02

文字数 3,218文字

 カタカタカタカタカタカタカタカタ……。

 放課後の教室にノートパソコンの薄いキーボードを叩く音だけが響く。いつまでも終わらない作業にちょっとずつ疲労がたまってくる。でも、隣の机にはまだ手つかずの資料がまだ束になったままだ。
「はぁ」
 僕はひとつだけため息をつき考える。残業中のサラリーマンとはこんな気分なのだろうかと。まだ高校も卒業してないのに。
「しかも、使うあてのないゲーム資料を整理してもな」
浮かんだ『自慰行為』という言葉を頭を振って追い出す。
「いかん、集中力が完全に切れた。一服いれよう」
  椅子から立ち上がり、固まりかけたスジを伸ばすと、コキコキいう音が身体に響いた。さらに頭を回し、肩首回りのコリをほぐしてから、未使用の紙コップへと 手を伸ばす。薄茶の粉末をスプーン一杯入れ、真後ろの机に置いておいた電気ポットからお湯を注ぐ。すると、インスタントながらに甘い林檎の香りが漂いはじ める。その香りだけでも癒やされる気分だ。


 湯気の立ちのぼる紙コップに息を吹きかけながら視線を向けると、外では小雨が降り出していた。

「ひさしぶりに晴れたと思ったのに、またこれか」
 振り返ると、そこには艶やかな黒髪を後頭部でまとめた女の子が立っていた。背が高く、スタイルのよい彼女が着ると、やぼったいハズの公立高校の制服がどことなくかっこいい。
神代命(かみしろめい)くん」
海道剣(かいどうつるぎ)さん」
 僕らが互いの名前を呼び合ったのはほぼ同時だった。そんな些細な偶然に海道さんが軽みのある笑みをうかべる。


 海道さんはクラスメイトで席も僕の後ろだ。けれど僕も彼女も普段は口数が少なく、これといった交流はない。

「どうしたの?」
「ああ、弓道部が急な雨で中止になってね。帰る前に忘れ物をとりに来たんだ」
 丁寧なんだけど少し堅っ苦しい言い回しは、大和撫子風な見た目と反して男っぽい。
「あれ、弓道部なんだ? てっきり剣道部なんだと思ってた」
 海道さんの家は剣道の道場をやっていると聞いたことがある。彼女の黒髪に剣道の道着と防具は似合いそうだ。見てみたい気がする。
「実家はたしかに剣道の道場を営んでいる。ただ私がそこに参加するのは大人気ない気がしてな」
 そういうものなのか。うちの親は普通のサラリーマンだし、剣道も中学の時に体育で少しやったきり。なので、その考えはよくわからない。
「そういう神代くんは放課後にお茶とは優雅だね。勝手に教室を使って」
 校則で許可されているとはいえ、私服姿で教室の机を使用している姿は不審にみえたんだろう。その目は少し怪訝そうだ。
「許可はちゃんと得てるよ」
「私はおろした覚えはないのだけどな」
 そう言って、僕の使っていた机のひとつからお弁当箱をとりだす。おそらく海道さんはそれを忘れたことを思い出しとりにきたんだろう。


 確認してるだけで、海道さんとしては怒っているわけではないけど、僕は誤解を解くため、許可を得た相手を教える。

「でも机は学校備品であって海道さんはそれを借りてるだけだよね? 海道さんは知らないかもしれないけど、2年B組の教室は放課後になると部活動のため貸し出されてるんだよ。つまり僕がしてるのは学校公認の部活動」
 幽霊部員ばかりで、まともに活動してるのは僕くらいなものだけど。
「なるほど。それなら納得がいく。それでその部活とは、ゲーム部かなにかかい?」
 海道さんはスクリーンセイバーの立ち上がった画面を遠目に覗き込みたずねる。
「いや、たしかにゲーム関連ではあるけど、これは資料だから。ちなみにうちはNG会だからTVゲームもPCゲームも学校じゃやらないよ」
「NG会?」
 やっぱり知らないのだろう、海道さんは怪訝な顔をみせる。
「非電源ゲームをNon-power supply Gameって呼んでるんだ。その略。ちなみに同好会ね。たまにNPSGじゃないかって指摘が入るけど、それだと覚え難いからさ」
「非電源ゲームとはなんだい?」
「UNOだのモノポリだのだね。電源を必要としないゲームの総称。別にトランプでもいいんだけどね」
 他にも、オセロだの将棋だの、麻雀だのボードゲームなども含まれる。人浪も含まれるのかな。TVゲーム以外のゲームと言った方が早いかもしれない。もっともオセロや将棋もPCとネットを介して行う時代になってるので、本当にそのあたりの境はあやふやだけど。
「ひとりでかい?」
 海道さんが疑問を口にする。


 まぁ普通に考えて、トランプやUNOを独りでやってたらさびしい奴だ。子どものころにはそんなことをしてたような記憶もあるけどさ。

「うん。まぁ、去年先輩方が卒業してからはほぼひとりかな。現会員は僕以外みんな幽霊部員だし」
  ウチの学校で同好会を存続させるには四人の会員が必要となる。そのため友人に頼んでなんとか名前を貸してもらったのだ。兼部はできない校則はあるけど、部 と同好会での兼任は認められる。部費が部員数に比例するので、幽霊部員を増やして二重取りさせないための対策なんじゃないかと僕は思っている。
「いまやってたのはTRPG(ティーアールピージー)用の資料整理」
 消して独りでエア友と遊んでいるわけじゃない。
「ふむ」
 わかってないっぽいな。生返事をする海道さんをみてそう思う。まぁ、あまりメジャーな遊びでもないししかたない。
「RPGってわかる?」
「ゲームの?」
「そう、Role(ロール)は役割、Play(プレイ)は演じるで、役割を演じるゲーム。ざっくばらんに言うと『ごっこ遊び』かな」
 TVゲームのRPGは演じるというよりも、キャラクターを操ると言ったほうがしっくりくるけど。
「海道さんはTVゲームはする人?」
「あまりしないな。ファンタジーの世界観は好きだが、長時間画面を見ていると目が疲れるし、妙に肩が凝る」
「そのゲームは伝説の勇者になって、世界の危機を救うものだった?」
「そんな感じだったな」
「そのごっこ遊びを人間同士の会話でやろうというのがテーブルトークRPG。以前はTTRPGって略してたけど、最近はTRPGって略し方が一般的みたい」
「つまりはコンピュータなしでできると」
「うん、NG会だしね」
「ではそれは?」
 非電源ゲームの名に反してると感じたのか、海道さんは僕の持ち込んだノートパソコンを指さす。
「PCはただのメモとデータの整理用」
「でもだとしたら、どうやってゲーム機を使わずに?」
 どうもTVゲームのイメージが強くて、彼女には会話でRPGと言っても思いつかないらしい。
「う~ん、そうだな……もし、海道さんが泣いている子どもをみつけたらどうする?」
「もちろん声をかけるさ」
 海道さんは迷うことなく答える。昨今ではたとえ善意でも、うかつに子どもに声をかければ、それだけで面倒ごとに巻き込まれかねないご時世だというのに
「じゃ、その子の妹が魔物にさらわれてしまったと聞いたら?」
「武器を取り助けにいくさ」
「という具合に進行役であるゲームマスターの提供する物語を、参加者であるプレイヤーが登場人物になりきって遊ぶんだ」
 再び即決した海道さんに、TPRGの概要を伝える。
「なるほど、役者にシナリオを与えずに、アドリブ劇をさせるようなものか」
「うん、そんな感じ」
 そこでいい具合に冷めたカップに口をつける。冷めた液体とともに口に溜まった唾を一緒に呑み込む。一缶九一〇円のインスタントアップルティーは香りだけではなく味も良い。大量に入っているのにこの値段は超お買い得だ。
「ところで海道さんは時間ある?」
「ナンパならお断りだぞ」
「お茶はだすけど、ナンパじゃないかな
 こんな高嶺の花をナンパするほど僕は無謀じゃない。
「ふむ、まぁ部活に出る予定だったから、空いてはいるな」
「それじゃさ、困っている子を助けにいかない?」
 それは女の子を誘う文句としては微妙だったかもしれない。でも、運良くその誘いは上手くいった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

■海道剣《かいどうつるぎ》

前世の記憶を持ち、それに振り回される女子高校生。

クラスメイトである神代命と話することでTRPGに興味を持つ。

凜々しい姿は女子に高評で剣王子と呼ばれることも…。

空見魔魅《そらみまみ》

剣の幼馴染みで、TRPG経験者。

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色