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文字数 3,218文字
カタカタカタカタカタカタカタカタ……。
放課後の教室にノートパソコンの薄いキーボードを叩く音だけが響く。いつまでも終わらない作業にちょっとずつ疲労がたまってくる。でも、隣の机にはまだ手つかずの資料がまだ束になったままだ。
放課後の教室にノートパソコンの薄いキーボードを叩く音だけが響く。いつまでも終わらない作業にちょっとずつ疲労がたまってくる。でも、隣の机にはまだ手つかずの資料がまだ束になったままだ。
僕はひとつだけため息をつき考える。残業中のサラリーマンとはこんな気分なのだろうかと。まだ高校も卒業してないのに。
浮かんだ『自慰行為』という言葉を頭を振って追い出す。
椅子から立ち上がり、固まりかけたスジを伸ばすと、コキコキいう音が身体に響いた。さらに頭を回し、肩首回りのコリをほぐしてから、未使用の紙コップへと 手を伸ばす。薄茶の粉末をスプーン一杯入れ、真後ろの机に置いておいた電気ポットからお湯を注ぐ。すると、インスタントながらに甘い林檎の香りが漂いはじ める。その香りだけでも癒やされる気分だ。
湯気の立ちのぼる紙コップに息を吹きかけながら視線を向けると、外では小雨が降り出していた。
振り返ると、そこには艶やかな黒髪を後頭部でまとめた女の子が立っていた。背が高く、スタイルのよい彼女が着ると、やぼったいハズの公立高校の制服がどことなくかっこいい。
僕らが互いの名前を呼び合ったのはほぼ同時だった。そんな些細な偶然に海道さんが軽みのある笑みをうかべる。
海道さんはクラスメイトで席も僕の後ろだ。けれど僕も彼女も普段は口数が少なく、これといった交流はない。
丁寧なんだけど少し堅っ苦しい言い回しは、大和撫子風な見た目と反して男っぽい。
海道さんの家は剣道の道場をやっていると聞いたことがある。彼女の黒髪に剣道の道着と防具は似合いそうだ。見てみたい気がする。
そういうものなのか。うちの親は普通のサラリーマンだし、剣道も中学の時に体育で少しやったきり。なので、その考えはよくわからない。
校則で許可されているとはいえ、私服姿で教室の机を使用している姿は不審にみえたんだろう。その目は少し怪訝そうだ。
そう言って、僕の使っていた机のひとつからお弁当箱をとりだす。おそらく海道さんはそれを忘れたことを思い出しとりにきたんだろう。
確認してるだけで、海道さんとしては怒っているわけではないけど、僕は誤解を解くため、許可を得た相手を教える。
「でも机は学校備品であって海道さんはそれを借りてるだけだよね? 海道さんは知らないかもしれないけど、2年B組の教室は放課後になると部活動のため貸し出されてるんだよ。つまり僕がしてるのは学校公認の部活動」
幽霊部員ばかりで、まともに活動してるのは僕くらいなものだけど。
海道さんはスクリーンセイバーの立ち上がった画面を遠目に覗き込みたずねる。
やっぱり知らないのだろう、海道さんは怪訝な顔をみせる。
他にも、オセロだの将棋だの、麻雀だのボードゲームなども含まれる。人浪も含まれるのかな。TVゲーム以外のゲームと言った方が早いかもしれない。もっともオセロや将棋もPCとネットを介して行う時代になってるので、本当にそのあたりの境はあやふやだけど。
海道さんが疑問を口にする。
まぁ普通に考えて、トランプやUNOを独りでやってたらさびしい奴だ。子どものころにはそんなことをしてたような記憶もあるけどさ。
ウチの学校で同好会を存続させるには四人の会員が必要となる。そのため友人に頼んでなんとか名前を貸してもらったのだ。兼部はできない校則はあるけど、部 と同好会での兼任は認められる。部費が部員数に比例するので、幽霊部員を増やして二重取りさせないための対策なんじゃないかと僕は思っている。
消して独りでエア友と遊んでいるわけじゃない。
わかってないっぽいな。生返事をする海道さんをみてそう思う。まぁ、あまりメジャーな遊びでもないししかたない。
TVゲームのRPGは演じるというよりも、キャラクターを操ると言ったほうがしっくりくるけど。
非電源ゲームの名に反してると感じたのか、海道さんは僕の持ち込んだノートパソコンを指さす。
どうもTVゲームのイメージが強くて、彼女には会話でRPGと言っても思いつかないらしい。
海道さんは迷うことなく答える。昨今ではたとえ善意でも、うかつに子どもに声をかければ、それだけで面倒ごとに巻き込まれかねないご時世だというのに
再び即決した海道さんに、TPRGの概要を伝える。
そこでいい具合に冷めたカップに口をつける。冷めた液体とともに口に溜まった唾を一緒に呑み込む。一缶九一〇円のインスタントアップルティーは香りだけではなく味も良い。大量に入っているのにこの値段は超お買い得だ。
こんな高嶺の花をナンパするほど僕は無謀じゃない。
それは女の子を誘う文句としては微妙だったかもしれない。でも、運良くその誘いは上手くいった。