04

文字数 6,014文字

「それではゲームをはじめます」
 僕が宣言すると、海道さんは軽い拍手をしてくれる。
「騎士にあこがれる駆け出し戦士のシロードは、旅の途中でとある村に立ち寄ります」
 キャラクターシートを前にシャーペンを手にした海道さんが僕の話に耳を傾ける。


 僕はひさしぶりのGM業と、同い年の綺麗な女の子との会話に緊張しながらも話をすすめる。

「村はあまり大きくはありません。シロードは宿を探し歩いていると、途中、古びた教会の前で、ひとりの子どもが泣いているのをみつけました」
「どうしたんだい? と声をかけよう」
「すると子どもは赤くした目をこすりながら答えるよ。『実は妹が……』」
 ちょっとだけ声色をつくって子どもを演じる。海道さんの目がちょっとだけ笑ったけど、気のせいだと自分に言い聞かせて続ける。
「子どもが言うには、妹と森へ入ったところ、ゴブリンと遭遇したらしい。それで逃げる最中に大切な妹とはぐれてしまったと言っています。村の大人たちはゴブリ ンを恐れて森には入りたがらないので、途方に暮れていたところらしい。ちなみに子どもたちは孤児らしく身なりもあまりよくない」
「どうして、そんな危ない森に子どもだけで?」
「森には薬草が生えてて、腰を悪くした神父さんのためにそれを取ってこようとしたとのことだ」
「いい子だね。でも危ないことをしてはいけないよ」
 海道さんは優しい目で子どもをたしなめるように言う。
「キミの妹さんは私が助けにいこう」
「ほんとに?」
「ああ、この剣に誓って」
 その言葉にちょっと笑いそうになってしまう。剣さんが剣に誓うだなんて。
「どうした?」
「いや、なんだかほんとに騎士さまみたいだなって」
「うむ、騎士志望者だからな。騎士でなくとも気概くらいはそうでないと」
 ちゃんとシロードになって演じてくれている。
「子どもはすっかり泣きやみました。あっ、サイコロ2個ふって合計を教えてくれるかな」
「わかった」
 海道さんが僕の貸し出したふたつのダイスを真面目な顔で振るう。白地に黒い点を背負った六面のサイコロは3と5の数字を上に向けた。
「合計で8だな」
 それを聞いた僕は手元の控えておいた、シロードの知力の数値とスキル内容を確認しつつ告げる。
「子どもの言っていることに嘘はなさそうだね」
「では森の様子、どのあたりではぐれたのかを聞いて出発しようか」
「わかった。あっ、出発のまえに子どもから薬草を三回分もらえる」
「これは?」
「傷薬です。他にあげられるものがないから、せめてもの報酬ということ。

 ちなみにゲーム的に説明すると、15分以上の休憩時に使用するとHPが2点回復する」

 回復量が地味なのは、魔法でもないのに、草を張っただけで傷口が塞がっていくのはどうかと思うから。
「これは助かる」
「妹のことよろしくね」
 あれ、ここは「よろしく」じゃなくて「お願いします」だったかな。

 まぁいいか。

「まかせておきなさい」
「ではシロードは武器を手にひとり森へ入った」
 ふぅ、まずは冒険の導入完了。
 場面を森に移さないと。
「森は背の高い木が多く薄暗いです。人の手が入ってないので歩きにくいけど、注意すれば剣を振るうのに支障はなさそうかな」
「そういえば、ゴブリンについて教えてくれないかい?」
「ゴブリンはこの世界ではメジャーなモンスターだね。だからゴブリンのことは一般的な知識として持ってる。

 背が低くて粗野で乱暴な人型の怪物。村人よりは強いけど、駆け出しとはいえ戦士のシロードなら問題なく勝てる。

 ただ一度に複数匹を相手にするのは危ないと思ったほうがいい。あと人間の共通語は通じない」

「なるほど。シロードの強さは?」
「駆け出しとしては優秀だけれど、ベテランには及ばずといったところかな」
「わかった」
「それではダイスを振ってください。基本的にダイス目はデッカイほうがいいから」
 海道さんの振ったダイスは、目が減って2と4だった。
「6だ」
「そこに知力ボーナスって書いてある数字と、スキルの捜索レベルって数字を足して」
「合計で9になるな」
「では、シロードは森の中でゴブリンを1匹発見した。むこうはシロードに気づいてはいないようだ」
「子どもは連れていない?」
「いないね」
「無用な戦闘はする必要はないにしても、やりすごそうとすると探索の邪魔になるかな?」
「そうだね」
 ここで、戦闘に慣れておいてもらいたい僕はそう答える。
「不意打ちはかけられるかい?」
「いけるよ。むこうは気づいてないので、最初は有利に攻撃ができます」
「ではやろう」
「ダイスの目に命中値を足した値をだして」
「わかった」
 海道さんは勢いよくダイスを振るう。だが、気合いの入りすぎたダイスは勢いよく机をとびだしてしまう。
「おっと」
 僕は反射的に手を伸ばし、それをキャッチする。
「はい。気合いはほどほどにね」
「すまない、次からは気をつけよう」
 海道さんはダイスを受け取ると、今度は机から落ちないように振りなおす。


 しかし、振りなおしに気合いが抜けてしまったのか、出目は赤いひとつめ目が並んでいた。このゲームでは1《ピン》ゾロとは単なる一番小さい数字というだけではない。ファンブルといって通常ではありえないミスをしたことになるのだ。

「不意打ちをしようとしたシロードだけど、近づこうとして木の根に足をとられて転んでしまう」
「なんと、それはついていない」
「不意打ちは失敗したけど、ゴブリンもシロードに気づいて終わりとなります。シロードはその隙に立ち上がって終わりで、次のターンからは通常の戦闘に入ります」
「わかった」
 海道さんはダイスを手に戻し、臨戦態勢をとる。
「戦闘は、まず攻撃する順番を決めます」
「どうやって決めるんだい?」
「ダイス目に感覚値のボーナスを足して」
「わかった。出目が11で感覚の2をたすと13だ」
「出目がいいね。先制で攻撃できるよ。次はダイス目に命中値を出して。合計が12以上だったら命中。あと1ゾロと6ゾロの時は教えてね」
 僕はゴブリンの数値と照らしあわせて必要な数値を決め海道さんに告げる。
「くらえっ……合計13で命中だ」
「ではダメージどうぞ」
 キャラクターシートの武器のダメージが書いてある場所を指して誘導する。このあたりはダイスを連続して振ることになる。ダイスをあまり振らないでいいようにちょっと調整の必要があるだろうか。
「ダメージが14点だ」
「おお、じゃ、いっきにゴブリンは死にかけます」
 僕はその数字を聞くと、反撃予定だったゴブリンの行動を変えることにした。
「突然現れたシロードに殺されかけ、ゴブリンは戦意をなくして逃げ出します」
「追うぞ。うまくいけば巣穴まで誘導してくれるかもしれん」
 シロードは勇敢に言うけど、巣穴までいくと1対多数になるんじゃないかな。まぁ、逃げる先は巣穴じゃないんだけど。
「では、逃げるゴブリンを追いシロードは森を走る。さっきも言ったけど、森は人の手が入っていないので走りにくい。でも、それはゴブリンもおなじなので逃げられることはなかった。

 そのままゴブリンを追っていくと、少し拓けた場所に出まる。そこには丸太で造られた小屋が建っていた」

「むっ、小屋だと。この世界のゴブリンの文化水準は高いのか?」
「普通は洞窟暮らしだね。あるいはここに建っていた小屋を利用したのかもよ」
「子どもの件といい、なにか理由がありそうだな」
「小屋の前にはもう1匹ゴブリンがいて、逃げたゴブリンが報告してる。ゴブリン語で話しているのでシロードに内容はわからない」

「しまった。これ以上増える前に倒さなければ。まずは、傷ついた1匹に止めをさす」

「いいよ。じゃゴブリンは死にました」
「随分簡単に死んだな」
「雑魚で死にかけだったしね。そのかわり騒ぎを聞きつけたのか小屋の扉が開くと、中からひときわ大きなゴブリンが現れます。ゴブリンの上位種のホブゴブリンです。それと別の影がもうひとつ」
「影?」
「まっ黒いローブを着た人間ですね。年はやや高め、陰険そうな顔で手には杖を持っています」
「なんと魔法使いがいたのか」
「魔法使いはシロードをみつけると『女、何者だ貴様』と、声を掛ける。そして値踏みをするみたいな視線を向ける」
「ん?」
 僕の台詞を聞いた海道さんが怪訝な顔をする。そこで初めてプレイの流れがとまった。
「どうしたの?」
「神代くん、シロードは男だぞ」
「あっ、そうなの」
 シロードは男っぽいしゃべり方だったけど、彼女の場合普段からそういうしゃべり方なので気づかなかった。
「異性のプレイはできないのか?」
「もちろん、大丈夫だよ」
 キャラクターシートに性別の欄をつけ忘れたか。あとで修正して付け加えておかないと。
「んじゃ、女発言はなかったことにしてください。『貴様、何者だ』」
「わかった。では続きだな。旅の者だ。さらわれた幼子を取り返しにきた」
「『幼子だと、なんのことだ?』」
「……まさか人違いか? しかし森に隠れ、ゴブリンを操ってる奴がまともな奴だとは思えん」
「じつはゴブリンが勝手に幼女を誘拐してたりして」
「そういう可能性もあるのか?」
「あるかもしれない。今回はどうだろうね。では狼狽するシロードに魔法使いは続けるよ」
「狼狽するというほどではない」
「『どちらにしろ、我が研究の邪魔をする者は許さん』と言って、戦闘になだれこみます」
「研究とはなんのことだ。応戦に入るが、3対1か」
「厳しいところだね」
 戦闘がはじまるとシロードが先制し、魔法使いとの間に立ちふさがるホブゴブリンに傷を与える。
 だが、魔法使いとゴブリンたちからの反撃を受けるとシロードはグッとそのHPを減らした。
「くっ。薬草は戦闘中には使えないんだったね?」
「うん、休憩時にしか使えません」
 言いながらも、チラリとシロードのキャラクターシートを覗く。HPはすでに半分になっている。


 やばい、このままだとあっという間にデッドエンドだ。これでは楽しんでもらうどころじゃない。予定を繰り上げよう。

「それじゃ、1ターン目の最後。シロードの背後で声が聞こえる」
「さらに伏兵だと」
「それは魔法の呪文だった。ホブゴブリンの後ろに控えた魔法使いの呪文と、詠唱の雰囲気で別系統だと察することができます。そして魔法が発動すると魔法使いの顔色が変わる。魔法使いは口を金魚のようにパクパクさせるが声は出ていない」
「魔法封じか? 現れたのは援軍だったのか」
「『いまよ。魔法使いを討って!』と、茂みから声が聞こえます。さらに矢が飛び、ホブゴブリンの肌に刺さりました。魔術師は混乱してるので一回攻撃できます」
「ここは外せん」
 海道さんはダイスを握る手に念を込める。そして、机から落ちないよう気をつけながらも「乾坤一擲」と力強くダイスを振った。

 現れた目は6がふたつ。

 ここ一番というところで最高値を振るなんて、なんて勝負運の強い。

「くらえっ! 17だ」
「あたった。続けてダメージをどうぞ」
「12点だ」
「ぱたり。体力的にはゴブリンよりも弱い魔法使いは、シロードの会心の一撃により即死。勝負強いな。

 ボスが倒れたから残ったゴブリンたちは逃げ出した」

「追う必要もあるまい。もともと目的は妹の捜索だったのだ。それより援軍は何者だったのだ?」
 おっと、そうだ説明をしないと。
「ゴブリンたちが逃げ去ると、茂みから小弓をもった少女が現れる。その姿にはちょっと見覚えがあるね」
「誰だ、知り合いの類か?」
「教会の近くで泣いていた子ども。そのときは少年だと思ったけど、その姿は変装だったようだ。いまは薄手の皮鎧を着けていて、もう孤児には見えない」
 ちなみに最初のロールは嘘発見ではなく、変装を見抜けるかのロールだった。見破られたらどうしようかは深く考えてなかったけど。
「少女はゴブリンや魔法使いの脅威が去ったと知ると、スタスタと小屋の中へと入っていく」
「おどろきながらもついて行こう」
「小屋の中は思ったよりも片付いてるね。中には机と魔法文字で記された書物がある。さらには凝った造りの鳥かごがぶら下がってて、中に人形サイズの人影がみえた。

 少女は鳥かごに駆け寄るとその蓋を開ける。中からでてきたのは半透明の羽をもった妖精。サイズちがいの体で抱きしめあって互いの無事を喜んでる」

「いったいどういうことなんだ?」
「『騙すようなマネをしてごめんなさい。あなたを信用していいのか、わからなかったもので』少女はそう謝るよ」
「なるほど、気持ちはわからなくもないが、あまり面白くはないな」
「『この子は私の妹分なんです。それがあの魔法使いに捕らわれてしまって……ひとりでは助けることができず、かといって助けてくれる人もいなかったんです』」
「あながち嘘ではなかったと」
「『妖精のためにって言ったり、私みたいな女が頼み事をすると、悪いことを企む人がいるので正体を隠してたの。ホントはお姉さんが……』」
「お兄さんだ」
「『ごめんなさい、お兄さんが戦ってる隙にこの子をこっそり助け出そうと思ったんだけど、私たちのために頑張ってくれてるお兄さんを見捨てることなんてできなくて助けに入ったの』」
「そこは複雑だな。ひとりで助けられないと思われていたのか。その通りだったが、相手の戦力がよくわかってなかったからな」
 どうも、自分の実力が足りなかったことが不満らしい。そういうバランスでシナリオを組んだのは僕なので、反省されてもしかたないのだけど。
「『とにかくありがとうございます』そう言って少女はシロードの頬にキスをしてくれます。すると『あたしも~』と、妖精もしてくれるよ」
「ありがとう。受け取っておこう」
「妖精のキスを受けると傷が回復していきます」
「おお、ファンタジーだ」
「ところで、机の上にひとふりの剣があるけどどうする? 見た感じはこの剣を研究していたみたいだね。柄や鞘の造りが凝っていることから高価なものっぽい」
「火事場泥棒は性にあわないが、このまま魔法使いの研究していたものを残して置いていいものか」
「妖精がジーっと剣をみていると、シロードの脇で少女と会話をはじめる。妖精語での会話なので内容はわからないね」
「また、わからん言語か」
「そうすると、少女が説明してくれる。『妹が言うには、この剣は悪い物じゃないとのことです。どんな力があるかまではわからないけど、きっとお兄さんの力になってくれるだろうって』と言っている」
「妖精のお墨付きというのであれば、手に取ってみようか」
「ディロディロディロディロディロディロディロディンディン」
「呪われた!?」
「ごめん、いまのは冗談。つい言ってみたくなって」
「まったく」
「鞘から現れた刀身はぼんやりと輝いている。どうやら魔法の剣のようだね。もちろん呪いがかかっているようなことはない」
「そうか」
「これが本当の報酬です。シロードはみごと少女と妖精を救って依頼を完遂し、魔法の剣を手に入れました」
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登場人物紹介

■海道剣《かいどうつるぎ》

前世の記憶を持ち、それに振り回される女子高校生。

クラスメイトである神代命と話することでTRPGに興味を持つ。

凜々しい姿は女子に高評で剣王子と呼ばれることも…。

空見魔魅《そらみまみ》

剣の幼馴染みで、TRPG経験者。

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