ケモノガハラ

[学園・青春]

153

16,225

3件のファンレター

23歳、越智という男は精神科に入院する。入院の経験は、越智にとって忘れられない、悪い意味だけでなく、複雑な気持ちでの〈想い出〉となり、越智はそれを小説に記そうとする。これは、その感情の軌跡を描いた青春小説である。

ファンレター

なんという不条理!

 病院内の様子にまずは驚きます。「治療」に関しても。
 調査なさったのでしょうか。もしや何らかの立ち位置でこの世界に触れたご経験が?
 特に患者一人一人の様子の緻密さとバリエーション、「確かにこういう人いるな」と思わず唸ってしまう人間模様。それを果たしてぼくは現実に見たのか、SNS上の繋がりから垣間見たのか、それとも何かの誰かの創作で遭遇したのか……はっきりとしたことは言えませんが、とにかく「確かにこういう人をどこかで見たことがある」と思わせる描写力がこの作品にはありました。そして、この描写を可能にするには観察力が何よりも鋭くなければ、と。
 そして主人公に対する周囲の理不尽・不条理がまた苦しい。読みながら「こんなことあっていいのか」と何度も呻いてしまいました。こうした不条理は、自分の小学生の頃には確かにあったかもしれません。しかし、大人になるにつれて自分の周りからは見えなくなりました。見えなくても実際にはある、作中で述べてあるところの『裏の歴史』として本当は存在していたのかもしれない……そう思うと、ぼく自身が何とものほほんとこれまでを生きてきたことに戦慄してしまいます。
 加えて不思議なことに、この作品の主人公がなぜか先日拝読した『偽典・蘆屋探偵事務所録』の語り部である「るるせ」氏と何度も重なりました。どちらも程度の差はあれ世の中の不条理に流される側の存在であるようには思いますが、そういうところとはまた違う、そういうところだけはない、ぼくの拙い語彙力では言葉にするのが難しい部分でこの二人は何かが似ています。ユニークです。そして、このユニークな部分には作者の何よりもの作者らしら、アイデンティティーが滲んでいると感じます。

 作品を構造の面から俯瞰して、自殺の失敗から目覚めて始まり、自殺の失敗で目覚めて終わる構成であるところがまた良いです。死から目覚めて初めてその痛みに生きていることを実感する主人公。
 堕ち続けながらも「生きているだけ」でありながらも、死ぬことができずに生き続ける逞しさを強く感じさせます。

 誰もが持つ人間の「欠点」に目を背けず、その闇、『裏の歴史』を見つめた作者のその姿勢に、畏怖の念さえ抱きました。

返信(2)

皐月原圭さん、丁寧なレビュー、ありがとうございます!
「もしや何らかの立ち位置でこの世界に触れたご経験が?」との読み、その通りです。人間関係と不条理に関しても、よく僕はクローズドな場所での人間関係をゴールディング『蠅の王』に例えて話すのですが、それがこの物語とも繋がっていると自分では考えます。ゴールディングは子供の世界を描いたけれども、子供の世界は大人の世界の縮図ですから。
とはいえ、この物語は、空想力を駆使した……わけでもなく、実際に理不尽や不条理を目撃して、それをデフォルメさせたりさせないままだったりで書いているのは、事実です。「訴えればいいじゃないか」という意見にも、「人権というものが」という意見に対しても、「そんな風には社会はまわってないよ?」というしかないです。本当にこの世は不条理で、その感覚が僕に纏わり付いています。それが、もしかしたら作家性なのかもしれません。
しかし、流されて終わるのは、ドラマツルギーとしてどうなのか、という問題とは、今後も僕は向き合っていかないとならないです。自分からなにかをつかみ取る、というのが、ビルドゥングスロマンの雛型だったのではないか。
……構造主義が反復を重視するように、この作品もまた反復の物語で、けれども、力強さというか、「死から目覚めて初めてその痛みに生きていることを実感する」のは、この物語で、一番書きたかったことなのでした。
この作品、ヘヴィーだったと思うのですが、お読みいただいて、素敵なレビューまでいただけて、感謝しています!!
 経験に裏打ちされた作品は本当に強いなと思うのです。
 以前、「経験がなければ小説は書けないのか」が議論になっていたのを目撃したことがありますが、その大勢の結論が「下調べと想像で充分に書ける」となっていたとはいえ、それでも「経験」に勝るものはないと個人的には思うわけです。
 そういった意味でも、るるせさんは強い武器を持っているんですね。いろいろあったとしても、それは物書きとしては確かな武器だと思います。
 今後も、どういった形でその経験とフィクションを融合させていくのかなと、楽しみでしかないです。