第2話 敵情視察

文字数 1,349文字

 県大会優勝の余韻もさめやらぬ翌日、千葉県立凪浜高校野球部は早くも対戦チームに
関する早朝ミーティングを開いた。
 監督の山際哲(やまぎわ・さとし)が指揮棒を持って会議室の正面に立ち、プロジェクターから
映し出される映像に解説を加える。
「甲子園出場を決めたチームのなかで前評判も高く、一際要注意なのは以下の3チームだ。
 一番目は広島代表の雷音寺(らいおんじ)高校。エースで4番の獅子王亮介(ししおう・りょうすけ)は地区予選ではMAX160キロ
のストレートを記録している。
 つづいて二番目は東東京代表の修学院(しゅうがくいん)高校。こいつもエースで4番の立花樹(たちばな・いつき)
が中心選手だ。
 3番目が長崎代表の南星(なんせい)高校。投手は1年生ピッチャーの晴海久遠(はるみ・くおん)
 晴海はおまえらも知ってのとおり、福岡ホープスでレギュラー捕手をつとめる晴海玲音(はるみ・れおん)
の弟だ。別に血統をいってるんじゃない。こいつは地元のリトルシニアでもチームを全国
大会優勝に導いた有力選手だった。
 とりあえず警戒すべきチームはそんなところか。なんだ? 風巻」

 風巻は山際監督が解説中もじっとせず、盛んに挙手して発言の許可を求めていた。よう
やく発言が許されると、勢いよく立ちあがり——
「一番先に警戒すべきは横浜の桜台だと思います!」
 よくとおる声でいった。
「桜台?」
 監督が怪訝な顔をする。
 横浜市立桜台高校には一風変わった選手がいる。
 日野海渡(ひの・かいと)
 アメリカはシアトルから交換留学生として招かれた人材で、両親はともに日本人。
 リトル世界大会のアメリカ代表をつとめたこともあるが、交通事故に巻き込まれ、骨盤
と大腿骨に大けがを負って挫折を経験した過去がある。
 その男がいま、代打専門要員として要所でヒットやホームランを打ち、チームを神奈川
県大会決勝戦にまで押しあげている。
 その決勝戦は本日午後1時に開始だ。
「……というわけなので、いまから敵情視察にいってきます」
 いうが早いか、背を返して風巻は飛びだしてゆく。まさしく風のように。
「おい、月岡!」
 山際監督は風巻とバッテリーを組むレギュラー捕手の名を呼んだ。
「はい、とっ捕まえてもどらせます」
 月岡秀俊(つきおか・ひでとし)は立ちあがり、駆け出そうとするが——
「もどらんでいい。おまえも敵情視察にいってこい」
 逆に送り出す監督であった。



 神奈川県立保土ヶ谷球場。
 相模野VS桜台。
 県代表を決める夏大会決勝戦は佳境を迎え、風巻と月岡が到着したころには、早くも
9回裏の攻防に移っていた。
 スコアは3−2。相模野一点リードで桜台の攻撃。
 2アウトで3塁に同点のランナーがいる。
『桜台高校、選手の交代をお知らせします。バッター滝沢くんに替わりまして代打・日
野くん』
 スタンドにざわめきが疾る。滝沢はチームを支えるエースだ。それをこの場で替えて
くるということは、この回で逆転優勝を決めようという桜台・武藤監督の決意に他なら
ない。

 日野海渡が土をならして右打席に立つ。
 相模野の女性監督・川澄陽子(かわすみ・ようこ)が自慢の巨乳を揺らして投手の
有坂兵悟(ありさか・ひょうご)にサインを送っている。
 それを確認し、有坂は投球モーションに入った。

「縦スラで仕留めにくるな」
 独り言のように風巻はいった。
 隣の月岡はただうなずくのみだ。
 まずは確実にファーストストライクを取ることが大事だ。
 風巻の予想どおり、有坂は得意の勝負球を放った。



              第3話につづく





 
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