第8話 甘)感謝のピーナッツクリームパン

文字数 2,227文字

 思えばずいぶんディープな、「ピーナッツクリームパン」との出会いだったなぁ……

 地元の高校卒業後、私は五年間、神奈川県で暮らしていたんです。そのとき入居していたアパートは、ちょっとした商店街となっている狭いバス通りに面したところにありました。個人経営の、小さくても温かいお店が連なる商店街。その中にパン屋さんがあったんですね。バス通りを挟んで、私の住むアパートのちょうどお向かいにありまして、引っ越しした当日、夕ご飯を買いに初めてお邪魔した覚えがあります。
 地方出身、知らない土地での人生初の一人暮らし。不安まみれな上に小心者で人見知りだった私に対し、そのお店のお父さんとお母さんはとってもよくしてくれ、気にかけてくれまして……なので自然と、私の足はちょくちょくそのお店に向くようになっていったんです。
 
 お店はいわゆる「町のパン屋さん」といった雰囲気。広くない店内を囲むようにパンの陳列棚と冷蔵のショーケースが配置され、どこか安心感があってホッとするような「手作り感丸出し」のパンがたくさん並んでいました。惣菜系から甘系まで、品数豊富だったのを覚えています。お二人でこんなに作るのは大変だろうになぁと思いつつ、しっかりと「選ぶ楽しみ」を堪能させていただいた私でした(笑)
 まずは全種類制覇するぞ!という目標を掲げていろいろいただきました。カレーパンやハンバーガー、コロッケパン、焼きそばパン。あんぱんにチョココロネ、クリームパンもメロンパンも。すべては思い出せませんが、しばらくしてその目標は無事達成できました。いろいろいただいた中で一番気に入ってしまったのが、「ピーナッツクリームパン」だったんです。

 お店では「コッペパン」とひとくくりにして、ジャムを挟んだもの、あんこを挟んだもの、チョコクリームを挟んだものそれぞれを一緒のトレーに並べて販売していたんですが、同じ「コッペパン形式」であるにも関わらず、ピーナッツクリームを挟んだものは別トレーに並べて、「ピーナッツクリームパン」として、それはそれとして分けて販売していたんです。お店で使っていたそのピーナッツクリームは評判がいいのか、確かに、お店で居合わせた他のお客さんも、大抵はこの「ピーナッツクリームパン」も買っていくようでした。
 例にもれず、私もそのパンの大ファンになりました。大き目のコッペパンの中にたっぷり塗られたピーナッツクリームは、濃いめの豆乳みたいな白濁色。砕いたピーナッツのつぶつぶ感はそこそこありながらもその滑らかな舌触りが、食べていてとっても心地いいんです。さらに、市販されている大手メーカーのものとは一線を画す、どぎつくない甘さが特徴。月並みな言い方で申し訳ないですが、すごくおいしいんですこれが。パンと合う合う♪
 「お父さんお母さんの優しくほがらかな人柄が乗り移ってるみたいなクリームだなぁ~」
と思いながらいただいてました。気づけば私は、お店に行くと必ずそのパンを求めるようになっていましたね。人気があるからか、売り切れのときも多々ありましたが(笑)
 
 そうそう、お店ではそのピーナッツクリームをプラ容器に入れて、単体でも販売していました。私ももちろんそれを求めましたよ?ただ、それが大変危険な行為なんだということがすぐに発覚したんです。

 ピーナッツクリームと食パンを仕入れて帰宅。パンにクリームを塗っていただく。
 うまい。
 もう一枚。
 やっぱりうまい。
 さらに一枚。
 たまらん。止まらん。
 
 パンがなくなった。が、クリームはある。続きは明日の楽しみにして冷蔵庫へ。明日また  食パンだけ買いに行こう。

 冷蔵庫にはあのクリームが残ってる。でも、パンはない。うむ、気になる。クリームは、まだ残ってる……

 スプーンが、ある。スプーンを、手に取る。冷蔵庫を、開ける。

 うむ、クリームがある。あのオイシイ「ピーナッツクリーム」が、まだ残ってる。うむ……
 
 取り出す。「ピーナッツクリーム」を。蓋、取る。あらわになる。「ピーナッツクリーム」が。うむ……

 スプーンを、差し込む。クリームを、すくう。うむ……

 ない。
 もうない。
 なくなった。あのオイシイ「ピーナッツクリーム」が。
 心、満たされた。

 空のプラ容器だけ、残った。

 あの「ピーナッツクリーム」の美味しさの魔力に魅入られたものは、必ず以上のような、アホ行為を犯してしまうのです!
 きっと。
 たぶん……(そんなアホは私だけ??)
 そんな感じ(どんな感じじゃ!)で、私の「神奈川パンライフ」は充実のままに過ぎていきました。ホント、あのパン屋さんのおかげでした。感謝の上に感謝です。
 
 余談です。
 身の回りに変化が起こり、地元へ帰ることにしました。
 迎えた引っ越し当日。私は商店街の皆さんにお礼を言って回り、最後にパン屋さんを訪れました。感謝を伝え、思い出話をして、お父さんお母さんと三人で記念写真を撮りました。
 お店を後にしようとしたとき、お母さんが「これ、持っていって。元気でね!」と、紙袋を渡してくれました。中には、いつもの「ピーナッツクリームパン」がたくさん。ああ、思い出すだけで泣きそうですよ私しゃ(涙)
 故郷へ向かう電車の中で、美味しくいただきました。あの場所での五年分の思い出を回想しつつ、感謝しながら。
 
 お店のお父さんとお母さん、変わらずお元気でしょうか。その節はたいへんお世話になりました。
 ごちそうさまでした。
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