アンチ・ヒーローよ語れ、ピカレスクの華を(下)

文字数 1,890文字

市民革命とか諸々によって、例えば貴族の肖像画を描いていた画家たちが市井のひとたちを描いていくようになった、という話と、近代文学はリンクするですね。
王権神授説の否定と絡めると面白いかもね。そういえばフランス革命のバスチーユ監獄の解放の重要なミッションに、マルキ・ド・サドの奪還が含まれていた、って聞いたことがあるわ。
価値観が大きく変わった出来事でもあるのですよね。サドの話は焚書と表現の話に接続されるとして。現在は国連の世界人権宣言てのがあるっていうほど、「ひとの命は大切」なのです。ここでいう「ひと」ってのは「みんな」を指す言葉ですね。単純化していえば。
作家は「炭鉱(坑道)のカナリア」だもんね。全体主義はロマン主義の成れの果てだった、って話も、近代~現代文学に続く話とつなげても罰は当たらないと思うわ。ちょっと年代の幅が広すぎて焦点がぼやけてきたけど。
要するに「人間を描く」とした場合、それは「一般の人間」で、「英雄ではない」人間だ、というのが、文学史が辿ってきた道なのです。
プロタゴニスト(主人公)は、アンタゴニスト(敵対者)がいて初めて成り立つ。古代ギリシャ劇の話なのですが。プロタゴニストとアンタゴニストは、それぞれコーラスという引き立て役に促されて、闘争(アゴーン)を行う。アゴーンとは論争などを指すのですが。コーラス役は観客の代弁者の役も担うのです。
物語という以上は、現代だって主人公が問題や葛藤の克服を行うのが定石なのですが、特別じゃない人間がそこでは特別な存在になることが求められるのですよね、ストーリーテリング的には。
だとしても、英雄譚はエンタメとしては未だに有効だし、『俺TUEEEEE』小説も、やっぱり面白いわよ。どちらかというとWeb小説の文化圏にいないと否定されがちだけどね、それは。
敵、つまり自分らにとっての『悪』はぶっ殺すべし、ってのは現実でずーっと起こっているのです。ロマン主義がひどい帰結を招いて、社会をシステムとして「人材が取り換え可能で回る」風にデザインして、同時期に構造主義がもてはやされたのですが、やっぱり吸引力のあるカリスマが必要というのが、露呈してくる。
それを考えると、教養小説(ビルドゥングス・ロマン)の需要と供給が、巧妙に変わったかたちで出てくるわよね。一言でいえば、「子供はダメだ! 早く立派な大人になれ!」という奴ね。
人材が買い叩かれる社会が、今なのです。人材の使い捨ても同様。スマホゲーの課金すらできない子供が、この格差社会を感じてしまったところに先導者が「立派な大人になればいい!」というメッセージを流す。ソーシャルデザインとしては、国際競争率上がってもばっちりな人材の育成になる仕組みなのです。
ヒロイズムを刺激するわね。確かに。
昔、映画に『小さな恋のメロディ』ってあって、滑稽な大人の世界への子供からの反逆を描いたのだけれども、子供のまま反逆するのではなく、大人になって見返せ、って話になってるのが今の社会よね。人口の問題もあるからってのも理由になるでしょうけど。
「一芸に秀でて無双!」が(ステレオタイプな)ウェブ小説の醍醐味なのです。長い時間をかけて培ってきた熟練の技や知識が、転生でもして若くして使えて無双するのです。「頭脳は大人」なのがこの場合の肝なのですよね。
結局、ヒーローは必要だった、という話になるのよね。ヒーローになるために努力しろ、ってことでもある。
マッドチェスターの音楽がステージと客席の垣根を取っ払ってしまったけど、十年も経ったらアイドルみたいなひとたちがステージに君臨して客席は客席としてわきまえろ、っていうのに回帰しちゃった、みたいな?
グラフィティアートも、バンクシーはバンクシーだからって理由で成り立ってしまっているわよね。
「何者でもないおれが何者かになる」ストーリーには、勝てないってことになってしまうのですね、この話は。ポストモダン文学の騎手も『歴史』を導入してスカスカの現在しかないフラット感を『打破』するしかなかったように。
むー。魅力的な人物を描くしかないのね。当たり前の話になったわね。でも、瞬間的にはそれは否定されようとしてた。けど、それは無理だった。それはもう、時代の要請によるところが大きい。そこに「カラクリがあるのでは?」と疑問を持つと、今回のわたしたちの話みたくなって、でも結局はストーリーを引っ張る人物や主人公は必要不可欠なので、仕方ないですね、となるわけね。
今日はいつになく不毛なお話になったね! 誰でも知ってる話をしただけのような気がするねっ!
精進するわよ……、ふぅ。
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登場人物紹介

【田山理科】

 主人公にして家主。妹のちづちづと知らない町に引っ越し、二人で暮らしを始めたが、ちづちづがどこからか拾ってきた少女・みっしーも同居することに。趣味は絵を描くこと。ペインティングナイフを武器にする。

【みっしー】

 死神少女。十王庁からやってきた。土地勘がないため力尽きそうなところをちづちづに拾われて、そのまま居候することに。大鎌(ハネムーン・スライサー)を武器に、縁切りを司る仕事をしていた死神である。

【ちづちづ】

 理科の妹。背が低く、小学生と間違われるが、中学生である。お姉ちゃん大好きっ娘。いつもおどおどしているが、気の強い一面をときたま見せる。みっしーとは友達感覚。

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