第3話

文字数 1,875文字

 やがてサイレンが鳴り響くと、信用金庫は瞬く間に取り囲まれた模様である。
 タカの指示でシャッターが閉まる。こうなっては立て籠もるしかない。
 電話が鳴った。今度はユウジの指示で職員が取ると警察からだと言う。悪態をつきながら、タカは受話器に向かい声を荒げた。
「警察か?」
 『犯人たちに告ぐ。武器を捨てて投降しなさい』
「その気はない。人質がどうなってもいいのか!」
 『お前たちの要求は何だ。どうせ逃げられない。大人しく投降すればまだ罪は軽いぞ』
「その手に乗るか! 車を用意しろ」
 『判った。しかしせめて人質は解放してくれ。それが条件だ』
 受話器を叩きつけて怒りをあらわにすると、ユウジは冷静になれと唾を飛ばす。
 サングラスの男は、にやけ顔をしながら頭を上げた。
「どうするかい? 警察の要求を呑んで人質を解放するのか? それとも俺たちを皆殺しにするかね、そのチンケで情けない包丁で」
 神妙な面持ちでタカとユウジは互いの顔を合わせると、男に向かってユウジが言った。
「……お前ならどうする」
「俺ならまず銀行は狙わない。リスクが高すぎるからな。それでも、もし銀行を襲うのであれば、お前らのようにモタモタせずに三分で確実に犯行を終わらせるだろう。当然だがサツに取り囲まれるようなヘマはしないな。だがもう手遅れだ。こうなったら持久戦に持ち込むより早急に逃亡を図るね」
 退屈そうな構えの男は欠伸をしてみせた。むしろ焦りを隠せない二人と比べると、どちらがイニシアティヴを握っているかは一目瞭然となっていた。
「どうやって逃げる?」
「まさか警察に車を用意させて、それで逃げようなんて考えてはいないか?」
「だったらどうした。それしかないだろう」
「警察の用意する車なんてどうせGPSが山のように仕込んである。追手のパトカーだって相当いるだろう。絶対に逃げられっこないさ。だったらそれを逆手に取ればいい」
「逆手に? 意味が判らない」
「バスを用意させるんだ。それも五十人乗りの大型のな」
「バス? まさかここにいる全員を人質として乗せようってんじゃないだろうな。だとしても客と職員含めて全部で十三人しかいない。そんなバカでかいバスなんて目立ってしょうがないだろうが!」
「判ってないな。いいか、俺の言う通りそのバスに全員を乗せるんだ。その際、何人かは解放しても構わんだろう。そうすれば下手に手出しは出来ない」
「でもそれじゃ、いずれ捕まるだろ」
「だからこうするんだ。ここから五キロほど離れた場所に今は使われていない工場がある。そこは俺の管理している廃工場だから問題はない。俺が電話一本掛けさえすれば、手下を向かわせることが出来るから、そこに一旦逃げ込んで人質を一人か二人をバスに残したまま別の車に乗り換える。少し小型のバスだ。そうすれば乗り換えたことがバレたとしても、人質が全員乗ったかどうかまでは判らないから、当然バスか工場に人質のうちの何人かを残したと思うだろう。人質の安全確保が最優先だから、サツは二手に分かれ、人質を確保する。応援は直ぐには来ないから追跡の数は減り、今度は別の廃屋があるから、そこにも別の車を用意させる。それを何度か繰り返して最後はバイクで俺の指示通りの道順で逃走すれば、奴らを巻くことなど容易(たやす)いってもんだ」
 薄ら笑いを浮かべるサングラスの男は、許可もなく煙草を吸い出した。タカとユウジ。二人はもはや、完全に手玉に取られたかのようであった。
「あんたが協力してくれるってのか?」
「但し、分け前は半分だ」
「……判った。それで何とかしてくれ」
 交渉成立とばかりにタカは男に握手を求める。しかし男はそれを拒否するかのように煙草の煙をタカに向かって吐き出した。
「気が早いな。どうせならもっと大金を狙わないか?」
「大金? そんなもんどこにあるんだ?」
 サングラスの男は吸い終えた煙草を床にこすりつけながら言った。
「仮に今からバスを要求したところで、到着までには時間がかかるだろうな。あんたらは知らないようだが、この信用金庫には文字通り金庫があるんだ。人が入れるほどの大型のな。そこになら億単位の現金が詰まっているってわけさ。もっとも、たった三百万ぽっちでいいんなら話は別だが。ああ、俺が半分貰うから百五十万か。これなら逃走用の車を手配してくれる部下への小遣いにもならんな」
 なるほど、それは妙案だ。せっかくならもっと大金が欲しい。これだけのリスクを背負いながら、たったの百五十万、いや、さらに二人で分けるとすれば一人あたま七十五万だ。これでは借金の利子にすらならない。
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