第1話 都市伝説研究部、部室を失いそうになる ③
文字数 1,657文字
畑野の惨憺たる実情を知り、いよいよ拠り所的な意味でも部室を守り抜かねばならなくなった都市伝説研究部。しかし、妙案は浮かばず頭を抱えていたとき、突然、及川がそう切り出した。
「え、じゃあ最初から言ってくださいよ。時間の無駄じゃないですか、もう」
「機嫌直したら、それはそれで腹立つな貴様」
五個ほど飴を食べたころには、もう平常運転に戻った畑野である。
「それで、奥の手ってなんですか?」
青木が聞くと、及川はバックの中から一つの箱を取り出した。
「これは……『花うさぎ』?」
箱に印刷された文字を読んで、青木は首をかしげる。福岡の銘菓『花うさぎ』、風星フーズ株式会社が、一九六五年から製造している土産菓子である。
「父方の曾祖父さんの百歳の誕生日でな、この前、親の実家に帰省したんだ。その時に買ってきた」
「食べていいですか?」
「いいわけないだろ。畑野、お前は馬鹿なのか、馬鹿なのかお前は」
「で、これがどう、奥の手になるんですか?」
「まあ、正直、生徒会に屈するみたいでな、この手は使いたくないんだが……」
苦い顔をする及川。それで、大方、彼がしようとしていることを察した青木は、怪訝そうに言う。
「いや、さすがに土産菓子を貢いだ程度で、優遇してくれるとは思えないんですけど」
「確かに、ただの菓子折りで考えを変えるような連中ではないだろう。だが……」
及川は、花うさぎの箱を持ち上げ、その底をトンと叩いた。
「ちょっと細工をしておいた」
「細工……まさか!」
「ああ、この菓子箱は二重底……五万ほど仕込んである」
タァンッと椅子が倒れる音。
勢い良く立ち上がった畑野は、一瞬で及川の元へ迫る。
突然のことに反応出来ない及川。その隙を突き畑野は、部長の手から菓子箱を奪う。
そして即座に方向転換し、部室の出口を目指して――――駆ける。
さして広い部室ではない。大丈夫、いける。あと少し――――!
「青木っ!」
「了解!」
だが、一歩及ばなかった。この青木という男、実はすこぶる運動神経が良い。
瞬時に畑野に迫り、扉の目前で捕える。そして、その手から菓子箱を取り上げると、畑野のバッグから縄を取り出し、彼女を後ろ手にしばって、部長の前に突き出した。
畑野は、悔しげな顔をして、及川をにらみつける。
及川は及川で、そんな畑野を呆れ顔で見下ろした。
「私欲の権化か貴様」
「縛った僕がいうのもなんだけど、なんでバックに縄が入っているの?」
「くっ、殺せ!」
歯嚙みして言い捨てる畑野。青木の問いには答えない。
「殺さねーよ。ただでさえ部員少ないのに、減らすわけないだろうが」
暗殺に失敗した刺客の如く、あとはただ死を待つのみとうずくまる畑野。二人は、それを冷ややかに見つめた。
「……で、要は賄賂ってことですね」
「無論、本意ではない。根本的な解決にはならないことも承知している。だが、金を渡せば、あの畜生どものことだ。今後も金をゆするために、俺たちを泳がしてくれるだろう」
及川は忸怩たる思いで言葉を紡ぐ。固く握られた彼の拳は震えていた。
ちなみに、この生徒会に対する評価は、及川のフィルターを通して行われたものであるので、だいぶ事実を歪曲している。生徒会の活動は健全だ。
「今が、今が耐える時なんだ! 今だけは、感情を殺して、媚を売ろう! そして、この屈辱をこそ薪にして、来たるべき反撃の時に復讐の炎を上げるのだ!」
「臥薪嘗胆というわけですね……」
目に涙をにじませて猛る及川。それに、神妙な面持ちで応える青木。
己の弱小を自覚しながら、なお戦わんとする戦士たちがそこにいた。
そんな中、畑野は、意を決したようにゆっくりと立ち上がる。及川に向けられたその顔は、まさしく覚悟を決めた者のそれであった。
「部長……その菓子箱を、生徒会室まで持っていく任務……私にやらせてもらえませんか?」
「やらせるわけないだろ、頭悪いのかお前」
(続く)