第1話 都市伝説研究部、部室を失いそうになる ⑥

文字数 2,313文字

 夕暮れの朱色に染まる廊下を畑野は歩く。

 無事、あの議題を撤廃できたと知り、畑野も一応安堵した。「自由の勝利だ!」と叫ぶ部長にも、最初の方こそおめでとうと拍手を送っていたが、いつまでも興奮が冷めずわめきたてるので、いい加減うっとうしくなって出てきた。そうして今、特に行くあてもなく一人、校舎内をさまよっているのである。

「あ、畑野さん!」

 突然後ろから声がかかった。この学校で、自分に声をかける人など部長か副部長ぐらいである。しかし、聞こえてきた声は女声だ。「え、なにこれ、幻聴? 幽霊? 妖?」 そんな考えが頭をよぎりつつ、おそるおそる振り返る。

「え……会長?」

 果たして、そこにいたのは、生徒会長の椚座栞であった。畑野と会長は面識がある。
 入学したばかりのころ、先輩と新入生の顔合わせ会のようなものがあった。その際、先輩と二人一組になって学校を案内してもらうという、畑野にとっては地獄でしかないイベントが発生した。当たり前のように誰にも話しかけられず死んでいた畑野に「一緒にまわろうよ」と声をかけてくれたのが椚座会長であったのだ。
 そんな優しさに触れたものだから、畑野の生徒会長に対する好感度は極めて高い。

「え、えと、な、なんでしょうか?」

 まあ、好感度が高いからと言って、スラスラ会話できるわけではない。むしろ、気分を害することがないようにと、一層会話に臆病になる。

「えーと、用というほどのことじゃないんだけどね……畑野さんってさ、都市伝説研究部だよね?」
「え、まあ、一応、そです」

 なんでハッキリ愛想よく「そうです!」と言えないのかこのチキンめ、と畑野は心で己を毒づく。しかし、当の生徒会長に気分を悪くした様子はない。

「じゃ、じゃあさ……及川君ってさ、私のこと、何か話したりする……?」
「部長が、生徒会長のことを……ですか?」

 思わぬ質問に、畑野は首をかしげた。その様子をみて、会長は慌てたよう言葉をつづける。

「い、いやっ、そのっ、私っていうか私たち? そう、私たち生徒会のことどんな風に思ってるのかなあ……なんて」

 あの生徒会長でも慌てたりするんだ……などと妙な親近感を覚えながら、会長の質問を咀嚼する。なぜ、生徒会があんな部長のことを気にするのかと疑問ではあるが、聞かれたからには正直に答える。

「そうですね、羽虫の戯言なんで気にする必要もないと思いますが、倒すべき敵だ、みたいなことをいつも言ってますね」
「ええっ、ど、どうして⁉」

 畑野が答えたとたん、会長が激しく動揺した。涙目である。いつの間にか普通に会話できるようになっている畑野だが、会長の意外過ぎる反応に驚き、それに気がつかない。

「わ、私、なにか癇に障ることしちゃったのかな?」
「い、いや、分かんないですけど、でも別にあんなのの評価なんて気にしなくていいですよ」
「そんなことないよ!」

 会長は突然大きな声を出して「あ、ご、ごめん」と縮こまった。そして、恥ずかしそうにもじもじと指を絡める。

 ここで、畑野はあれ? と思う。
 会長、顔赤くね? これ、夕日のせいじゃないんじゃね? と思う。
 なにか、今の会話で、会長が照れる要素があったか考える。何の話をしていたか思い起こす。そして、思い至る。
 
 ……え、部長の話……それで、会長が顔を赤く……え? は?

「はぁああああっっ⁉」

     ・

 荒々しい音を立てて階段を駆け上がる。そして、蹴破るようにして部室の扉を開く。

「おい、あんま乱暴にすんな。それ古いんだから……」
「貴様! 生徒会長に何をした!? 呪いか祟りか加持祈祷かっ⁉」

 畑野は及川に詰め寄ると、その胸倉を掴んで喚きたてる。

「加持祈祷はおかしいだろう」
「畑野ちゃん、全然話が見えてこないから、取りあえず落ち着いて」

 青木に引き離され、どうどうと宥められる。べっこう飴をなめて、少し落ち着いた畑野はここに至るいきさつを話し始めた。
 畑野が全てを話し終える。青木と及川は顔を見合わせ、ため息をつく。

「お前はやはり馬鹿なやつだよ」
「なんですと!」
「畑野ちゃん、落ち着いて考えてごらん」

 青木は畑野の目を見ながら、諭すように言う。

「生徒会長はどんな人かな?」
「顔がよくて、性格もよくて、人望もある人類の到達点」
「じゃあ、うちの部長は?」
「顔は比較的良いけど、それでは到底補いきれない残念な性格と人望の粗大ごみ」
「うん、そうだよね」
「おい、ふざけんな」
「じゃあさ、そんな生徒会長がこんな部長を好くなんてことあると思う?」
「天地がひっくり返っても有り得ない……すみません部長、勘違いでした」
「お前らのこと嫌いになりそうだ」

 無事、誤解を解くことができた。これにはみんなにっこりである。
 そして、朗らかな雰囲気の中、いつも通りの仲良さげな会話が始まる。

「畑野、お前が感情に流されると碌なことが起きない。それを自覚しろ」
「うん、大体そういうときって、畑野ちゃんが間違ってるよね」
「もうお前は、金輪際、自分という存在に自信を持つな」
「……あ、これ、パワハラですね? 生徒会に訴えてやる!」

 そう言って、脱兎のごとく畑野は駆け出す。
 さして広い部室ではない。大丈夫、いける。あと少し――――!

「青木っ!」
「了解!」

 だが、一歩及ばなかった。青木は、瞬時に畑野に迫り、扉の目前で捕える。
 そして、畑野のバックから縄を取り出すと、彼女を後ろ手にしばって、部長の前に突き出した。

「……勢いで捕まえましたけど、今回は俺らの方が悪くないですか?」
「だな、すまん、言い過ぎた。帰りアイス奢るから許せ」
「許しましょう」

 そんな、ゆかいな都市伝説研究部である。
 これからどうぞよろしくである。

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登場人物紹介

【畑野依織】性別・女

北塔高校一年。都市伝説研究部。馬鹿しかかからない催眠術に馬鹿だからかかった。そして気がついたら都伝部に入部してた人。友達がいない。コミュ力がない。されどグランド内弁慶。あと欲望に忠実。すぐ調子に乗る。寝起きが悪いと暴走し、破壊の限りを尽くす。が、完全に目が覚め理性を取り戻した時には、暴走時の記憶はすっかり失っている。強キャラみたいな設定だが、その実ただの迷惑な人である。

【及川宗一郎】性別・男 

北塔高校三年。都市伝説研究部部長。割と身勝手で自己中心的、デリカシーがないろくでもない。オカルトが大好き。自分が友人と認めた人とそうでない人とでは、態度が露骨に変わる。副会長が死ぬほど嫌い。

【青木浩介】性別・男 

北塔高校二年。都市伝説研究部副部長。顔も良く、何でも器用にこなし、コミュ力も高い。よってモテる。なんで都市伝説研究部なんかにいるんだろう。都市伝説が好きだからか、そうか。



 

【椚座栞】性別・女 

北塔高校三年。生徒会長。顔がよくて性格も良い人っているんだなって、みんな思う。特に性格が良い。善人、というか善の化身、善という概念の具現化、むしろ初めに彼女という存在がいてその後善という概念が生まれた説まである(ない)。ひとまず彼女の前に限って性善説は真理。及川のことが好きらしいので、男選びのセンスはなさげ。結城は幼なじみ。椚座祐一は双子の弟。

【結城沙耶香】性別・女 

北塔高校三年。公安部部長。正義感が強く、腕っぷしも強い(ほんと強い)。理性的で頭もよく回る。されど堅物にあらず、ユーモアも忘れない。だけど「え? そこ?」みたいな所が不器用、料理とか。料理はほんとひどい。身長がちっちゃいのはちょっとコンプレックス。幼なじみである椚座栞の恋路を応援している。劉が死ぬほど嫌い、というか怨敵。

【椚座祐一】性別・男 

北塔高校三年。生徒会副会長。基本的に優等生だが、感情の制御が下手。シスコン。顔と頭は良い。及川のことが死ぬほど嫌い。姉が及川のことを好いている事実は知らない。知らないでこんだけ嫌ってるから、知ってしまったらどうなるやら分かったもんじゃないね。

劉啓一】性別・男 

北塔高校三年。報道部部長。報道部というのはつまり、部活版週刊誌だと思ってくれればだいたいそれであってる。賢いというよりは狡猾。他者の気持ちに寄り添うということがたぶんできない。近くにいると浄化されそうなので椚座栞はちょっと苦手。結城は死ぬほど嫌い、というか天敵。



 

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