九 調査結果
文字数 4,639文字
退社後。
タエとケイは錦糸町の駅ビルでスーパーマーケットに入った。
フロアを歩きながらケイがタエの耳元で囁く。
「あたしを課長代理にした訳がわかったよ。
総務のヤツラ、ITが苦手なんだ。サーバーの記録なんて全然、調べらんないよ」
前を見たままタエが囁く。
「そんで、前のチーフと室長が何処へ連絡してたか、わかったん?」
「わかった。それ以上の事がわかったかもしんない・・・・」
ケイが後半の言葉を言い淀んだ。
タエはケイから顔を離して、じっとケイを見つめた。ケイの顔が強ばったように見えた。
タエは、前任のチーフデザイナーがデザイン企画のコピーを紛失した直後、オーナーの鞠村まりえがデザインルームに現れたのを思いだした。
オーナーが直々にデザインルームに現れたことなんて、過去に一度もなかった。
「何がわかったん?もしかして二人が連絡してたんはオーナーか?
それとも、ヤスオはあのヤスオだったんか?」
ケイがまたタエの耳元で囁いた。
「うん、前チーフと前室長が連絡してたんはオーナーだ。
前チーフがデザイン企画データーのコピーを持ちだしたんは、オーナーの指示だ。
どこかへ売る気だったらしい」
「そんな事したら、自分の会社が潰れるべさ!」
タエはそう囁いて立ち止まった。呆れた顔でケイを見ている。
「ああ、潰れる。潰れるより、潰す気だったような気がする」
「なんで?理由は何?」
タエは驚きを隠せない。
ケイがタエの腕を取って歩かせて、耳元で囁く。
「以前からデザイン企画がいろんなとこで漏れて、会社の純利益が減ってた。
オーナーはデザイン企画を売って、利益を上げようとした。
Marimuraには優秀なデザイナーがいるから、短期間に新しいデザイン企画を作るのは可能だと思ったんだね」
タエが立ち止まった。ケイを見つめて囁く。
「それなら、デザイン専門とアパレルメーカーを分ければ・・・。
もう、分れてるか・・・。
Marimuraのデザイン企画を、Marie Marimuraで販売する気だったって事か?」
Marimuraはアパレルメーカーだ。小売りもしている。
小売り専門会社はMadam Marimura。
デザイン企画専門会社はMarie Marimura。
そして、Marimura系列の会社の事務などITを統括する会社がOffice Marimuraだ。
「そういうことだべ。Marie Marimuraのデザイナーは鞠村まりえの息がかかった阿呆者ばっかで、売れ筋のアイデアなんて無かったんさ・・・。
Marimuraの株主たちは、他社の企画担当からMarimuraのデザイン企画が妙な経路で流失しているのを耳にした。
そして、ずいぶん前から、Marimuraに調査員を潜入させた」
「調査員ってヤスオか?」
タエの問いに、ケイは首を横にふった。
「誰なん?」
「タエの部下たち・・・」
ケイはそう言ってフロアに視線を落した。
「ええっ!」
タエは思わず大きな声でそう言った。
慌ててケイがタエを制して言う。
「静かに・・・。まだ続きがあるべさ。
こっちにきな。今晩は、何、食うか・・・・」
ケイはタエを引っぱってカートを押し、フロアを移動した。
「トンカツ食いたい。多めに買ってトンカツサンドにもしていいぞ」とタエ。
「明日の朝飯、トンカツのホットサンドにすっか?」
ケイもタエの話し方、実家がある北関東の方言に合わせている。北関東でも、今どき、方言を話すのは年輩の人たちだけだ。タエの年頃の人は方言を話さないが、地元の話し方の方が楽でいい。内容も早く伝わる・・・。
「そうすべさ。
商品の運送に雪の影響が出てねといいな。野菜は少なくなるし、高けえだろうな・・・」
タエは、今回の降雪で不通になった交通機関が、物流に大きく影響したのではないか気にしている。
「雪が降っただけで、流通が壊滅する都市はだめだな。いっそのこと、もっと内陸に首都を移せば、こんな事は無くなるべさ・・・」
ケイは、こんな湾岸に近いところに首都を置くより、もっと内陸の方が、天変地異に対して安全だと考えている。
「あっ!トンカツ、あるぞ!
トンカツ、六コください!
それと野菜サラダはと・・・」
タエは惣菜売り場にトンカツを見つけて、係員に言った。
顔なじみの係員、田部井は二人に挨拶し、
「肉は在庫があったから、販売できましたよ。
野菜は高いですね。田舎風に、しばらく漬け物で凌ぐしかないですね。
こんな雪で交通が麻痺するんだから、日本の防災の程度が知れますね」
呟くように話して、トンカツをパックに入れている。田部井の出身地はタエやケイと同じ北関東だ。近くにはスキー場がある地域で、タエとケイの実家に近い。
「はい、どうぞ」
田部井はパックに入れたトンカツをタエに渡した。
タエはなんとなく気になって、ヤスオの事を訊ねた。
「田部井さん。ヤスオ、買い物に来てる?」
「ええ、十日ほど前に来てますよ。ケンカしたんですってね。すぐに戻りますよ」
田部井は後半の言葉を呟くように言った。
タエは田部井に、ヤスオがいなくなった事を話さなかった。ヤスオと買い物に来た時、同郷の田部井をヤスオに紹介していた。現在、ヤスオの両親は八王子に暮しているが、ヤスオの出身地もタエとケイの実家に近い沼田市と聞いていたからだ。
「ヤスオさんがいないから話します。内緒にしといてください。
矢部ヤスオと紹介されたけど、僕が知ってる本田ヤスオに似てるんですよ。
沼田市の本田は、あの辺りの山林を全て所有してる資産家ですよ。
ヤスオさんがあの本田の一族なら、どうしてこんな所にいるんか、ふしぎでしてね」
タエとケイは田部井の説明に驚いたが、驚きを隠したまま訊ねた。
「どうして、ふしぎなん?」
「山林の管理や材木の販売は従業員に任せても、経営は人任せにできないでしょう。
地元でする事がたくさんあるはずですよ」
「その本田には、ヤスオと同じ世代の人がいるんか?」とタエ。
「ええ、息子が二人と娘が一人。
年齢は、僕より若いはずだから、三十前くらいだと思います。ヤスオさんの年代だね。
妻の実家が沼田市だから、忘れなかったら、訊いてみますよ。
当てにしないで待っててください」
そう言って、田部井はタエとケイに微笑んでいる。
「ありがとう。頼りにしてます」
ケイはタエの背に手を当てて、ぺこりと頭をさげた。タエも慌てて、ケイに従った。
「それじゃあ、また、買い物にきます」
タエとケイは惣菜売り場から野菜売り場へ移動した。
レディース事業部長は本田ヤスオだ。本田部長は、田部井が話した本田ヤスオと同一人物だろうか・・・。
フロアを移動しながら、二人は言葉に出さずに、そう考えていた。
野菜売り場が近づくと、ケイが言う。
「株主が調査員を潜入させたとこまで話したんだったな・・・。
株主の通話履歴から、デザイン企画のコピー履歴を見つけたんはナツだ。
ナツは株主にその事を伝えた。
株主は鞠村まりえを通じて、鞠村まりえの部下のチーフと室長を解雇させた」
「株主の方が鞠村まりえより発言権があるん?」
タエは株主と社長の力関係を知らない。
「鞠村まりえの持ち株は30パーセントほどだ。
合計持ち株が50パーセントになる株主たちがまとまって、鞠村まりえに圧力をかけた。
株主たちの発言権は50パーセント。鞠村まりえは30パーセントさ」とケイ。
「残りは20パーセントだから、50パーセントが強いのか・・・。
残り、20パーセントは誰?もしかして本田?」とタエ。
「中林だよ。中林宗佑・・・」
タエは驚いた。
「えっ!?ナツと関係あるの?」
ナツの本名は、中林なつみだ。
「まだわかんない。でも、50パーセントじゃねえべさ。中林宗佑がどんなヤツか調べる」とケイ。
「そうか・・・。アイツら、何年も前から調査員なんだ・・・」
あたしが入社したんは六年前た。そのあとからデザイナーのアイツラが入社したんだから、株主は四年以上前から、レディースのデザイン企画室を探ってたことになる。
デザイナーがデザインルームに配属されるのは毎年一名だ。生方京子、赤井あつみ、大林さゆり、中林なつみの順だ。アイツラ、バカを装ってただけか?
タエは四人の行動を思いだしたが、騙されたような気がしなかった。
「あんなに薄らトボケてれば、誰も調査員なんで思わねえな・・・」
ケイも思いだしたように含み笑いしてる。
「だけど、ナツはどうやって、デザイン企画がコピーされたのを見つけたんだろう?
サーバーからコピー履歴を見れるんは、ケイくらいのもんだべさ」
タエは、中林なつみがどうやってOffice Marimuraのサーバーを調べたのか疑問だった。
「そこがふしぎなんださ。タエも知ってるように、ナツはITが苦手ださ。誰かが手助けしたんだべな・・・。
あっ、特売の野菜がある!何でだべ?
佐久間さん!なんで、特売品があるん?雪で値上がりしたんじゃなかったん?」
ケイは野菜売り場の担当者に声をかけた
。
「世情を逆手にとったセールス、とだけ言っておきましょう。
一人一個なんて言いませんよ!
なくなったら、追加しますよ!」
担当者の佐久間は、
「形は不揃いですが、ひととおりの野菜が特売のコンテナーに乗ってますよ!」
と話している。
品切れにはならないと知って、客はおちついて野菜を買っている。状況がわかれば、消費者の意識は安定するものなのだ・・・。
おちついて野菜を買っている客たちを見て、タエは気づいた。人は情報で意識が変る。安定意識も危機意識も、情報しだいだ。情報でいくらでも人を扇動できる。
タエの部下の四人は、50パーセントの株を所有する株主たちの手先だ。
中林なつみは協力者の助けで、デザイン企画のコピー履歴を見つけた。
株主たちはオーナーに圧力をかけて、前任のチーフデザイナーと室長を解雇した。
その結果。人事異動がなされた。
本田ヤスオが、レディース事業部長とデザイン企画室長(兼務)になった。
ケイは総務部総務チーフ(係長)、兼、総務課長代理だ。
タエはレディース部のデザイン企画室第一デザインルームのチーフデザイナー(係長)、兼、デザイン企画室長(課長)代理だ。
タエの部下の生方京子は、第一デザインルーム、チーフデザイナー代理(主任)だ。
そして、本田部長から、ケイとタエは社内の監視と管理を指示された。
これらをまとめると、株主たちが不正を働いた者たちを粛正して、新たな人材を投入し、社内の監視と管理を強化した事になる。果たして実態はそれだけだろうか?
あのヤスオに似た本田ヤスオは何者だろう?株式の20パーセントを所有する中林宗佑が、50パーセントの株を所有する株主たちに荷担しなかったのはなぜだろう?
タエは全てが疑問だった。
タエの疑問を感じて、ケイがキャベツや小松菜を示して呟いた。
「調べるんは中林宗佑とナツの関係と、本田部長だな」
「そうだね。あたしたちの昇格はなんだべ?株主側に組み込まれたんか・・・」
そう考えると、タエは、本田ヤスオも株主側に思えた。
「いつまで話しても切りがねえぞ。野菜を買って帰るべさ」
「そうだね。切りないね」
タエは並べられた野菜を見た。形は不揃いだけど味が変るわけじゃない。形だけで野菜を選別するのは意味がない。あたしはデザインルームの部下たちを色眼鏡で見ているのだろうか・・・。
タエとケイは錦糸町の駅ビルでスーパーマーケットに入った。
フロアを歩きながらケイがタエの耳元で囁く。
「あたしを課長代理にした訳がわかったよ。
総務のヤツラ、ITが苦手なんだ。サーバーの記録なんて全然、調べらんないよ」
前を見たままタエが囁く。
「そんで、前のチーフと室長が何処へ連絡してたか、わかったん?」
「わかった。それ以上の事がわかったかもしんない・・・・」
ケイが後半の言葉を言い淀んだ。
タエはケイから顔を離して、じっとケイを見つめた。ケイの顔が強ばったように見えた。
タエは、前任のチーフデザイナーがデザイン企画のコピーを紛失した直後、オーナーの鞠村まりえがデザインルームに現れたのを思いだした。
オーナーが直々にデザインルームに現れたことなんて、過去に一度もなかった。
「何がわかったん?もしかして二人が連絡してたんはオーナーか?
それとも、ヤスオはあのヤスオだったんか?」
ケイがまたタエの耳元で囁いた。
「うん、前チーフと前室長が連絡してたんはオーナーだ。
前チーフがデザイン企画データーのコピーを持ちだしたんは、オーナーの指示だ。
どこかへ売る気だったらしい」
「そんな事したら、自分の会社が潰れるべさ!」
タエはそう囁いて立ち止まった。呆れた顔でケイを見ている。
「ああ、潰れる。潰れるより、潰す気だったような気がする」
「なんで?理由は何?」
タエは驚きを隠せない。
ケイがタエの腕を取って歩かせて、耳元で囁く。
「以前からデザイン企画がいろんなとこで漏れて、会社の純利益が減ってた。
オーナーはデザイン企画を売って、利益を上げようとした。
Marimuraには優秀なデザイナーがいるから、短期間に新しいデザイン企画を作るのは可能だと思ったんだね」
タエが立ち止まった。ケイを見つめて囁く。
「それなら、デザイン専門とアパレルメーカーを分ければ・・・。
もう、分れてるか・・・。
Marimuraのデザイン企画を、Marie Marimuraで販売する気だったって事か?」
Marimuraはアパレルメーカーだ。小売りもしている。
小売り専門会社はMadam Marimura。
デザイン企画専門会社はMarie Marimura。
そして、Marimura系列の会社の事務などITを統括する会社がOffice Marimuraだ。
「そういうことだべ。Marie Marimuraのデザイナーは鞠村まりえの息がかかった阿呆者ばっかで、売れ筋のアイデアなんて無かったんさ・・・。
Marimuraの株主たちは、他社の企画担当からMarimuraのデザイン企画が妙な経路で流失しているのを耳にした。
そして、ずいぶん前から、Marimuraに調査員を潜入させた」
「調査員ってヤスオか?」
タエの問いに、ケイは首を横にふった。
「誰なん?」
「タエの部下たち・・・」
ケイはそう言ってフロアに視線を落した。
「ええっ!」
タエは思わず大きな声でそう言った。
慌ててケイがタエを制して言う。
「静かに・・・。まだ続きがあるべさ。
こっちにきな。今晩は、何、食うか・・・・」
ケイはタエを引っぱってカートを押し、フロアを移動した。
「トンカツ食いたい。多めに買ってトンカツサンドにもしていいぞ」とタエ。
「明日の朝飯、トンカツのホットサンドにすっか?」
ケイもタエの話し方、実家がある北関東の方言に合わせている。北関東でも、今どき、方言を話すのは年輩の人たちだけだ。タエの年頃の人は方言を話さないが、地元の話し方の方が楽でいい。内容も早く伝わる・・・。
「そうすべさ。
商品の運送に雪の影響が出てねといいな。野菜は少なくなるし、高けえだろうな・・・」
タエは、今回の降雪で不通になった交通機関が、物流に大きく影響したのではないか気にしている。
「雪が降っただけで、流通が壊滅する都市はだめだな。いっそのこと、もっと内陸に首都を移せば、こんな事は無くなるべさ・・・」
ケイは、こんな湾岸に近いところに首都を置くより、もっと内陸の方が、天変地異に対して安全だと考えている。
「あっ!トンカツ、あるぞ!
トンカツ、六コください!
それと野菜サラダはと・・・」
タエは惣菜売り場にトンカツを見つけて、係員に言った。
顔なじみの係員、田部井は二人に挨拶し、
「肉は在庫があったから、販売できましたよ。
野菜は高いですね。田舎風に、しばらく漬け物で凌ぐしかないですね。
こんな雪で交通が麻痺するんだから、日本の防災の程度が知れますね」
呟くように話して、トンカツをパックに入れている。田部井の出身地はタエやケイと同じ北関東だ。近くにはスキー場がある地域で、タエとケイの実家に近い。
「はい、どうぞ」
田部井はパックに入れたトンカツをタエに渡した。
タエはなんとなく気になって、ヤスオの事を訊ねた。
「田部井さん。ヤスオ、買い物に来てる?」
「ええ、十日ほど前に来てますよ。ケンカしたんですってね。すぐに戻りますよ」
田部井は後半の言葉を呟くように言った。
タエは田部井に、ヤスオがいなくなった事を話さなかった。ヤスオと買い物に来た時、同郷の田部井をヤスオに紹介していた。現在、ヤスオの両親は八王子に暮しているが、ヤスオの出身地もタエとケイの実家に近い沼田市と聞いていたからだ。
「ヤスオさんがいないから話します。内緒にしといてください。
矢部ヤスオと紹介されたけど、僕が知ってる本田ヤスオに似てるんですよ。
沼田市の本田は、あの辺りの山林を全て所有してる資産家ですよ。
ヤスオさんがあの本田の一族なら、どうしてこんな所にいるんか、ふしぎでしてね」
タエとケイは田部井の説明に驚いたが、驚きを隠したまま訊ねた。
「どうして、ふしぎなん?」
「山林の管理や材木の販売は従業員に任せても、経営は人任せにできないでしょう。
地元でする事がたくさんあるはずですよ」
「その本田には、ヤスオと同じ世代の人がいるんか?」とタエ。
「ええ、息子が二人と娘が一人。
年齢は、僕より若いはずだから、三十前くらいだと思います。ヤスオさんの年代だね。
妻の実家が沼田市だから、忘れなかったら、訊いてみますよ。
当てにしないで待っててください」
そう言って、田部井はタエとケイに微笑んでいる。
「ありがとう。頼りにしてます」
ケイはタエの背に手を当てて、ぺこりと頭をさげた。タエも慌てて、ケイに従った。
「それじゃあ、また、買い物にきます」
タエとケイは惣菜売り場から野菜売り場へ移動した。
レディース事業部長は本田ヤスオだ。本田部長は、田部井が話した本田ヤスオと同一人物だろうか・・・。
フロアを移動しながら、二人は言葉に出さずに、そう考えていた。
野菜売り場が近づくと、ケイが言う。
「株主が調査員を潜入させたとこまで話したんだったな・・・。
株主の通話履歴から、デザイン企画のコピー履歴を見つけたんはナツだ。
ナツは株主にその事を伝えた。
株主は鞠村まりえを通じて、鞠村まりえの部下のチーフと室長を解雇させた」
「株主の方が鞠村まりえより発言権があるん?」
タエは株主と社長の力関係を知らない。
「鞠村まりえの持ち株は30パーセントほどだ。
合計持ち株が50パーセントになる株主たちがまとまって、鞠村まりえに圧力をかけた。
株主たちの発言権は50パーセント。鞠村まりえは30パーセントさ」とケイ。
「残りは20パーセントだから、50パーセントが強いのか・・・。
残り、20パーセントは誰?もしかして本田?」とタエ。
「中林だよ。中林宗佑・・・」
タエは驚いた。
「えっ!?ナツと関係あるの?」
ナツの本名は、中林なつみだ。
「まだわかんない。でも、50パーセントじゃねえべさ。中林宗佑がどんなヤツか調べる」とケイ。
「そうか・・・。アイツら、何年も前から調査員なんだ・・・」
あたしが入社したんは六年前た。そのあとからデザイナーのアイツラが入社したんだから、株主は四年以上前から、レディースのデザイン企画室を探ってたことになる。
デザイナーがデザインルームに配属されるのは毎年一名だ。生方京子、赤井あつみ、大林さゆり、中林なつみの順だ。アイツラ、バカを装ってただけか?
タエは四人の行動を思いだしたが、騙されたような気がしなかった。
「あんなに薄らトボケてれば、誰も調査員なんで思わねえな・・・」
ケイも思いだしたように含み笑いしてる。
「だけど、ナツはどうやって、デザイン企画がコピーされたのを見つけたんだろう?
サーバーからコピー履歴を見れるんは、ケイくらいのもんだべさ」
タエは、中林なつみがどうやってOffice Marimuraのサーバーを調べたのか疑問だった。
「そこがふしぎなんださ。タエも知ってるように、ナツはITが苦手ださ。誰かが手助けしたんだべな・・・。
あっ、特売の野菜がある!何でだべ?
佐久間さん!なんで、特売品があるん?雪で値上がりしたんじゃなかったん?」
ケイは野菜売り場の担当者に声をかけた
。
「世情を逆手にとったセールス、とだけ言っておきましょう。
一人一個なんて言いませんよ!
なくなったら、追加しますよ!」
担当者の佐久間は、
「形は不揃いですが、ひととおりの野菜が特売のコンテナーに乗ってますよ!」
と話している。
品切れにはならないと知って、客はおちついて野菜を買っている。状況がわかれば、消費者の意識は安定するものなのだ・・・。
おちついて野菜を買っている客たちを見て、タエは気づいた。人は情報で意識が変る。安定意識も危機意識も、情報しだいだ。情報でいくらでも人を扇動できる。
タエの部下の四人は、50パーセントの株を所有する株主たちの手先だ。
中林なつみは協力者の助けで、デザイン企画のコピー履歴を見つけた。
株主たちはオーナーに圧力をかけて、前任のチーフデザイナーと室長を解雇した。
その結果。人事異動がなされた。
本田ヤスオが、レディース事業部長とデザイン企画室長(兼務)になった。
ケイは総務部総務チーフ(係長)、兼、総務課長代理だ。
タエはレディース部のデザイン企画室第一デザインルームのチーフデザイナー(係長)、兼、デザイン企画室長(課長)代理だ。
タエの部下の生方京子は、第一デザインルーム、チーフデザイナー代理(主任)だ。
そして、本田部長から、ケイとタエは社内の監視と管理を指示された。
これらをまとめると、株主たちが不正を働いた者たちを粛正して、新たな人材を投入し、社内の監視と管理を強化した事になる。果たして実態はそれだけだろうか?
あのヤスオに似た本田ヤスオは何者だろう?株式の20パーセントを所有する中林宗佑が、50パーセントの株を所有する株主たちに荷担しなかったのはなぜだろう?
タエは全てが疑問だった。
タエの疑問を感じて、ケイがキャベツや小松菜を示して呟いた。
「調べるんは中林宗佑とナツの関係と、本田部長だな」
「そうだね。あたしたちの昇格はなんだべ?株主側に組み込まれたんか・・・」
そう考えると、タエは、本田ヤスオも株主側に思えた。
「いつまで話しても切りがねえぞ。野菜を買って帰るべさ」
「そうだね。切りないね」
タエは並べられた野菜を見た。形は不揃いだけど味が変るわけじゃない。形だけで野菜を選別するのは意味がない。あたしはデザインルームの部下たちを色眼鏡で見ているのだろうか・・・。