから、前から英語や英会話を勉強してるんだ」
「そんなことはどうでもいい。日野海渡が英語でなんといったのか教えてくれ」
 今度は梅宮が身を乗り出している。
「なんだよ、邪魔者扱いしたくせに」
「それは謝るから」
 そっぽを向きかけた風巻に向かって梅宮は手を合わしている。
「で、日野はなんと?」
 緒方が先を促した。
 たっぷり間をとって風巻が口を開いた。

“Your revenge is wrong“

「はあ?」
 梅宮が耳に手をやって聞き返す。
「ユア リベンジ イズ ワローン」
 風巻がゆっくりと繰り返す。
 すると、そこへ——
「きみきみ、きみは選手だろ。ここに入ってきちゃダメだ。でていきなさい」
 係員がやってきて、風巻は猫のようにつまみ出された。
 おとなしく通路の奥に消えてゆく風巻の後ろ姿を見つめながら緒方は首をひねる。
 なぜあいつはチームと一緒に帰ろうとせず、第二試合がはじまるまで居残って記者席
に潜り込んでいたのか?
 考え得る答えはひとつ、バックネット裏という最高のアングルで海渡のスイングを見
たかったのだろう。風巻は決勝には桜台が進出するものと思っているに違いない。
「ワローン?……ワローンて確か……えーと」
 緒方の思惟を破るかのように隣で梅宮が唸り声をあげた。記者のくせに英語が不得意
のようだ。
「間違っている」
 助け舟を出してやった。
「直訳すると……?」
「きみの復讐は間違っている……て日野海渡はいったのさ」
「うげ。日野はそれをいうため、獅子王の球をバックスクリーンに叩き込んだってのか?」
 おそらく獅子王は対桜台戦のこの試合、パーフェクトで決めるつもりだったろう。
 そうやっておのれのチカラを誇示して値段をつり上げ、汚いオトナが群がってきたと
ころでケッチンくらわせる算段だったに違いない。
「オトナたちではなく、真剣に勝負している選手に向き合え……ってことか。まあ、正
論だな。正論大ホームランだが……」
 問題は桜台がこの1点を守り切れるかどうかだ。
 緒方は断言する。
「守りきるさ。雷音寺は獅子王のワンマンチームだ。獅子王さえ抑え切ればいい。プラ
イドもなにもかなぐり捨てて勝ちを拾いにゆくだろう」



 試合は緒方の予想通りとなった。
 桜台のエース滝沢はプライドを捨てて、徹底的に獅子王との勝負を避けた。非難ごう
ごうの嵐のなか、全打席敬遠で通した。
 こうして虎の子の1点を守りきり、桜台は決勝に進出した。
 日野海渡は次打席に立つことはなかった。
 役目を終えたベンチに海渡の姿はなく、試合後のインタビューにも現れず忽然と消え
た。
 球場関係者はのちに証言している。打席から帰ってきた海渡が係員に抱き抱えられる
ようにして球場をあとにしたのを……。



 決勝のカードは千葉県代表・凪浜と神奈川代表・桜台に決まった。
 果たして紫紺の優勝旗を手にするのはどちらか?!




      第1章 怪物たちの祝宴 了。

      第2章 決勝! 凪浜VS桜台
      へつづく
      coming soon
      乞うご期待。
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