第6話 公安部副部長のロマンス ①

文字数 2,443文字

「直江先輩、好きです。私とお付き合いしてください!」
「……え?」

  放課後、校舎裏にて、公安部副部長の直江義行は告白された。相手は、ネクタイの色から一年と判断できる女子生徒。だが面識はない。

「と、突然で驚かれましたよね⁉ すみません!」
「いや、うん、本当に何もかも突然だったけど……」

 女子生徒は顔を真っ赤にして、ぺこぺこと頭を下げる。彼女に自覚があるように、それは本当に唐突な告白であった。

  例えば、靴箱に手紙が入っていて、「放課後どこそこでお待ちしています」等あったとしよう。そうすれば人は、

かと少なからず予感することができる。そして、ある程度の心構えをもって告白を受けることができる。

 だが彼女の場合は事情が違う。
 
 直江は廊下を歩いていた。すると向こうから一人の女子生徒が歩いてくるのが見えた。近づいた彼女に腕をつかまれる。校舎裏につれてこられる。告白された。わあびっくり。

 ――以上、何から何まで唐突であった。随分手短な説明であるが、これがすべてである。告白に至るまでの甘い雰囲気、する側の緊張、される側の期待――等々は一切ない。サプライズ拉致からの迅速なアタックであった。

 兎にも角にも、そういうわけであるから、直江は頭の整理がまったく追い付いていない。ゆえに彼は、一先ず目の前の少女が誰なのかを把握しようとする。

「ま、まず、君の名前を聞かせてもらってもいいかな?」
「はっ、失礼しました! 私、高等部一年の熊野七智(なち)と申します!」
「熊野さんか、うん、ええと、俺たちどこかで会ったことがあるのかな?」

 見ず知らずの人間から告白されたのだ。まずそこに疑問を持つのは当然といえる。しかし、直江の問いを受けた熊野はひどく悲しそうな顔をした。

「覚えて……ませんか……?」
「お……ちょ……まじか、す、すまない! すぐに思い出すから!」
 
 直江は慌てる。
 これはある程度良識を備えた人間であれば、誰でも動揺して然るべき事態だろう。相手は自分のことを覚えているのに、自分は相手を覚えていない、何とも体裁の悪い話である。まして、それが自身に好意を向けてくれている相手だとするならば、記憶にないなど不誠実極まりない。少なくとも直江はそう考えた。
 
 何とか埋もれた記憶を掘り出そうとする。そしてヒントを探すように、直江は熊野の顔を、身体をまじまじと見つめる――――が、これには熊野が耐えられなかった。

「あ、あの先輩、そんなにじろじろ見られるとぉ……」
「え? あっ、すまない! 不躾だったね……不快だったろう、本当に申し訳ない……」
「いや、違うんです! 別に嫌って訳じゃなくてですね、ただちょっと恥ずかしかったというか……」
 
 言って、熊野はもじもじと手を絡ませる。なるほどかわいい。直江は思う。思うが思っている場合ではない。結局まだ、熊野のことは思い出せていないのだから。
 
 直江は心底申し訳なさそうに、けれどごまかさず素直に白状する。

「……俺は君のことを覚えてないようだ……本当に、申し訳ない。もし許してくれるのなら、君が俺とどのようにして面識を持ったのか、教えてはもらえないだろうか?」
「そ、そんな! いいんです! 大丈夫ですから、謝らないないでください!」
 
 深々と頭を下げる直江に熊野は慌てる。そして、彼に頭をあげるよう促してから、その経緯を話し始めた。

「私、直江先輩に助けてもらったんです」
「俺が、君を……」
 
 熊野は「はい」と頷く。

「私が高校に入ったばかりのことでしたから、三ヶ月くらい前ですね。階段で足を滑らしたところを、直江先輩に受け止めていただきました」
 
 思い出していただけましたか? と直江を見つめる。それに「そういえば……」とぼんやり返す直江であったが、その実記憶は曖昧だ。
 
 階段から落ちる人を助けた覚えは確かにある。だが、

のだ。
 
 階段を踏み外す。単なる注意不足か、あるいは誰かにぶつかるなどの外的要因か、様々な理由で起こり得る事態である。学校で、駅で、デパートで……とにかく階段さえあれば良い。環境としての発生条件も簡単に整う。だが普通、実際にその現場に遭遇する機会は極めて少ない。下手すれば大怪我、場合によっては死人も出かねない大事である。そうそう起きてもらってはたまらない。
 たまらないが、直江の眼前ではそうそう起きてしまっているのである。というか、階段から落ちるに限った話ではない。程度の差はあれども、誰かの何らかのピンチに、直江は日常的に居合わせてしまうのだ。

 はっきり言って異常だが、これが直江義行という男である。彼は生来、他者の危機に遭遇しやすい体質であった。体質というより、そういう星のもとに生まれたと言った方が良いかもしれない。実に難儀な人生である。だが、持ち前の身体能力と判断力、正義感でもってその悉くを救ってきた。熊野の件も直江にしてみれば、それら数あるうちの一つでしかないのである。
 
 というわけで、直江の記憶の回復は「多分あのこと」程度にとどまっている。が、熊野はひとまずそれで満足したらしい。自身の直江に対する思いの丈を述べる。

「私、あの時からずっと直江先輩を意識していました。たまに見かけた時は、どうしても目で追ってしまいます。知らず先輩の姿を探してしまうこともありました」
 
 そして、と熊野は続ける。

「……先輩が色んな人を助けるのも、たくさん見てきました。私の時みたいに間一髪を救ったり、そうでなくても、重たそうにしている荷物を持ってあげたり、怪我した人を運んであげたり……どこまでも自然体で、人のために尽くす先輩の姿をたくさん見ました」
 
 一歩踏み出して、直江に近づく。見上げるようにしてその眼を見つめる。

「そんな先輩に憧れました。そんな先輩の横に居たいと思いました。――そんな先輩を好きだと思いました」
 
 ――だから、私とお付き合いして欲しいです。たじろぐ直江に、熊野はもう一度そう言った。


     

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登場人物紹介

【畑野依織】性別・女

北塔高校一年。都市伝説研究部。馬鹿しかかからない催眠術に馬鹿だからかかった。そして気がついたら都伝部に入部してた人。友達がいない。コミュ力がない。されどグランド内弁慶。あと欲望に忠実。すぐ調子に乗る。寝起きが悪いと暴走し、破壊の限りを尽くす。が、完全に目が覚め理性を取り戻した時には、暴走時の記憶はすっかり失っている。強キャラみたいな設定だが、その実ただの迷惑な人である。

【及川宗一郎】性別・男 

北塔高校三年。都市伝説研究部部長。割と身勝手で自己中心的、デリカシーがないろくでもない。オカルトが大好き。自分が友人と認めた人とそうでない人とでは、態度が露骨に変わる。副会長が死ぬほど嫌い。

【青木浩介】性別・男 

北塔高校二年。都市伝説研究部副部長。顔も良く、何でも器用にこなし、コミュ力も高い。よってモテる。なんで都市伝説研究部なんかにいるんだろう。都市伝説が好きだからか、そうか。



 

【椚座栞】性別・女 

北塔高校三年。生徒会長。顔がよくて性格も良い人っているんだなって、みんな思う。特に性格が良い。善人、というか善の化身、善という概念の具現化、むしろ初めに彼女という存在がいてその後善という概念が生まれた説まである(ない)。ひとまず彼女の前に限って性善説は真理。及川のことが好きらしいので、男選びのセンスはなさげ。結城は幼なじみ。椚座祐一は双子の弟。

【結城沙耶香】性別・女 

北塔高校三年。公安部部長。正義感が強く、腕っぷしも強い(ほんと強い)。理性的で頭もよく回る。されど堅物にあらず、ユーモアも忘れない。だけど「え? そこ?」みたいな所が不器用、料理とか。料理はほんとひどい。身長がちっちゃいのはちょっとコンプレックス。幼なじみである椚座栞の恋路を応援している。劉が死ぬほど嫌い、というか怨敵。

【椚座祐一】性別・男 

北塔高校三年。生徒会副会長。基本的に優等生だが、感情の制御が下手。シスコン。顔と頭は良い。及川のことが死ぬほど嫌い。姉が及川のことを好いている事実は知らない。知らないでこんだけ嫌ってるから、知ってしまったらどうなるやら分かったもんじゃないね。

劉啓一】性別・男 

北塔高校三年。報道部部長。報道部というのはつまり、部活版週刊誌だと思ってくれればだいたいそれであってる。賢いというよりは狡猾。他者の気持ちに寄り添うということがたぶんできない。近くにいると浄化されそうなので椚座栞はちょっと苦手。結城は死ぬほど嫌い、というか天敵。



 

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