十五

文字数 8,067文字

 アスファルトの溶け出したような臭いが、辺りに漂っている。街路樹の木陰が黒く、短く、路面に貼り付き、都会の蝉が行き場を失って呻いている。いつもは人で溢れている歌舞伎町も、通りを歩く人は疎らだった。盛岡で祖父が話してくれたことが二つある。一つは母方サエキの家は、日本橋にあるということ。そしてもう一つは、当時の事件を知る人物が、警察庁の当時警視であったサワムラという人物であることだった。新宿での弟探しは、現在暗礁に乗り上げている。T社長の知人で、大手AV販売会社常務であるハダという男が、父親が画商をやっていた関係で、当時の事件を覚えていた。歌舞伎町のキャバクラ「ライムスター」のニッタジュンコが、弟のリュウらしき客の男を知っており、その男が「タザキ」を名乗っていたこともわかっている。年齢に食い違いはあるが、顔もショウに似ていることから、その男が弟のリュウと見て間違いないだろう。つまり、弟のリュウは東京にいて、東京大学を卒業している。学年に一年のずれが生じていることの意味は不明だった。ニッタジュンコには、再び弟が現れた時に連絡をもらう約束をしたが、今、まだその連絡は無い。中国人マフィアが集まるクラブがわかった。しかし、日本人の入店は不可能だという。T社長の話では、盗品の売買の他、「ヤオトウ」と呼ばれるドラッグ、これは別名「MDMA」とか「エクスタシー」などと言われるものであるが、その麻薬の温床になっていると言う。そして、その秘密を目撃することは、死に繋がる。中国人が集まる中華料理店の裏では、地下銀行が存在していることもわかった。盗品や薬物を売買して得た金を、故郷の中国に送金するためのものだ。しかし、それらの情報は、直接、弟に繋がるものではない。結論からすると、今は闇雲に歌舞伎町を捜し回るより、盛岡の祖父から聞いた日本橋の「サエキ」の家を探しあてるのが得策だ。ショウは、個人の電話番号が載っている電話帳を取り寄せ、「日本橋」と呼ばれる地名の中から「サエキ」を探した。日本橋界隈は、幾つもの町名に別かれていて、思いの他「サエキ」という苗字は多い。すぐに特定できるものではなかった。電話帳にあるものが全てではないが、祖父の話では、地元で商売をしている家柄だと言っていた。まずはインターネットの検索に引っかかる「サエキ」について、しらみつぶしに調べるしかなかった。少しでも可能性があれば現地に赴き、自分の目で確認した。夏の暑さに挫けそうになりながら、失望を抱えて帰る日が続いた。弟のリュウが「ライムスター」で「タザキ」を名乗っていたが、それが戸籍上の本名だとすれば、サエキの家に引き取られて行った後のことは、闇の中である。東京大学の弟が卒業したであろう年度の「サエキリュウ」または「タザキリュウ」を調べた方が早いだろうか? 今の世の中、個人情報と言えど、ここまで絞れば必ず出てくるはずだ。間違いない、リュウはすぐそこにいる。
 ショウは心に不安と期待を同居させながら街を歩いた。日本橋浜町、茅場町、人形町を歩き、旧家の残る古い町並みと新しく様変わりした、近代的なビルディングを見ながら、リュウの見た景色をなぞった。小学校一年生で生まれ育った盛岡を離れ、東京の下町に移り住まねばならなかったリュウの心情は、いかばかりだっただろうか。そのことを頭の中でシンクロさせると、胸が締め付けられる。一日でも早く見つけ出してやりたいが、そんな兄に対して、今、リュウは何を思うのだろう。そして、リュウは両親の事件の経緯を、いつ、どのようにして知ったのだろうか? 想像だけが先走る。ショウが子供の頃にすでに勘づいていたように、きっとリュウもどこかで真実に気付き、闇を抱えながら生きてきたに違いない。今、再会し、二人の気持ちは通い合うだろうか? 不安が過ぎる。リュウに会って、一刻も早く、その無事をこの目で確かめ、父の油彩画に描かれた家族の秘密を伝えてやりたかった。それを聞いたなら、リュウは何を思うだろうか? ショウが抱いたのと同様に、家族を取り戻したい衝動に駆られるだろうか? ショウの気持ちはいつにも増して高ぶっていた。
 二週間、日本橋と名のつく町を探し、蛎殻町を歩いている時、ショウは「サエキ」という料亭を見つけた。茅場町の駅から、日本橋川に架かる橋を渡った先にある旧家が残る一角があった。首都高速の下を流れる日本橋川は黒く濁っている。小型船のスクリューで巻き上げられたヘドロの臭いがする。海水が混ざり合うせいか、潮の腐った臭いもしていた。ショウは料亭「サエキ」の前で立ち止まり、様子を伺った。日中の営業はしていないらしく、立派な門の内側を垣間見ることはできなかったが、この日本橋という土地で、これだけの広い敷地を持ち、古くから商売を続けているところを見ると、それなりの家柄であるに違いなかった。ただ、まだそこが母方の旧家であるかどうかはわからない。ショウは一度帰宅し、インターネットで店の電話番号を調べ、夕方からの席を予約することにした。夕方、店に電話を入れた。
「はい、日本橋、サエキでございます。ご予約でしょうか?」
 若い女の声だった。格式ばった感じではなかった。
「来週、どこか空いてますか? 二名なんですけど、大丈夫かな?」
「ええと、火曜日なら、十九時から二名様でお受けできます。お名前は?」
「タザキと申します」
「タザキ様ですね、それではお待ちいたしております」
 女が受話器を置こうとした。
「ちょっと待ってもらえますか? 一つお伺いしたいことがあります。そちらにサエキリュウさんという方はいらっしゃいますか?」
 少し間があった。
「兄は今、おりません」
「兄? すると、あなたはリュウの妹さんなんですか?」
 今度はしばらくの沈黙があった。
「お客様は、どちら様でしょうか?」
 込み上げてくるものを抑えた。声が震えそうだった。
「来週の火曜日、十九時に伺います」
 静かに通話を切った。心の中で、ついに見つけた、という思いが溢れ返る。携帯電話を持つ指が震え、喉が渇いた。ショウは冷蔵庫からミネラルウォーターを出して一気に飲み干した。そこでようやく落ち着きを取り戻し、再び携帯電話を手にユキナに電話をかけた。五、六回コールが続いた。
「はい、アタシだけど」
「お前、来週の火曜日は暇か?」
「何だよ、その、人を暇人だとバカにしたような誘い方は」
「来週の火曜日の夕方なんだが、飯でも行かないか?」
「ん? どういう風の吹き回しだ? お前がアタシをデートに誘うなんて、台風でも来るんじゃないか? それとも、お前もようやくアタシの魅力に気付いたとか?」
 ショウが苦笑した。
「魅力? まあな、そんなところだが、行けるのか? 行けないのか?」
「行くよ、で、どこ? また神保町の居酒屋か?」
「日本橋だ」
「何だよ、そんなとこ行ったことねえぞ、言っとくが、アタシは金持ってねえぞ」
「ああ、構わない、ちょっと付き合ってくれ、それに、お前にこの際だから話しておきたいこともある」
 ユキナが受話器の向こうで黙った。ユキナはショウの部屋で見つけた女の名刺のことを考えていた。
「な、何だよ、話って」
「ここでは言えん、重要な話だ」
 ユキナの呼吸が微かに伝わった。
「わかったよ、来週火曜日だな、時間と場所は後でメールでよこせよな」
 ショウは適当に返事をすると、携帯電話を机の上に放り投げ、ベッドに倒れこんだ。来週が待ち遠しかった。「サエキ」で電話に出た女は、リュウの義理の妹ということなのだろうか? リュウがまだ蛎殻町の実家にいるのか、それとも家を出ているのかは定かではないが、義理の妹と話せば、少なくともリュウの居場所がわかるだろう。上手く行けば、リュウがこれまでどんな人生を送ってきたのか、知ることができる。とにかく来週の火曜日「サエキ」に行けばわかる。ショウは自分が兄であると名乗らなかったが、「タザキ」と言う名で予約を入れている。妹にはわからなくても、両親やリュウ本人にはわかるはずだ。リュウ自身が「タザキ」を使って、ショウを捜していたことからして、恐らくリュウにとっても待ち望んだ再会になるに違いない。この日、ショウは朝方まで寝付けなかった。
 火曜日の午後六時、東京メトロ東西線の茅場町駅の改札でユキナと待ち合わせた。ショウは特に、ユキナにドレスコードを指定しなかったが、急に不安になってきた。パンティーが見えるくらいのミニスカートならまだよいが、時々近所に飲みに行くような、サンダルと「KILL YOU!」などの過激なロゴTシャツでは、さすがに日本橋の料亭の敷居は跨ぎ難い。今時、入店を断られることは無いかもしれないが、予めユキナに言っておくべきだった。万が一、ショウの不安が的中したら、料亭は恐らく完全個室であろうから、さっと部屋に入ってしまえば、何とかなるだろう。ショウも服装はラフだった。白のカッターシャツにブルーのジーンズ姿。左腕にこそロレックスがあるものの、他に気取ったところも無く、ユキナが引け目を感じることも無いはずだ。
 ショウが約束の時間に十分遅れて行くと、ユキナが腕組みをして待っていた。見たところ、心配には及ばないようだ。スカートの丈はいつも通り短いが、全体としては落ち着いていて、二十代前半の女性として背伸びもしていないし、幼くもない。センスを感じさせるものだった。
「おっス、やっぱ十分遅刻だぞ、ショウ」
「スマン、待ったか?」
「何だか慣れねえ場所に来ると、緊張しちまうぜ、で、今日はアタシに何を食わせてくれるんだ?」
「まあ、そう慌てるな、店に行ってからのお楽しみだ」
「しかしよ、ショウ、何でまた、日本橋なんだ?」
 ショウは微笑したまま、何も答えずに歩いて行く。途中、東京証券取引所の前を通り、ユキナが珍しそうに見ている。日本橋川を渡り、首都高速都心環状線をくぐった。蛎殻町の五差路を箱崎方面に歩き、路地を入って少し行けば、「サエキ」がある。ショウは店の前まで来て立ち止まり、手を胸にあてた。その様子をユキナが意外な表情で見ていた。
「ショウ、お前でも緊張することあるんだな」
「まあ、そう言うな」
 「サエキ」は木造の一軒家を改築した造りで、門の前に灯篭の明かりが灯されている以外は、それとわかるものが無かった。落ち着いているというよりは、黄昏時に沈んでいるかのようである。灯篭の柔らかい明かりがショウの瞳に映っていた。
「おい、ショウ、何だよ、この料亭みたいな高そうな店」
「予約を入れてある」
 ユキナの動きが一瞬止まった。
「マ、マジかよ、ショウ、アタシはまた、日本橋だとか言うからさ、ちょっと高級な居酒屋でも行くのかと思って、こんなラフな服着て来ちまったぞ、おい!」
「心配するな、俺も同じだ」
「それにしたってよ、料亭にこんな格好で大丈夫なのかよ?」
 ショウがユキナを見て微笑んだ。
「別にいいんだよ、ここは、弟の家だ」
 ユキナが大きく口を開けて、何か言おうとしたが、言葉にならなかった。
「少し早いがいいだろう、行くぞ」
「行くぞって、おい、ちょっと待てよ、ショウ、その弟って一体何なんだ? お前、確か一人っ子って言ってなかったか?」
 ショウは悪戯っぽく微笑んだだけで、ユキナの質問には答えず、明かりの方へと吸い込まれていった。引き戸を開けると、女将と思われる五十代後半の女と、先日電話で対応してくれた妹と思しき娘が、着物で出迎えてくれた。ユキナは急に大人しくなって、借りてきた猫のように、ショウの後ろをついて行った。
「タザキ様ですね、お待ちしておりました」
 女将が顔を上げ、ショウの顔を見て、息を飲んだ。娘もショウを見て、すぐに女将の顔を見返した。
「お母さん・・・・・・」
 女将が頷いた。
「タザキ様、お部屋はこちらでございます。本日は、ごゆっくり、おくつろぎくださいませ。後ほど改めて伺わせていただきます」
 部屋まで案内すると、一度妹と共に店の奥に姿を消した。ユキナは部屋に入るなり、
「ショウ、一体、どうなってんだ? 何が何だかわかんねえ、お前に弟がいたなんて初めて聞いたぞ!」
「ユキナ、まあ、座れ、そのことは後でゆっくり話すから、それより、せっかく来たんだ、何か飲もうぜ」
 ショウはビールを二本と冷酒を頼んだ。すぐに酒と前菜が運ばれてきた。ビールをグラスで飲みながら、ショウが話し始めた。
「俺の両親は今から十五年前、俺が九歳の時、パリで、ある事件に巻き込まれて死んだ。その後、俺と弟は盛岡という街で、父方の祖父に引き取られて一緒に暮らしていたんだ。両親の死は俺と弟には知らされず、数年後、弟だけが、東京の母方の祖母の家に引き取られて行った。それが、この「サエキ」であるとわかったのは、実は極最近のことなんだ」
「そうだったのか、ショウ、お前は両親を亡くしていたから、だから祖父さんに育てられたと言っていたんだな、でも、弟のことは初耳だ」
「確かに、俺に弟はいたが、それは九歳までの記憶でしかない。戸籍上は弟などいないことになっている。その後は、弟のリュウがどうなったのか、生きているのか、死んでいるのかもわからなかった。例え生きていたとしても、東京にいるという確証が無い中で、俺は、ずっと弟を捜し続けてきたんだ」
「弟の名前は、リュウと言うのか?」
「そうだ、以前はタザキリュウ、そして、今はサエキリュウ」
「そうか、それで学校卒業しても、フラフラしていたんだな」
 ショウが頷いた。
「それが、今から一ヶ月前、たまたま前にバイトしていた新宿のW書店のT社長と、歌舞伎町のキャバクラに行った時、そこで、俺以外にも、タザキと名乗る男が歌舞伎町にいることを知った。お前が前に勘違いした女のいる店だ」
 ユキナが顔を紅くした。
「その男が弟であるという証拠は無かったが、俺には直感で、それが弟のリュウであるとわかった。それで急遽、盛岡に戻り、祖父に詳しい話を聞いた。俺にまだ話していないことがあるんじゃないかって、そう思ったからな」
「で、何かわかったのかよ」
 ショウが頷いた。
「母方の祖父の家が「サエキ」姓であることは知っていたが、この広い東京の一体どこにいる「サエキ」なのか、俺は知らなかった。だが、祖父は知っていた。それで、この日本橋の「サエキ」を探し出した」
「そうだったのか、じゃあ、さっきの女将さんみたいな人が弟さんの義理の母という訳か、で、あの娘が妹」
「かもな、顔は似てるはずもないが」
「でも、よく考えると、ショウにとっても従姉妹にあたるんじゃないか?」
「ああ、女将またはその旦那が、俺のお袋の兄弟、姉妹だったらの話だがな」
 ユキナが頷いた。そんな話をしているうちに料理が次々と運ばれてきた。
「ふう、ようやく少しお前の家のことが理解できてきたぜ、で、わかってきたところで申し訳ないが、ショウ、腹減った、とりあえず、食っていいか?」
「ああ、勿論だ、思う存分食っていいぞ」
 ユキナが脂の乗った本マグロの刺身を頬張った。
「美味えな、この刺身!」
 嬉しそうに口を動かすユキナを見て、ショウが微笑んだ。
「やっぱり、お前を連れてきて正解だった」
 ユキナが顔を上げた。
「ん? どうしてだ?」
「どうしてだろうな、お前が獣のように食ってるのを見ると、ほっとするのさ」
 ショウは、ユキナが両親の事件について触れてこないことを嬉しく思った。ユキナなりの気遣いなのか、それとも生まれ持った、あっけらかんとした性格なのか、とにかく、今はユキナに過去のことを詳しく説明している気分ではないのだ。ショウは、弟のリュウの所在について、いつ女将に切り出そうか迷っていたが、女将自ら、部屋に伺うと言っていたわけだし、相手の出方を待った。
 料理が全て出揃い、しばらくして、襖の向こうで声がした。
「失礼いたします。タザキ様、少しよろしいでしょうか」
 ショウが返事をした。襖が静かに開き、女将と妹と思われる女が部屋に入ってきた。
「タザキ様、初めてお目にかかります。女将のサエキカズコと申します。こちらは娘のキョウコです」
「初めまして、タザキショウです。リュウの兄です」
 それを聞くと、女将と娘は顔を上げた。
「やはり、そうでしたか、お顔が、リュウそっくりでしたので、一目見て、そうであるとわかりました」
「女将は、リュウの母親ですか?」
 女将が首を横に振った。
「リュウを引き取った私の父はすでに亡くなりました。私はその祖父の娘で、亡くなったあなたのお母様の妹でございます。ただ、リュウは祖父の息子として縁組されましたので、私が事実上の育ての親とはなりましたが、正確には私の息子ではありません。私の弟であり、この子の叔父にあたります。でも、この子はリュウを兄と慕っておりますし、リュウも唯一、この子にだけは心を開いてくれているようでした」
 ユキナが首を傾げた。その言葉の響きに仄暗いものを感じた。
「リュウは今、どこに?」
 女将の顔が一瞬強張った。
「リュウは今、ここにはおりません。大学に入学と同時に家を出たまま、一度も家には戻っておりませんから」
 ショウの眉間に皺が寄った。
「今、どこに住んでいるか知らない?」
 女将が申し訳無さそうに頷いた。
「妹さんは、ご存じないですか?」
 妹のキョウコは俯いたまま、小さく頷いた。ショウはしばらく、妹のキョウコが顔を上げるのを待っていた。
「そうですか・・・・・・残念です。もし、連絡が取れるようなことがあったら、必ず、私のことをリュウに伝えてください。そして、いつでもいいから、連絡をよこすように、と」
 ショウがそう言うと、女将は席を立った。妹のキョウコだけがその場に残されたが、キョウコは一度も、ショウと目を合わせようとはしなかった。
「サエキ」を出た後、酔いざましに茅場町駅前の喫茶店でアイスコーヒーを飲んだ。黙って話を聞いていたユキナが、珍しく真面目な面持ちで話しかけてきた。
「ショウ、そう気を落とすなよ、あの親子、きっと何か知ってるよ、特に、あの子、何か隠してる」
「そうだな、妹の方は俺と一度も目を合わせなかった。リュウが唯一心を開くのが妹だと言ってたよな、弟が引き取られてからの生活が目に浮かぶようだよ、一体どんな生き方をしてきたのか・・・・・・」
 ユキナがショウの手に触れた。
「心配するなよ、ショウ、お前の弟さんなんだろ、お前みたいに、何とか上手くやってるよ、きっと、アタシもヒデユキがいるからさ、その気持ちわかる」
「ありがとな、ユキナ」
 ユキナが顔を紅くして、視線をテーブルの角に逸らした。
「しかし、どうして、あの子は自分の兄の居場所を隠したがるんだろう?」
「さあな、余程、俺に合わせたくない理由でもあるのか、それとも、誰かに口止めされているのか? だとすると、弟が俺に会いたくないと思っている可能性もあるな」
 ショウの瞳が揺れた。ショウは歌舞伎町「ライムスター」のジュンコの言葉を思い返してみた。弟は初めから「タザキリュウ」として生きていて、ショウを捜すために、「タザキ」を名乗っていた訳ではないのではないか?
「弟には、弟の都合があるのかもしれないな」
「だけどよ、ショウ、子供の頃に離れ離れになった兄弟に会いたがって、都合が悪いなんてことあっか? オレはそんな奴許せねぇ」
 ショウが苦笑した。
「お前らしいな、そういうの」
「何だよ、悪いのかよ」
「そうじゃない、少し羨ましいだけだ」
 ショウは小さく溜息をついた。
「これで、お前も、俺の家族の秘密を知ってしまったわけだ」
「言いそびれたが、お前の両親・・・・・・残念だったな」
「気を遣ってくれて、ありがとな、ユキナ。今日、一緒にいたのがお前で良かった」
 ユキナが首を傾げた。
「ん? どういう意味だ?」
「ま、そういう意味だ」
 帰りの電車の中で、ユキナは眠ってしまったが、ショウは自分の肩にかかるユキナの重みを、心地良く感じていた。
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