バイブル・フード・レシピ

作者 mika

[学園・青春]

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20,015

9件のファンレター

☆第1章完結しました!
この秋、翠はミルトス大学高等学校に編入してきた。
ミルトス高校はキリスト教精神によって立つ学園。礼拝や授業に戸惑う翠だったが、聖書に登場する食事を再現しようと試みる家庭科部の仲間たちと一緒に、楽しみながら聖書を学んでいく。

※アイコンはAdobe Stockから四ッ谷さまの作品を使用させていただきました。

ファンレター

パンをめぐるお話

mikaさん、こんにちは。
『バイブル・スタディ・コーヒー』に続く聖書についてのお話、とても興味深く拝読しました。
「聖書に登場する食事の再現を試みる」という視点が斬新ですし、しかも舞台はキリスト教の学園。翠さんと一緒に編入したような気持ちで、はじめて知る言葉や知識を学ばせていただいています。
グルテンフリーとか、日常で耳にしたり目にする言葉なのにちゃんと理解できていなかったんだなと驚きましたし、ひとくちにパンといっても、素材の麦だけでもこんなにいろいろな種類があるということを知りました。
古代エジプトで作られたパンが現存していることにも驚きです!

安祈世さんの「パンとぶどう酒をいただくことは、イエスさまの命の恵みにあずかること」で、それらを共に分かち合うことでイエスさまの弟子であることを目に見えるようにする、という言葉、わたし自身はキリスト教徒ではありませんが、その感覚はすごくわかるような不思議な気持ちになりました。
心のなかでどんなに思っていても、それを言葉にしたり行動で表さない限り、自分以外のひとには伝わりませんものね。
場違いかもしれませんが(すみません)、神の言葉に従い、息子のイサクを神に捧げようとしたアブラハムの行いがふと思い浮かびました。その行為により、アブラハムの神を畏れ敬う気持ちが示され、神に伝わったのでしたよね……。

続きを楽しみにしております(*´ω`*)

最後の最後になってしまって大変恐縮ですが、【三題噺バトル】優秀賞受賞おめでとうございます!!ヽ(*≧ω≦)ノ
『夏を染めて』のほうには過去にすでにお手紙を送らせていただいていたので、こちらからお祝いの言葉を失礼いたします。
選評の言葉、本当にそのとおりだなと納得でした。何度読み返してもすてきな作品です。
あらためて、このたびはおめでとうございます(*´∇`*)

返信(1)

桐乃さん、お忙しいなかでお読みいただき、どうもありがとうございます!

『バイブル・スタディ・コーヒー』はわたし自身、約7年間にわたって、プロテスタントの教会でバイブル・スタディをした経験を思い出しながら、書き進めています。
日曜日の午前中に主日礼拝をおささげし、持ち寄りの食事を囲んでの愛餐会をし、ご年輩のかたがたがお帰りになった後で、時間のある若者たちに牧師たちがつきあい、コーヒーを飲んだりしながら自由に聖書研究をする、といったイメージです。
コロナ禍前の教会では実際に見られた光景でしたが、現在では食事を共にするということが難しくなってしまいました。

教会では食事を共にする、ということを大事にしています。
聖書には、イエスがまだ生きておられた時に、一切の差別をせず、当時の社会で罪人と考えられていた人々(徴税人や病人など)と一緒に食事をされたというエピソードがあります。
イエスの生き方に倣う、という人々の群れがクリスチャンですので、共に食事をすることは、イエスが行動をもって示した隣人愛(ギリシャ語で言うところの「アガペー」)を実践することなのだと思います。

第5話で『コリントの信徒への手紙』を引用しましたが、この聖書箇所の前の文脈でパウロは、コリントの仲間たちが自分勝手に飲んだり食べたりしていて、教会のなかで空腹の者や酔っぱらいさえいる現状に怒って、きつく戒めています。
それで、信徒が食事をするときは、常に「主の晩餐」(最後の晩餐)を思い返しなさいよ、と言っています。
最後の晩餐の席で、イエスが弟子たちにパンを裂き与えたことを思い起こして食事をすれば、弱者や病人を押しのけて自分勝手に飲み食いすることはできないですよね。
パウロの言葉は、現代でも共感できるものがあるなと思います。そういうわけで、教会では炊き出しなどのホームレス支援の活動を熱心に行っていたりします。

このパウロの言葉が現在まで形として残ったものが、礼拝の中で「パンとぶどう酒」をいただく儀式(プロテスタントでは聖餐式)と、教会での食事会(愛餐会)なのかなと思っています。

ここで、アブラハムが息子イサクを犠牲にささげようとしたエピソードを思い起こしてくださり、どうもありがとうございます!
心のなかで思っているだけでなく、言葉や行動で表すことって大切だなと日々、思います。
わたしの身近では離婚する夫婦がすごく多くてですね。
家庭における感謝や愛情だって、心のなかで思っていたとしても、相手に伝わらなければ、それは思っていないのと同じなので、言葉や行動で互いに伝える努力をしないといけないな、としみじみ思います。

古代エジプトで作られたパンが腐らずに残り、カチコチに乾燥して、こうして発掘されたのはすごいですよね!
この写真を初めて見たとき、わたしもめちゃくちゃ驚き、どうしてもご紹介したくて、わざわざ大英博物館に使用許諾を取ってしまいました。

また、『夏を染めて』にもお祝いの言葉をいただき、本当にどうもありがとうございます!
「何度読み返してもすてきな作品」とのもったいない言葉をくださり、もう、胸がいっぱいになりました。

『バイブル・フード・レシピ』の過越祭の「種なしパン」を作るお話は、まだまだ続きますので、次回もどうぞよろしくお願いいたします。