十九 会議は踊る されど進まず

文字数 4,198文字

 二月二十四日、月曜、午前十時。
 近藤政夫が話した深雪装備、低車高幅広の六人乗り四輪駆動車が迎えに来た。運転手の他に沢田警備課長と内藤刑事がいる。
「警護依頼がありましてね・・・。
 いやあ、この車は凄いですね。ハマーの改良型です。
 タイヤはマッド&スノーのオールシーズン特殊ラジュルアルです」
 内藤刑事はそう言って、質問されるのを避けるように笑った。

 Marimuraに到着すると一階玄関ホールに数名の警護官がいた。沢田警備課長に敬礼し、沢田警備課長とタエとケイ、内藤刑事をエレベーターホールへ導いた。
「どうぞ、こちらへ」
 エレベーターが八階に着くと。沢田警備課長は、小会議室に、タエとケイを案内した。
 タエとケイは沢田警備課長に案内されて会議室に入った。二人の背後に内藤刑事がいる。


「ご足労いただき、ありがとうございます。どうぞおかけください。
 沢田警備課長と内藤刑事も椅子に座ってください」
 円形テーブルの正面から、近藤政夫がタエとケイたち四人にドア側の四席を示した。
 ケイは、テーブルに着いている面々を調べ上げている。

 株式の20パーセントを保有する中林宗佑は、ナツ(中林なつみ)の親で、本田部長の大叔父。
 生方武司、赤井京介、大林典明は、それぞれが株式の10パーセント前後を保有し、キョン(生方京子)、アツミ(赤井あつみ)、サユリ(大林さゆり)の親だ。
 そして、株式約12パーセントと8パーセントの株主の委任状を持つ、近藤政夫だ。
 どいつもこいつもタヌキだ。キョン、アツミ、サユリ、ナツをあたしの元へ送りこんでたヤツラだ。鞠村まりえの排除にヤスオたちをけしかけ、今度はヤスオたちを排除した。理由はどうでもいい。やり方が汚ねえ・・・。
 沢田警備課長と内藤刑事は、なんでコイツらの言いなりなんだ?二人とは株主の配下か?とにかく、コイツら全員をぶちのめしてやりてえぞ・・・。
 そう思いながら、タエはゆっくり静かに顔をケイに向けた。

「まず、話を聞くべよ」
 ケイはタエを見つめて微笑んだ。判断するのは話を聞いてからだ。慌てて行動してはなんねえぞ・・・。
 タエはケイの思いを感じて頷き、緊張を解いた。まずは心をおちつかせよう・・・。
 タエの緊張は会議に出ている事への緊張ではない。いつ、どのタイミングで誰を攻撃するか、シミュレーションからの緊張だ。

「では、全員が集りましたので会議を始めます」
 近藤政夫が会議開始を告げた。
「議題は連絡してある、社長と事業部長の人選です。
 社長の配下は、社長本人の意志が繁栄されます。
 事業部長の配下は本人と人事部長が決定しますから、この場では議論しません。
 そのつもりで社長と事業部長の人選をしてください」
 近藤政夫が言う配下は、いかにも株主らしい高飛車な表現だとタエは感じた。

「その前に、もう一度、本田兄弟を排斥した理由を説明してくれ」
 中林宗佑が険しい顔で近藤政夫を睨んでいる。

「彼らは、不正を働いた鞠村まりえを解任するだけに留まらず、公取と手を組んで警察を抱き込み、我々の意向を無視して、全国色彩協会と全国テキスタイル協会の理事を監禁して両協会を潰しにかかりました。
 ふたつの協会は、テキスタイル業界とアパレル業界をバックアップする維持団体として、我々テキスタイル業界アパレル業界が、長年かかって築き上げた組織です。
 これら組織を潰す目的が何か、あなたもご存じのはずですな?」
「それは・・・・」
 近藤政夫の言葉に、中林宗佑が苦虫を噛み潰したような顔をして言い淀んだ。

「中林さん。業界のドンが業界を牛耳る時代は、過去の物になったんですよ。
 一株だけのオーナーもたくさんいるんです。
 発言権は株式保有数だけではないんです・・・」
 近藤政夫は諭すように中林宗佑を見つめている。

「決裁権は株式の保有数だろう!」
 中林宗佑が顔を爆発させるように大声を発した。

 近藤政夫はおちついて言う。
「そういうことなら、我々はあなたを排除しますよ。
 鞠村まりえの持ち株は我々が保有しました。
 我々の持ち株は80パーセント近くになりました」
 
「くそったれが!勝手にしろ!」
 捨て台詞を吐いて、中林宗佑が椅子を蹴飛ばして席を立った。
「Marimuraなんぞクソ食らえだ。株なんぞ叩き売ってやる!」
 中林宗佑はドアを思いきり開けると、部屋から出て行った。


 中林宗佑の姿が通路の先に消えると沢田警備課長が会議室のドアを閉めた。
 近藤政夫が笑顔になった。愛想笑いを浮かべて言う。
「お見苦しい場面をご覧にいれて申し訳ありません。
 中林宗佑は最初からMarimuraの乗っ取りを画策していましてね。その結果が本田兄弟でした。中林宗佑は鞠村まりえの全株式を保有する様子でした。
 機先を制して、我々は鞠村まりえの全株式を保有しました」

「新社長の人事はどうしたの?会議を進めなよ」
 株式の事なんかどうでもいいとタエは思った。
「そうですね。
 株主代表が四人になりましたが、会議を進めます。
 社長候補を挙げてください。
 事業部長でもかまいませんよ」
 近藤政夫は株主たちに発言を求めた。だが、
「・・・」
 他の三人の株主代表は何も言わない。

「木村タエさん。大沢ケイさん。何か意見はありませんか?」
 近藤政夫はタエとケイに意見を求めた。
「私たちより、株主のみんなが詳しいべさ。もう候補者を決めてんだべ?」
 タエは株主たちを見わたした。
「銀行とか商社とか、専務や常務の関係で、経営に慣れたのがいるだろうに」
 ケイも株主一人一人を見つめた。みな長年の株主だ。Marimuraの経営を知らぬはずはない。

「実は・・・」
 近藤政夫が態度を改めて木村タエとケイを見つめた。
 なんだ?何を言う気だ?一瞬、木村タエとケイは心の中で身構えた。
「お二人に会社をお任せしたい・・・」
 近藤政夫が呟くように言った。
「どういうことだ?」
 ケイが聞きかえした。
 タエは、何か聞きまちがえたと思った。

「アパレルメーカーの経営者には、売れる物を見極める能力が必要です。
 経営に長けていたり、流通経路関係を熟知していても、洋服を作れるアイデアの無い者は経営に向きません。
 それが、専務や常務が社長になれなかった理由です」
 近藤政夫は、単なる利益追求や流通経路から販路を独占しようとする、専務や常務の考えに懐疑的だ。

「たしかに、アイツラ、人を使えねえし、経営させたらダメだ。
 Marimuraに来る以前に務めてた会社で、なぜ専務や常務をしてたか、ふしぎだぞ」
 口うるさい専務と常務の顔を思い浮かべて、ケイは一泡吹かせたい気分になった。
「あの専務と常務はファッションセンスはねえ。
 アイツラが社長になったら、
『売れる物を作れ。利益を出せ』
 そう言って怒鳴るだけだろうよ。
 あんな、天下取ったみたいに思ってる二人を部下にしたい社長はいねえべさ」
 タエも気持ちはケイと同じだった。

 経理担当の専務は銀行の専務を退職してMarimuraの専務になった人物だ。常務は取引先の商社からMarimuraの常務になった人物で、商品流通経路に詳しい。二人ともファッションにはまったく疎い。 

「社長を引き受けてくださいますか?」
 近藤政夫が、今度は大きな声でハッキリ言った。
 近藤政夫を見ている他の株主たちの目がいっせいにタエとケイに向いた。

「二人で一人前って事か?私が経理担当で、タエが商品担当か?
 鞠村まりえは商品担当で、経理は専務たちだったよな?
 違うか?どうしてた?」
ケイが近藤政夫を睨んでいる。
「そうでした。だから、お二人にお願いしたい」
 そう言って、近藤政夫はその後の言葉を飲み込むように、息を呑んでいる。

「専務と常務をクビにするんか?それとも格下げか?」
 タエは、専務と常務に対する近藤政夫の懸念を感じてそう言った。
「本田兄弟はどうした?」
 大株主だった鞠村まりえが、専務と常務をひき抜いてきた。鞠村まりえ無きMarimuraで、専務と常務は鞠村まりえに代ってのさばるだろう。二人を押さえつけるには大株主の息がかかった社長が必要だ、とケイは考えていた。

「専務も常務も現職のままです。本田兄弟は、状況によっては書類送検になるでしょうが、罪状が付くでしょう」
 近藤政夫は事務的に状況を話した。

「ふーん、おまえらバカか!
 頭をすげかえても、身体がそのままなら、身動きとれるわけねえべ!
 ちいっと、待ってな・・・。
 タエ、耳貸せ」
「はいよ!」
 ケイは株主たちを睨まままま、タエに耳打ちした。
「タエ、どう思う?」とケイ。
「おもしろいから、やってみんべ。
 今さら、専務と常務はいらないべさ。
 経理部長も営業部長も仕事は熟知してる・・・」とタエ。
「そしたら、人事は社長一任と言う事でいいな?」
「ああ、いいよ」
 タエはケイに同意した。

「よし!これから、条件を言う!
 今回の一連の騒動の責任を取らせて、専務と常務をクビにしろ!
 降格はダメだ。専務と常務は、降格されて黙ってるようなタマじゃねえべさ!
 人事は社長に一任する事!
 そしたら、あたしら二人で社長を引き受ける。
 人事は私とタエが決める!」
 ケイは株主たちを睨みつけて、きっぱり言い放った。タエも株主たちを睨んでいる。

「わかりました。私たちで協議して御連絡します。
 株主の皆さんはそれでいいですね」
「よかろう・・・」
 他の株主たちが同意した。
「では、公共交通機関が復旧ししだい会社を営業します。
 それまでに、私から連絡いたします。
 本日はご足労、ありがとうございました。
 正午を過ぎていますので、後ほど、昼食を自宅へ届けます。
 沢田警備課長、内藤刑事。お二人を自宅へお送りください」
 近藤政夫は丁重にそう言った。


一時間あまり後。
 深雪装備、低車高幅広の四輪駆動車が錦糸町のマンションに着いた。
「今日は、ご苦労様でした。
 会議結果の連絡は明日以降になると思います。
 それから、遅くなりましたが、昼食と夕食です。温めて食べてください」
 沢田警備課長は、車を降りたタエとケイに、大きな手提げ紙袋を手渡した。
「ありがとう。いろいろお世話になりました」
 タエとケイは沢田警備課長と内藤刑事にお礼を言って四輪駆動車を見送り、マンションへ入った。
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