十七

文字数 7,878文字

 ショウは日本橋「サエキ」から、一旦、歌舞伎町に目を戻していた。「サエキ」には考える時間が必要だと感じたし、強引に貝の口をこじ開けるようなことをするよりも、自然に開くのを待つ方が得策だと感じた。変化の種は蒔いた。連絡を取ろうと思えばいつでも可能である。夏に盛岡に帰郷した時、にわかに芽生えた、家族を取り戻したい衝動が、東京に戻ってからも消えることはなく、日に日に増して行くことに戸惑いながら、焦燥を押し殺している。シズエさんに教えてもらった、父の油彩画への悪戯。その家族への愛情の証が盗まれたままになっている。犯人を殺してやりたいという思いよりも、家族の証としての父の油彩画を取り戻したいという思いの方が強い。幼少の頃から両親と離れて暮らしていたから尚更だ。初めは弟のリュウに再会できて、傷を舐め合うことができれば、それで満足するのかと思っていた。しかし、今は違う。奪われた父の油彩画を取り戻すことでしか、自分を慰められそうにない。父の油彩画の行方を知る手がかりは、やはり、中国人マフィアにあるだろう。または父親が画商であったという、ハダからの情報である。すでに国内の有力な画商には、興信所を通じて「タザキノボル」の油彩画に関する情報を問い合わせていた。反応は、市場では殆んど本物を目にする機会はなく、幾つかの『贋作』が出回っているだけだった。だからこそ、若くして亡くなった画家の油彩画は、出物があれば、相当な値がつくだろうと言うことだった。皮肉なものだ。これでは奴らの盗んだ油彩画の価値を上げるために、父が殺害されたようなものではないか。そんな奴らが、もし、まだこの世にのさばっているとしたら、一刻も早く罪を償わせたい。ショウは自らの進路を大きく変えようとしていた。弟を捜し、この世の不条理を感じながら、ただ何となく暮らして行くはずの人生が、無謀とは知りつつも、奴らを捕まえて、あわよくば、父の油彩画を奪い返すための人生を踏み出そうとしている。それが意味するものは、危険な、あまりにも平凡とはかけ離れた人生の選択に他ならない。それを聞いて、ユキナは何と言うだろうか? ユキナの人生まで狂わせてしまいはしないだろうか? ユキナの気持ちはわかっている。だからこそ、自分の人生に巻き込んでしまうことをショウは恐れていた。ユキナは自分と復讐のどちらかを迫るような女ではない。ショウはすでにユキナに甘えている。復讐を投げ捨てて、ユキナと暮らして行けたなら、それが最も幸せなことなのかもしれないが、この思いは、もう誰にも止められそうにない。たとえユキナに反対されたとしても・・・・・・。ユキナに済まない気持ちでいっぱいだった。ショウが警察の人間になり、中国人マフィアを相手にすることは、自分の身だけではなく、ユキナや盛岡の家族にも、危険な思いをさせてしまう可能性がある。ユキナたった一人をも幸せにしてあげられる自信が、ショウには無い。これが、ユキナ以外の他の女であったなら、きっぱりと関係を絶つことができたかもしれないが、ユキナなら、もしかしたらユキナなら、こんな自分を理解して、傍に居てくれるかもしれないと、ショウは心のどこかで捨てきれずにいた。身勝手な甘えであっても、今のショウにはユキナしかいなかった。
 ショウは携帯電話を取り出し、T社長に電話をかけた。中国人マフィアとの接点を探してほしいと頼むつもりだった。しかし、生憎その日はT社長と連絡がつかなかった。明日にでもW書店と、イサオの店に顔を出してみるつもりだった。

 翌日の夕方、ショウはT社長と共に、新宿二丁目の「イサオの店」にいた。T社長は珍しく難しい顔をして、腕組みしていた。
「ショウ、お前の気持ちはよくわかるがな、相当危険だぞ。それに、申し訳ないが、俺には直接、中国人と話をつけられる知り合いがいない。俺の兄弟たちも、日本のヤクザには顔が効くが、それでも中国人と繋がっている上の奴らまではちょっとな、厳しいな。むしろ、一般の中国人の方が、奴らに近いんじゃないのか?」
「T社長、無理言ってすみません」
 その話を聞いていたイサオちゃんが、何か言いたげに、カウンターの中を行ったり来たりしている。ショウを見て唇を震わせては思い止まり、またショウに話しかけようとしては、引き攣った笑みを浮かべていた。
「どうした? イサオちゃん、具合でも悪いのか?」
「いえ、何でもないのよショウちゃん、いや、何でもあるの」
「どうしたって言うのさ、イ・サ・オ!」
「あぁん、もう、ショウちゃんだから隠しておけないわ、話すわよ、でも、アタシは、どうなっても知らないからね!」
 ショウがT社長を見た。T社長が真顔で頷いた。
「ウチのお客さんの知り合いでね、李俊明(リシュンメイ)という人がいるんだけど、その人がね、歌舞伎町のクラブ「F」の常連らしいのよ、日本には長いから、日本語は大丈夫らしいんだけど、アタシが直接知ってる人じゃないから、その人をショウちゃんに紹介してしまってよいのかどうか」
「イサオちゃん、有難う」
「でもね、ショウちゃん、そのクラブ「F」って、犯罪がらみの噂が絶えない店で有名なのよ、大丈夫かしら」
「わからないけど、「F」の話はT社長からも聞いてる。一見どころか、日本人は中に入ることもできないって」
「だけど、そのアタシの知り合いのお客さんは、その李って男に頼んで、何回かパーティーに連れて行ってもらったって言ってたわ、その李っていう男が主催者に話を通してくれるんですって。警察や日本のヤクザに繋がっていないとわかれば、現金を幾らか掴ませて、入れてもらえるんじゃないかしら。その後は、どうなっても自己責任でしょうけど」
「俺は調べられたら、一発でアウトだな」
 T社長が笑った。
「ショウ、お前なら、まっさらなわけだし、恐らく問題ないだろうが、李とその通じている人間以外に知れた時は、どうなるかわからないぞ。何せ奴らは、死人に口無しだと平気で思っているような奴らだからな、日本人だとバレたら、何をされるかわからない。たまに蛇頭がらみの中国マフィアの噂を耳にすることがあるが、奴らは酷い。金のためなら何でもする。密入国した同胞が、金を払わずに逃げたりでもしたら、中国にいる家族の運命は地獄だ。若い女はレイプされた上に殺され、両親、子供は、手足を切断された上に映像を撮られて、池に沈められたりする。銃で撃ち殺される方がまだマシだろう。そんな奴らが紛れ込むパーティーなんだからな、お前も覚悟を決めて行けよ、そして、身分は絶対にバレないようにしろ、誰の名前も口に出すな、身分のわかるもの、免許証の類は全て家に置いて行け、いいな」
 ショウが頷いた。
「でもまだ、俺を招待してくれると決まったわけじゃない」
「ま、そうだけどね、今度、その人に話してみるわ」
 とイサオが鼻息を荒くした。

 一週間程して、ショウの携帯電話が鳴った。見知らぬ番号からだった。イサオには、李という男に、ショウの携帯電話の番号を教えても構わないとは言ったが、まさか、直接かかってくるとは思っていなかった。李は日本語が上手だった。
「二十万円用意デキルカ?」
「勿論だ、用意する」
「アナタノコト調ベタヨ、心配ナイネ、金ハ当日現金デ、ソノ他ニ、パーティーノ参加費ガ五千円、クスリガ一粒三千円、ドリンクが一杯五百円、全テ、キャッシュデイタダクヨ」
「わかった、現金で持って行く」
「ソレト、私、ナニカトラブル起キテモ、責任トレナイヨ、イイネ」
「構わない」
「時間ト場所ハ、マタ連絡スル」
李が電話を一方的に切った。

 ショウが呼び出されたのは、李から最初の連絡をもらって三日後のことだった。風林会館一階の喫茶店「パリジェンヌ」で二十五時に待ってろと言う。そこで現金の受け渡しと、パーティー参加の注意事項を説明した後、移動するというが、パーティーが始まるのは深夜二時からだという。ショウは事前に、パーティーには参加したいが、クスリは使わずに済ませたいと伝えた。李は以前にも何度か、ルポライターを同様に世話したことがあるらしく、ショウの意図をすぐに理解した。李はパーティーで使用されるクスリのことを「ブラッド(血)」と呼んでいた。見た目はチューインガムのような粒状のもので、噛むと唾液と混ざり、口の中が真赤になる。道端でブラッドを噛み、唾を吐き捨てると血を吐いたように見えることからそう呼ばれるようになった。ブラッドの成分は合成麻薬MDMAとほぼ同様の薬物で、台湾の「ビンロウ」の成分が混じっている。李が言うには、一昔前は「ヤオトウ(揺頭)」と呼ばれ、現在は「ブラッド」が主流だと言う。入手ルートは明かせないが、都内の若者にまで広まりつつある。パーティーで狂ったように頭を揺らすような行動をとるのは、ヤオトウと一緒だが、チューインガムのようなカジュアルさのために、罪悪感が薄れる。ブラッドには製造過程での不純物の量に応じて、より純度の高い順に、白、赤、ピンク、青、緑となっている。白いガムは薬の切れた時の不快感が少ないが、純度が下がるにつれて、不快感が増す。パーティーでは必ず偽物として市販の粒ガムを渡すから心配するなと李が言った。ショウはまさか自分が、麻薬の取引現場に潜入することになるなど夢にも思わなかったが、中国の奴らが一体どんな奴らなのか、一度この目で見ておきたいという思いがあった。
 パーティー当日、二十四時、京王線の最終電車で新宿に向かい、李に言われた通りに風林会館一階の喫茶店「パリジェンヌ」に入った。こんな深夜に喫茶店が営業していることにも驚いたが、客の殆んどが中国人か韓国人、または歌舞伎町のキャバクラや風俗で働く女とその客の日本人である。ショウのような若い男の姿は無く、立っているだけで人目につく有様だった。それでも李の忠告で、服装はできるだけラフなものにし、貴重品を身につけず、サンダルに短パン、Tシャツであれば、それほど違和感は無いだろうということだった。見渡せば、そこはアジア一の歓楽街である。猥雑さに溢れ、夏の夜の湿った空気と、じっとりとした汗のせいで、一瞬東京を忘れさせた。これが歌舞伎町なのか・・・・・・ショウは気が遠くなるのを感じつつも、これまでに味わったことのない気分の高揚を感じた。それは緊張と不安の中にあって、自分でも信じられないような感覚であり、震えていた背筋が、急に熱を帯びたようだった。李という男の顔を、ショウは知らなかったが、黒いシャツに黒いサファイアの腕輪をしているからすぐにわかると言っていた。
 パリジェンヌに入り、区役所通りを見渡せる席に、李の姿はすぐに見つかった。ショウが近づくと、李もそれとなくわかったらしく、手を挙げて合図した。李は手帳のようなものを見ながら、アイスコーヒーを飲んでいた。ショウが気持ち悪くなる程、ミルクとガムシロップの空容器がテーブルに転がっている。
「タザキサン? オ金モッテキタ?」
 ショウがT社長に言われた通り、腰に巻いたポーチから茶封筒を取り出し、テーブルの上を滑らせた。
「半分、残りは終わってからだ」
 李は茶封筒の中の札を数えながら、チッと舌を鳴らした。
「見カケニヨラズ、シッカリシテルネ」
 李は十まで札を数えると、札を封筒に戻し、
「オーケー、目的ハ記事ヲ書クコト? ソレトモ、クスリ? 中デクスリヲ買ウコトモデキル、クスリヤラナイ、クスリヤッテルフリヲスル」
 ショウは首を横に振った。
「俺はルポライターでもないし、クスリには興味は無い。知りたいのは、盗難品の中古市場についてだ。できれば美術品についての情報がほしい」
 李は一瞬眉をひそめた。
「オーケー、デハ、クスリ噛んだフリシテ、首ヲ振ッテイテクダサイネ、頃合ヲ見テ、バッグヤ時計ヲ女タチニ売リニクル男ト話テミルヨ、男ガ注意深ケレバ、難シイカモシレナイ」
「有難う、それで充分だ」
「他ニ、周リ皆、中国人ネ、日本語デキルケド、使ワナイ。初メ話サナイ、クスリ効キハジメタラ、日本語話シテモ気ニシナクナル。ソウナッタラ話シカケルコトデキル」
「わかった、それまで首を振っていればいいんだな」
「初メニ、ボスガクスリヲ売リニ来ル、ボスニハ話ツケテアル。飲ミ物ト、クスリヲ買ウ前ニ、李の知リ合イダト言ッテホシイ、ソウスレバ、ボスガ周リニワカラナイヨウニ、アナタニ粒ガムヲ渡スコトニナッテル」
 ショウが頷いた。
「ソレカラ、店ノ外、出入リ、基本的ニデキナイ、私ト一緒ニ入リ、私ト一諸ニデル、万ガ一バレタ時ハ、ワタシモボスモ、知ラン顔スル」
 ショウが苦笑した。
「自己責任ってわけだな」
 李が時計を見た。
「デハ、ソロソロ行キマスカ」
 パリジェンヌを出た。すでに最終電車も無く、通りを行く人の姿も減った。李の話では、中国人クラブ「F」のパーティーは深夜から朝方まで行われる。客の大半が、同じ中国人ホステスであり、今夜の仕事(売春)にありつけなかった女を中心に、憂さ晴らしや、盗品バッグ、宝石類、時計などを物色する。また、男の客の大半が、盗品のブローカーである。盗品を直に買い付けて、闇に流すのだ。
 風林会館の裏手の路地を少し歩いた先、雑居ビルが建ち並ぶ一角に、中国人クラブ「F」の入ったビルがある。「F」はそのビルの地下にある。店の名前は出ていない。日中は全く別の中国人経営者が、飲食店を営んでいる。所謂、「又貸し」で、深夜二時から「F」は営業を開始する。雑居ビルの他のテナントからは、カラオケの音が洩れ、人の気配はするが、地下一階の扉は硬く閉ざされたままである。一見しただけでは、営業しているとは到底思えない。倒産、夜逃げでもしてしまったかのような静けさが漂っている。
 李は店の前まで来ると、携帯電話をかけた。店内のボスに直接連絡を入れ、その声を聞かせることでしか、扉は開けてもらえないという。たとえ、知らぬ者が李の携帯電話から連絡を入れたとしても、李本人が出なければ、決して鍵は開かない。
「オーケー出タヨ、サア、行キマショウ」
 ショウは李の後ろについて、店内に入った。店内は薄暗く、殆んど隣の人間の顔がわからない。かろうじて男か女か判別できる程度の明るさである。蒸し暑く、入店した直後から額に汗が浮いた。初めは冷房が故障しているのかと思ったが、李の話では、このくらいの室温の方が、クスリの効き目が良く、ビールの売れ行きも良いらしい。なるほど、ショウも一分と経たないうちに喉の渇きを覚えた。小さな丸テーブルとソファがあり、テーブルの上には何も乗っていない。灰皿すらない。グラスやビンの類も無く、ビールは全て缶だった。クスリが効き始めて、周囲が踊り出した時、破損したり、怪我をしないようにするためだ。李の話では、過去に乱闘騒ぎがあり、割れたガラスで多くの怪我人が出たという。
「デモ、今ハ、喧嘩シタラ、銃デ撃ツノガ普通ダカラ」
 よく見ると、店の奥で、女たちを相手に一人の男が時計を並べて、何やら中国語で話している。店内のBGMは今はまだ、それほど音量があるわけではなく、方々の話し声が聞こえる。やがて、店のボスと思しき銀縁の眼鏡をかけた大柄な男が、女たちのテーブルをまわり、現金を受け取り、ポケットから銀紙に包まれた粒ガムを渡し始めた。ショウは緊張と喉の渇きで、すでに三本の缶ビールを空けていた。そして、自分のテーブルの前に男が立つと、隣の女が粒ガムを受け取るのを見た。
「李の知り合いなんだが」
 李はショウの傍を離れ、店の奥で仲間と談笑している。何か不測の事態が起こった時に、言い逃れるためかもしれない。男はショウから一万円札を受け取ると、隣の女と変わらぬ粒ガムを手渡した。ショウはその銀紙に包まれた粒をじっと見つめた。ためらっているのを見て、隣の若い女が中国語とジェスチャーで、
「噛ムノヨ!」
 その若い女はすでにクチャクチャ音をたてている。顎の動きに合わせて、微かに首を左右に動かし始めていた。ここで噛まないわけにはいかなかった。ショウはその白い粒ガム一気に口に放り込んだ。そして奥歯で噛み締めた。合成甘味料の味がして、ジュワっと唾液が染み出た。十分ほどして、隣の女が、微かな声を漏らしながら、大きく首を左右に振り始めたのがわかった。店内のBGMが一気に音量を増し、すでに誰の声も聞こえなくなった。ショウもガムを噛みながら首を揺らした。体がふわふわとするが、首を大きく振りたいという衝動は無く、暑さとビールのアルコールで顔が熱く、暗がりと大音量で体が平衡感覚を失い、宙に浮いているような錯覚に囚われている。隣の女が上半身、ブラジャーを残しただけで、裸になり、髪を振り乱しながら首を大きく左右に揺らし、ホールの中央に躍り出た。
「これがブラッドなのか」
 ショウは心の中で呟いた。女の動きは見る見る激しくなり、ミニスカートから露になった太腿を、これ見よがしに周囲に見せつけ、屈んで尻を突き出すと、赤いスキャンティーから性器と恥毛が見えている。女はブラジャーを投げ捨て、トップレスで踊り続けた。乳房が首の動きと共に左右に揺れる。徐々に周囲の女たちも踊り出し、ホールは一気に熱気を帯びた。ショウは李に言われた通りに首を左右に振り続けていたが、次第に首の根元が痛くなってきた。ショウが渡された粒ガムは、李が言ったように市販のものだった。辺りの女たちが、もう周囲のことなど全く気にかけなくなっているのを見て、部屋の奥に座っている、盗品のブローカーらしき男の傍へ移動した。男は小太りで眼鏡、右手の人差し指が欠損している。ショウが日本語で話しかける。男は一瞬眉をひそめた。
「何ガ欲シイ? 時計カ? 指輪カ?」
 ショウが首を横に振った。
「いや、美術品を扱っているブローカーを知らないか?」
 男がショウの瞳の奥を覗いた。
「美術品? 絵画カ?」
「そうだ、油画を専門に売買している奴を知らないか? 知らなければ、美術品全般、何でも構わない。盗品の美術品に詳しい奴がいい」
 その男は一瞬笑い、再び額に皺を寄せた。
「Pluie de juin ヲ知ッテルカ?」
 ショウが首を横に振った。
「フランス語か? どういう意味だ?」
 男がフッと息を吐く。
「六月ノ雨、トイウ意味ダ」
 ショウが目を見開いた。男がショウの表情を見て、そっと人差し指が欠損した右手をテーブルの下に隠した。
「絵画ノ転売ハ、トテモ難シイ、足ガツキヤスイシ、簡単ニハ売リサバケナイ、組織ノ中デモ、特別ナ奴ラガ関ワッテイル、俺タチ末端ノ人間ガ、噂ヲ聞クコトハアッテモ、ソレハ本国デノコト、私ハ関係ナイネ」
「誰か知ってる奴はいないのか? 知り合いの知り合いでもいい」
 その男は首を横に振った。
「知ラナイネ、深ク関ワラナイ方ガ、身ノタメネ」
 ショウは落胆を隠せなかったが、それ以上問い詰めるのを諦めた。この男の話を真に受けるなら、中国本土、または台湾、香港、どこかの組織の本部には、盗品である美術品を売りさばく、専門の奴らがいるということである。そして、それは、日本国内ではなく、海外の美術愛好家の手に、闇から闇へと渡っている。ショウは気が遠くなるのを感じた。日本国内で得られる情報は、すでに限られている。情報を海外に求める以外にない。大音量が頭の奥に突き刺さる。本当にブラッドでも噛みたい気分だった。ショウは鉛のような身体を引きずって、李と共に店を出た。
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