十四

文字数 2,056文字

 姉のユキナが、学生時代の彼氏であるタザキショウに再び熱を上げていることを、弟のヒデユキは知っている。ある意味、自慢の姉であるユキナの相手が、ヒデユキもよく知っているショウであってよかったと思っている。しかし、ショウが再び姉のユキナと付き合うかどうかわからないし、そのことで、姉が苦しんで、一喜一憂している姿を見るのは、弟としては悲しいものがある。確かにタザキショウという男は、同性であるヒデユキの目から見ても、魅力的な男であり、年下の自分など足元にも及ばない。それはショウという男に一度会ってみればわかる。話してみれば納得してしまう。だから自慢の姉が、ショウに熱を上げているのも理解できるし、正直、姉の彼氏に相応しいのは、これまで会った男の中では、ショウしか思い浮かばない。けれどもショウの曖昧な態度のせいなのか、顔と態度に似合わず臆病な姉のせいなのかわからないが、ショウとの関係が良好な時と、そうではない時の姉の様子が極端過ぎて、見ていて痛々しい。上手く気持ちが伝えられた時は鼻歌交じりでスキップし、よく食べ、よく笑う。しかし、感情が消化不良を起こしている時は、いつも被害を被るのはヒデユキである。いきなり背後から飛び蹴りを食らわされたり、理不尽な罵声を浴びせられたりする。姉のその感情の起伏の原因は充分理解している。ショウとは何度も会っているし、携帯電話の番号も知っている。自分の姉がショウに熱を上げていることに、嫌な思いはしていないが、揺れてる姉の姿を見るのが辛かった。それに、不意にやってくる背後からの飛び蹴りを何とか止めたかった。見ていて、こんなにわかりやすい女はいないとヒデユキは思う。弟の目から見ても、相当の美人で、ユキナを知る同級生から羨ましがられることは鼻が高いが、誰もあの気性の激しさを知らないから言えることだ。
「おい、ヒデユキ、今日はショウのところに行ってくるから、夕飯いらねえって、母さんに言っといて!」
「はいはい、姉貴、わかったよ」
 それでも、ヒデユキは世界一の姉のファンで、姉のユキナには幸せになって欲しい。安定した公務員の彼氏でもできたらよかったのに、とは思うが、それは姉には望めない。そんな無難な男では満足できないことを、ヒデユキが一番よくわかっている。
 この日、姉は意気揚々とショウのところに出かけて行ったが、思いがけなく早く帰宅し、部屋に一人で籠もってしまった。ヒデユキは姉が泣いているのを、見たことが無い。だからこの日は、まるで自分のことのように胸が締め付けられた。ヒデユキはショウへの憤りを抑えきれず、電話を入れた。
「ヒデユキですけど、今日、姉が帰ってくるなり、部屋に籠もって出てきません。泣いていたようだし、ショウさん、何かあったんですか?」
「泣いてる? ユキナが?」
「ええ、こんなことって、滅多に無いことなんで」
「そうか、悪いのは俺だ、ユキナに謝っておいてくれないか?」
 ヒデユキは語気を強めた。
「自分で謝って下さい!」
 ショウが苦笑した。
「何で姉は泣いているんですか? 理由を教えて下さい」
 ショウはしばらく黙っていた。
「いつかヒデユキにもわかると思うが、男と女の間ではな、知らぬ間に相手を傷つけてしまうこともあるんだよ、今回は俺が無神経で、ユキナを傷つけてしまったようだ。しばらく、そっとしておいてやってくれないか?」
「まあ、ウチの姉貴もバカだから、ショウさんも大変かもしれませんけど、ウチの姉貴のこと、本当のところ、どう思ってるんですか?」
「本当のところ?」
「はい、ウチの姉貴はバカで、粗雑で、乱暴者ですけど、本気であなたのことが好きなようですし、そんな姉貴を見ているのが辛いんです。もし、あなたの気持ちが遊びだったら、俺は姉貴に、あなたのことを諦めるように全力で説得するつもりです。今すぐ、そんな男とは別れちまえって姉貴に言いますから」
 ショウが溜息をついた。
「おいおい、ヒデユキ、姉貴思いなのはいいが、それはお前が決めることじゃないだろう? お前の姉貴が決めることだ。それに、俺は、遊びでお前の姉貴と付き合っているわけじゃない」
「本当ですか?」
「ああ、本当だよ、ユキナには黙ってろよ、学生の頃から、その気持ちは変わっていない」
「わかりました、僕はもう、何も言いません」
「それより、ヒデユキ、お前、彼女いるのか?」
「い、いませんけど」
「だろうな、シスコンのゲームオタクじゃあ、無理も無いな。ゲームばっかりしてないで、クラスの女の子でも誘ってみろ」
「無理っすよ、俺、恥ずかしいし」
「いいか、お前が恥ずかしいって思ってるのと同様に、相手の女の子も恥ずかしがってるんだよ、立場は同じ、お前が誘われて嬉しいように、女の子も嬉しいもんなんだ。お前の姉さんが苦しんでるように、この俺だってお前の姉さんの前では、素直な気持ちを伝えられないこともあるのさ、わかるだろ?」
 ヒデユキは、ショウの言葉に胸が熱くなるのを感じ、やはりこの人なら、姉に相応しいと素直に思えたのだった。
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