【5/6ユーリイ】貴方の心に春風を
文字数 2,719文字
ユーリイさん、所長にサインして頂いた実験の許可書類をお持ちしました~。……あら、今日はなんだか一段と機嫌が良くないですか?
え~そうなんですか!おめでとうございます~!今日はなんのご用意もないので、また後日なにかプレゼントしますね~。
ありがとうございますモニカさん!楽しみにしてますね!
あぁ、それにしてもカーチャは一体どんなプレゼントを用意してくれてるんだろう……いや、可愛い妹が選んでくれたものなら僕はどんな物であろうと泣いて喜ぶ自身があります!!
それはもちろん!僕が大切に育てた妹ですよ!?最近は反抗期でちょっとよそよそしいけど……でも根は優しい子なんです!朝から顔を見ないのも、きっと面と向かってプレゼントを渡すのが恥ずかしいだけに違いありません!
もうシュガーさんったら。そんな意地悪言っちゃダメですよ~?
いいんですモニカさん、僕は全然気にしてませんよ!
……あ、もしかしてシュガーさんも可愛い可愛い僕の妹の話を聞きたいんですか!?
何故そうなる?私は就業時間中に仕事と関係のない話をしている貴様らが気に食わないだけだ。
そんなに聞きたいならしょうがないですね。何度でも話してあげましょう、目に入れても痛くないほど可愛い僕の妹の話を!!
お前に耳はないのか?
……まったく、煩くてしょうがない。それにこいつの妹とやらの話はいい加減聞き飽きてるんだ、どうにか黙らせる方法はないのか?
う~ん、そうですねぇ。私も早く所長のところへ戻らなければなりませんし~……。
シュガーさんも何かプレゼントを渡して話を逸らしてみてはどうでしょうか?(小声)
あ‶~?なんで私がそんなこと……チッ、渡せばいいんだろう渡せば。
そう言うとシュガーは面倒くさそうに白衣のポケットを探り、その中身をデスクの上に広げた。
……あった。ほら、私からの誕生日プレゼントだ。ありがたく受け取れ。
え、ありがとうございます。……この包みはチョコレートですかね?僕も甘いもの好きなんで嬉しいです!
ウイスキーボンボンだ。糖分補給用に持ってきた菓子の中に紛れ込んでいてな、仕事中にアルコールを摂取する訳にはいかないだろう。
なのでお前にくれてやるが、食べるのなら家に帰ってからにするように。
?それはもうお前のものだ。どう食べようとお前の勝手だろう。
……チッ。それにしても、あいつはまだ戻らないのか?
遅い!一体どこまで実験器具を取りに行けばこんなに時間がかかるんだ!!
ごめんごめん、ちょっと寄り道してたら遅くなっちゃって。落ち着いてくれよシュガー、そんなにイライラしてると体に悪いよ?よく見たらクマも酷いし、ちゃんと眠れてないんじゃない?この前見つけた寝かしつけの魔術があるから試してみようか??
……お前らはどうして揃いも揃ってそんなに煩いんだ?私への嫌がらせか?あ‶?
シュガーさん落ち着いて下さい~。ほら、イライラした時は糖分を摂取するといいんですよ~。
シュガーの堪忍袋の緒が切れそうになった時、機転を利かせたモニカが机の上に散らばったチョコレートを引っ掴み、彼の口へと押し込んだ。
……必要な器具も届いたことだし、さっさと実験を始めるぞ。
わ~、あのキレやすいシュガーさんがこうもあっさりと……。モニカさん、お見事です!
そんな大げさですよ~。このぐらいのトラブルは自力で解決できないと所長秘書は務まりませんので~。
では、シュガーさんが落ち着いている間に早速実験に取り掛かりましょう!!
実はこれを取りに行ってたら遅くなっちゃったんだよね~。
……はい、これ僕からの誕生日プレゼント。Happy birthday ユーラ!
わ、ありがとうございます!……これは魔術書、ですか?なんか錠前がついてて物々しいですね。
そうだよ!なんと、この前発表された新説の論拠とされている魔術書さ!まぁ、さすがに自筆稿本を手に入れるのは難しかったから転写本だけどね。
これがあの!!?ぐっ開かない……!!何で鍵なんか掛けるんですか!?!?!?
いや、ユーラのことだから渡したら最後、倒れるまで読み耽りそうだと思って。ちょっと工夫させてもらったんだ~。
君のその探究心は素晴らしいものだけど、健康を害するほどのめり込むのはやっぱり良くないよ。
僕はただ、魔術や君自身のことを大事にしてほしいだけなんだ。
安心して!この実験が終わったら鍵を渡してあげr
(魔術書を読んでたら遅くなっちゃったな。でも今日の実験結果も纏めたいし、もうちょっと仕事してから帰ろう)
(……結局今日は1度もカーチャに会えなかったな。やっぱりシュガーさんの言うとおり避けられてるのかな……)
(もし面と向かって嫌いとか言われちゃったら立ち直れる気がしない……嫌だな、これじゃあ僕が傷つきたくなくてカーチャを避けてるみたいだ)
(いやいや、こんなこと考えるなんて僕らしくない!気持ちを切り替えたいし、今日は帰ったらお酒飲もう。ウイスキーボンボンをつまみにウォッカを飲めばすぐ酔えるかなぁ?)
不安な気持ちを抱えたままユーリイが研究室のドアを開けると、人感センサーが作動し照明の白い光が室内を明るく照らし出す。
半日ぶりに目にしたデスクには古代魔術に関する資料や論文が数枚散らばっており、少し雑然とした印象を受ける。
そんなデスクの端に、出かける前にはなかったはずの小さな包みが遠慮がちに置かれていた。
中身は……ハンカチだ。
(これ、前にカーチャにあげた僕のコートと同じブランド……)
それだけでユーリイは、このプレゼントが誰からのものか察し、途端に胸の奥から温かい気持ちが込み上げる。
(カーチャ、僕のために1人で買い物に行ったのかな。いっぱいある中から、どれが僕に一番似合うか考えて選んでくれたのかな。誕生日用のラッピングもちゃんと店員さんにお願いできたんだね。
……僕が知らない間に、カーチャは色んな事が1人でできるようになったんだなぁ)
品のいいハンカチを見つめるユーリイの心には最愛の妹との思い出が走馬灯のように蘇る。
いつしか、彼の心に渦巻いていた不安は、春風に吹かれる淡雪のように溶けて消えていた。
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