05

文字数 2,576文字

「どうだったかな?」
 ひとつの物語を終えた僕はプレイヤーである海道さんにたずねる。
「うん、面白かったよ。魔法使いが人違いだったときは、どうしようかと思ったけどね」
 笑顔で感想を述べる様子から気遣い込みでの評価ではなさそうだ。
「ファンタジー小説とも、TVゲームともちがうね。どちらよりも臨場感がある。本だと見ていることしかできないけど、自分で考え行動を選択できるのがいい。それに最後の援軍が予想外のところから出てきたのも面白かったよ。少々不本意な理由ではあったがね」
「ありがとう、そう言ってもらえると嬉しいよ。実は僕としてもひさしぶりのTRPGだったからけっこう不安だったんだ」
「とてもそうはみえなかったよ」
 会話しながら時計を確認すると5時を回っていた。下校時刻の30分までに片付けを済ませないと。僕は荷物をカバンにしまうと、動かした机を元の位置に戻す。使用した机は固く絞ったぞうきんでちゃんと拭いておく。
「ちゃんと掃除をしておくんだな」
「まぁ、部活として使用許可を取ってはいるけど、借りた物はキレイにして返さないとね」
 感心したように海道さんは言うけど、別に当たり前のことだし。
「ところで、私のプレイは役に立ったのかな?」
「うん参考になったよ。それに僕も楽しかったし」
 試作プレイとしてはダイスの試行回数が少なかったけど、プレイが楽しんでもらえたから結果オーライだろう。残念なのは続きができないことくらいか。


 いや、ここで頼めばひょっとすれば。そう考えるのは身の程しらずなことだろうか。

 でも、ここで聞かなければ得られるものはない。どうせ失敗してなくすものなどないのだから、聞くにこしたことはない。

 そう自分に言い聞かせ、僕はお願いを口にしようとする。

「あの、海道さん……」
「なんだい?」
 感慨深げにキャラクターシートをながめていた視線が僕に向けられる。


 切れ長な瞳でみつめられると、言葉につまってしまう。プレイ中は意識しなかったけど、やっぱり海道さんはとてもキレイだ。

「もしキミさえよかったらなんだけど……」
 ぞうきんを手にしたまま、言葉をしぼりだす。


 その時、不意に教室の扉が開いた。

「コラ、なにをしている!」
 突然の声におどろくが、そこに立っていたのは女の子だった。


 知り合いではないけれど、二つに結ばれた金髪には見覚えがある。背が低く細身なせいで年下っぽく見えるけど隣のクラスの子だ。海道さんと一緒にいるところを何度か目撃したことも。


 たしか、名前は空見魔魅(そらみまみ)。ハーフでアメリカからの帰国子女だという。

「なーんちゃって、おどろいたデスね?」
「いやべつに」
 海道さんは平然としてけど、僕はかなりおどろいた。
「なんデスおまえは? マミのツルギに手をだしたら去勢するデスよ!」
 空見さんは僕に人差し指を突き付けると、イントネーションにやや難がある口調で責めたてる。
「してません。ゲームをしてたんです」
「ホントデスね? 告白タイムじゃなかったデスね?」
 ある意味そうだったけど。話がややこしくなるので黙っておく。
「本当だよ。いっしょにゲームをしていたんだよ」
 海道さんが助け船をだしてくれる。それを証明するように、シロードのキャラクターシートを空見さんに見せた。
「おっ、これはTRPGのキャラクターシートデスか? システムはなんデス?」
「システムは僕のオリジナル。名前はまだ決めてない」
「ふ~ん、そうなんデスね」
「ところで、魔魅はどうしたんだ?」
 唐突にやってきた空見さんに、海道さんがその理由を問う。
「部活はとっくに終わってるのに、ツルギがどこにもいないので探したんデスね」
「そうだったのか、すまないことをした。教室に忘れ物をしてね。とりに来たら、神代くんが部活の最中だったから、TRPGについて教わってたんだ」
「そんなこと言ってちちくりあってたんじゃないデスね?」
「ないない」
 あたりまえだが、海道さんは空見さんの疑念をあっさりと否定する。その通りなんだけど、あまりに平然に答えられるとちょっとさびしい。
「おまえは神代というデスね」
「あっ、うん。神代命です」
 澄んだスカイブルーの瞳が僕を値踏みするようにみている。
「メイはTRPGをダシにツルギをナンパしたデスね。TRPGプレイヤーにあるまじき行動デス。素直に懺悔なさいデス。いまなら半殺し× 2で許してあげるデスね」
「そんなことはない」
 というか、それって普通に殺されてないですか?
「本当にデスね?」
「うん」
 空見さんの追求を海道さんはヤレヤレといった感じでみている。
「でもTRPGはもっと多人数でやるもんデスね。ふたりっきりのプレイというのに変態的嗜好が垣間見えるデスね」
「生憎と僕には人望がないもので」
 決して、好んでボッチでいるわけではない。いや、部活がひとりなだけでボッチというほどでもないんだけど。
「本当デスね?」
「本当です」
「……ツルギ、明日も雨の予報でデスね。部活は?」
「当分は難しいだろうね。うちの部は体育館も借りられないから、筋トレと素引きといって矢を持たずに弓を引く練習ばかりだ。去年もこの時期はそうだった」
「それではメイっ」
「なんでしょう?」
 女の子みたいだから名前で呼ばれるのは好きじゃないんだけど、思わず下手(したて)に答えてしまう。
「おまえは身の潔白を証明する必要があるデスね。剣にいかがわしい気持ちを持ってなかったと」
「そんなの、どうやって証明したら」
「簡単デスね。プレイで示せばいいデスね。

 マミが明日、人を集めるデスね。そこでTRPGのマスタリングをして証明して見せるデスね!」

「いや、でもそんないきなり言われても」
「メイはマミとしたくないデス?」
「……したいです」
 とってもしたい。


 超したい。


 資料整理は残ってるけど、実際にプレイするほうがとっても楽しいことを実感したばかりだ。

「ならばよろしいデスね。では明日、この教室で再び相見えるデスね。首を洗ってシナリオを用意しておくデスね」
 強引な空見さんの言い分に海道さんは苦笑いをしている。彼女もしっかり巻き込まれているけど異存はなさそうだ。
 そんなわけで、ありがたいことに僕のGM業はまだ少し続くことになった。


 でも、どんなシナリオを用意すればいいんだろう?

   
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登場人物紹介

■海道剣《かいどうつるぎ》

前世の記憶を持ち、それに振り回される女子高校生。

クラスメイトである神代命と話することでTRPGに興味を持つ。

凜々しい姿は女子に高評で剣王子と呼ばれることも…。

空見魔魅《そらみまみ》

剣の幼馴染みで、TRPG経験者。

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