01

文字数 1,670文字

 魔神の紅い瞳が、傷だらけの甲冑を着込んだシロードを見下ろす。盾は割れ、満身創痍の身体は立ち上がることすらままならない。

 その周りには一騎当千の勇者たちが、物言わぬ屍となって転がっていた。勇名を馳せた者たちの力を結集してなお、魔神には傷ひとつつけることができない。

 魔神はシロードから目を離すと、暗闇に閉ざされた空へと視線を上げる。おもむろに手を掲げ、その周囲に膨大な魔力を集める。魔力が視認できるほど濃くなると、魔神の周囲に七つの魔方陣が描かれた。

「邪竜召喚陣、それも七つだと」
国を破壊すると言われた禁断の呪文にシロードが驚愕する。
「おまえは本当に世界を滅ぼすつもりかっ」
 勇者の問いに魔神は答えない。


 共鳴し、互いに高めあう魔方陣を睨みシロードは決意を固め、手にした剣を杖にたちあがる。

「それは発動させるわけにはいかん」
 重い兜を脱ぎ捨て、血に濡れた金髪を晒す。


 シロードは唯一残った剣の柄を握りしめ唱える。

「剣よ命令を受諾せよ」
 剣はシロードの願いに応えるよう、その刀身を輝かせる。だがそれはシロードに代価を求めるものだった。柄から無数の触手が伸びるとシロードの身体へと刺さり、彼から血と魔力、そして魂をも吸いあげる。
「ぐぅぉっ」
 駆け巡る激痛に勇者が呻く。されど彼は諦めなかった。
「たとえこの魂が消滅しようとも世界だけは守ってみせる」
 シロードは自らの震えを抑えこみ、両手で剣を掲げる。そして霞む目で魔神を捉えると全力をもって一撃を放つ。
「乾坤一擲!」
 白色に輝く刀身が魔神の胴へと突き刺さると、その顔に初めておどろきのようなものがうかんだ。
「……………………」
「くらえええぇぇっー!!」
 手応えを感じたシロードは叫び、さらなる力を加える。剣はシロードに対価を更なる対価を要求しながらも、確実に魔神の身体を蝕んだ。気を狂わされんばかりの激痛にシロードは歯を食いしばる。しだいに魔神の身体がひび割れ、崩れ落ちていく。


 されど魔神が滅ぶことはなかった。

 魔神を滅するよりも先に、シロードの手にした剣が乾いた音を立て折れたのだ。

「なっ!?」
 支えを失ったシロードは、先の欠けた剣を見つめたまま地面へと崩れ落ちる。


 魔神は腹に残った剣先を無造作に引き抜くと、何事もなかったかのようにそれを捨てる。そして精根尽き果て、白髪となったシロードを放置したまま魔方陣を発動させた。

 魔方陣が黒色の光を放つと、そこから長大な龍が七頭、身体をくねらせ現れる。

 一頭一頭が天を突き抜けるほど巨大な龍は咆吼をあげ大地を振るわせた。龍は七方に別れ飛翔すると、大地の要を次々に破壊していく。

「無念」
 自らの無力さを噛みしめ血の涙を流す。


 シロードは為す術もなく世界が砕け散るさまを目に焼き付けた。

   ■  ■  ■  ■  ■
 少女はベッドの中で目を覚ました。


 木製の天井板を見つめる黒い瞳からは涙が流れている。ベッドに薄手の羽毛布団。カーテンの隙間からは朝日が差し込んでいる。

「無念」
 少女は細い身体を抱きしめ想いを口からこぼす。


 それがどんな理由で呟かれた言葉なのか、さきほどまでは明確に覚えていたことが、だんだんと曖昧になっていく。


 まるで寝ている最中に見た夢のように。

――いや、夢なのかもしれない
 自分のなかにある朧気な勇者の記憶。騎士としてその模範となるように生き、勇者に選ばれ世界の命運をかけ戦い……そして破れた。


 魔法もなければ魔神もいないこの世界では、それが本当の記憶であると証明する術はない。ただファンタジーと呼ばれる世界観の似た物語が存在するだけ。


 前世などと口にしたら笑いものになることを、少女は十七年の人生で身に染み込ませていた。

 ジリジリジリジリ……。

 いつまでもベッドに横になっていると、目覚ましが鳴りはじめた。

 少女は目覚ましを止め、起き上がるとカーテンを開ける。

 二階の窓から覗く空からは、ひさしぶりの太陽が顔を出していた。

 少女はしばし異世界の空と街をながめる。

 そしていつもどおり高校へ向かうべく、身支度をはじめるのだった。

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登場人物紹介

■海道剣《かいどうつるぎ》

前世の記憶を持ち、それに振り回される女子高校生。

クラスメイトである神代命と話することでTRPGに興味を持つ。

凜々しい姿は女子に高評で剣王子と呼ばれることも…。

空見魔魅《そらみまみ》

剣の幼馴染みで、TRPG経験者。

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