第2話

文字数 2,257文字

 いよいよ決行の日。
 閉店ギリギリの二時五十分。一般客を装い、一度中に入り他の客が六人で職員が五人である事を確認すると、外に出て建物の裏に回り目刺し帽をかぶる。目刺し帽とは正式名称は目出し帽というらしく、元来は防寒用である。昔のテレビでよくある銀行強盗の定番アイテムで、顔をすっぽりと覆い、目と口だけが丸く空いている、帽子というより変装用のマスクといった代物である。
 そして二人は互いに息を整え、バッグから取り出したショットガンとマグナムを構えながら中に入ると、客と職員がざわめき出す。
「大人しくしろ!」
 それからタカがショットガンを片手で振り回すと、ユウジは手にしている大き目のバッグを受付で怯える女性職員に放り投げた。
「これに現金を詰めろ! 札束全部だ。さもなくば全員死ぬことになるぜ!」
 すぐさまベルが鳴って悲鳴と共に出口へ駆け寄る客たち。そこでユウジはドアの前に立ち、「逃げるんじゃねえ。そのまま床に座るんだ」と叫んだ。
 その声で全員が座り込んだ。もたつく女性職員にタカは銃口を向けながら苛立ちの声を上げる。
「さっさとしろ! 死にてえのか」
 女性職員は震えながらも、札束をバッグに入れる。それは三百万程であった。
「もっとあるだろ! ここにある現金を全部入れるんだ。早くしろ!!」
 すると男性職員が両手を挙げながら震える声で言った。
「今用意できる現金はそれだけです。これで勘弁してください」
 タカはマグナムを構えるユウジに、『どうする?』と目くばせをした。男性職員の声はまだ終わらない。
「私が人質になりますから、せめてお客様だけでも解放してくれませんか? あなたたちはどうせ逃げられません。このままでは罪が重くなりますよ」
「うっせえ。あんたの言うことなんざ、聞く耳持たねえ。黙ってろ!」
 負けじとショットガンを向けるタカ。ユウジは床に座り込む客たちに片手でマグナムを向けている。

「ちょっといいかな」
 客の一人が声を上げた。五十代に見える貫禄のある男だ。マグナムを前にしても全く動じないその男は余裕の構えを見せ、ただならぬ雰囲気を醸し出している。高級スーツに色の濃いサングラスで、肝の据わった気配を醸しており、両手を挙げつつも、如何にも、といった堅気ではない空気を漂わせていた。
「あんたら、シロウトだな」
「何? 俺たちのやり方にケチつけようってのか!」
「そうじゃない。どう見てもプロの手順とは思えないのでね」
「お前はどうなんだ? どうせお前もプロじゃないんだろ?」
 男はシロウトでは無かった。話によると裏社会の人間で闇取引や暗殺などを手掛けているという。
「どうせ口から出まかせなんだろ? 仮にその話を信じたとしても、何故そんな人間が銀行を利用している?」
「あまり言いたくないが仕方ないな。ここだけの話だが、ある暴力団の組長から裏口座を頼まれていてね。プロである俺が依頼されたという訳だ。ちなみにここは銀行じゃなくて信用金庫だけどな」
「同じだろ」
「組織の成り立ちが違う。そもそも銀行というのは……」
 こめかみにマグナムの銃口を突き付けて黙らせようとするユウジ。しかしサングラスの男は顔色一つ変えない。
「その銃は偽物だな」
「違う。本物だ」
「じゃあ撃ってみろ。どうした。手が震えているぜ」
「……」
 押し黙るタカとユウジ。蔑むような表情を見せるその男は首を鳴らして話を続けた。
「それがもし本物なら、ここに入って来た瞬間にぶっ放しただろう。偽物じゃないと証明するためにな。だが、未だに発砲しないところをみると本物とは思えない。それにその構え方はありえないな。俺たちのような裏の人間に限らず、マグナムを片手で撃てば肩が外れることくらいは常識だ。ましてやショットガンを片手で撃つなんて自殺行為も甚だしい。平気なのはターミネーターぐらいか。その事を知らないとはシロウト以下だ。映画やドラマの見過ぎさ、それも一昔前のな」
「うっせえ、本物つってんだろ!」
「それに銃口の奥に仕切り版が見える。それはインサートといってモデルガン特有の仕組みだ。それにその光沢は明らかにプラスチック製だな。それじゃあ仮に本物だとしても必ず暴発するだろうぜ。ショットガンなんてもっとひどい。子供が見ても一発でオモチャだと判るぜ……まだ聞きたいか?」
「クソッ!」
 タカとユウジは銃を捨てると、万が一のためにと用意していた出刃包丁を懐から取り出した。しかし、男の質問は留まる事を知らない。
「それにあんたら、どうして目刺し帽なんだ」
 タカとユウジはマスクの下でキョトンとした顔になる。
「そんなの昔から銀行強盗と言えば目刺し帽って相場が決まってるだろ。変装せずに犯行を行うバカが何処にいるんだ」
 それを聞いたサングラスの男は、そんな事も知らないのかとばかりにフンと鼻を鳴らす。
「その考えに間違いはないが、目刺し帽はいただけない。お前たちはどうせ何度かここを偵察しているんだろう? その時は素顔の筈だ、怪しまれないためにな。もっともマスクか眼鏡くらいはしただろうがね。だとすれば人相は判らずとも、目だけはハッキリと記録に残る。いくら目刺し帽を被っていても目はむき出しだから、仮に犯行に成功したとしても、後から録画を確認すれば、お前たちを特定するのに大した時間はかからないだろう」
 二人は顔を見合わせると、悲しげな目で男の顔を見やった。
「じゃあ、どうすればよかったんだ」
「サングラスで充分だ。もう遅いけどな」
 男はそう言って自分のサングラスを指で軽く叩いたのだった。
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