13.道のりは長くとも快適な旅

文字数 2,762文字

 束の間の休息も欲望のままにダラダラとしているうちに過ぎ去り、あっという間に出発のときはやってきてしまう。
「はあぁ......」
 とにかく休みというものが大好きなイズの口からは自然と深いため息が漏れる。
「なんだ、旅立ちは憂鬱か?」
「そりゃもう。三度の飯より怠けることが好きなもんで。せめて定休が欲しい......」
 今はこうして愚痴をいう相手がいるのが救いだ。
「はは、週休二日の勇者も面白くていいんじゃないか?」
「勇者じゃないって言ったじゃないですか」
 キリコが相手ならこんな言葉は聞き流されるか、下手したら遮られて発言の自由もなかっただろう。都合の悪い話を遮ることは何より得意な女だ。
「さぁ!勇者一行出発するわよ!」
 その話を聞かない女が張り切って声を出す。その後ろで無垢な白魔導士の少年が、おー!とこぶしを突き上げるのを見てイズは再びため息をついた。

 次に目指す村は遠く、今晩はおそらく野宿だろうとキリコが言っていた。昨日一日はそれを見越しての休息だったわけだ。
 野宿に関しては今までにもあったので、問題はない。できればいい環境で休息をとりたいのは当然だが、迷いの森やら化け物が住む森やら物騒な噂さえなければどんな場所でも眠ることには抵抗はない。食料も満足にあるし、今は腕のいい調理人もいるのでむしろ今までよりも快適だろう。
 やはりアヤの存在は大きい。彼が仲間に入ってから生活水準が大幅に上がった。中でも食事は今までとは段違いだ。今だって、そろそろやってくる昼食だけを楽しみに歩いているようなものだ。その生活と引き換えに退路は絶たれたわけだが、魔王への旅路を認めた今から思えば、どうせ足掻いてもキリコは意思を曲げなかっただろう。結局は魔王の元へ向かうのなら、より快適な旅ができる今の方がいい。
 とはいえ、彼の本領はそこではないのだ。

「おや、危ない」
「うげっ」
 アヤが手に持った杖を一振りする。凝り固まった肩をほぐすように片手間に、何でもないことのような一振りでどこから現れたのか、一人の魔族が地面に叩きつけられる。
「すごい速度だったな。見えなかった。」
 なるほど、人間であるイズ達の姿を見つけた魔族が、目にもとまらぬ速さで襲い掛かってきたらしい。
「見えないだけだったけどな。」
 三人には全く気付くことのできない奇襲であったが、しかしアヤにはそうではなかったようだ。まるで虫を払い落とすかのような何気なさで打ち落とされた魔族は、キリコの目に留まってしまった以上もう先はないのであった。
 この通り戦闘こそ彼の領分。襲い来る魔族を杖で片手間に倒してしまうため、この面においてもイズは大変楽をさせていただいている。


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「そろそろお昼ですが、どうですか?」
「そうね、もうすぐヴェルセラ領から出るわ。大体予想通りの時間ね。」
「え、ここってまだヴェルセラ領なの!?」
「そうよ。」
「ずいぶん広いな。もし領の一番端で問題起こったらヴェルセラの騎士はどうすんの...」
 この国は小さな国が身を寄せ合ってできた国だ。隣接する三国が小国に侵攻し、領地を増やしていく中、彼らに対抗するべく集まった国たちによる連合のようなものだった。そのため隣接する三国が国家騎士たちを各地に散らしているのとは違い、かつてその国の統治者であったものがそれぞれの騎士団を持ち、自分の領内を守ることとなっている。守るといっても何か問題が起きてから呼ばれた騎士たちが来るわけだが。
 ヴェルセラといえば、キリコとイズが出会ってしまった町であり、うっかり勇者一行の始まりの町である。様々な理由により回り道はあったが、基本的に魔王を倒すことに一直線なキリコはここまで極力まっすぐ進んできたはずだ。それでも中心から端まで来るのにはそれなりに時間がかかった。
「ここまで来るのに一か月近くかかったのに......」
 魔族は突然襲い来るものであり、騎士たちは呼ばれてから動くことしかできない。そのため後手に回ることは仕方ないのだが、それにしても一か月遅れでやってくる騎士というのはどうなのだろう。
「あなた、勘違いしてるんでしょうけど、騎士たちはちまちま歩いたりしないのよ?」
「魔力を流し込むことで空を飛べる装置があるんです。」
「それがあれば遅くても一日かければ領の端まで来られるわ」
 初耳だ。イズがド田舎の小さくも平和な村で十八年暮らしている間に世の中はこんなにも便利になっていたらしい。
「世の中は便利になったもんだ......」
「寝ぼけたこと言ってんじゃないわよ。私たちが生まれる前からそれくらいあったんだから。」
 どうやら割と昔からあるものらしい。とはいえ、イズの村は領内を統括している中心の都市ともそれほど遠くはなかったし、五日ほどかければ歩いていけるはずだ。
「まぁ、便利なぶん高価なものだし、どこもかしこも導入しているわけではないから知らない人も多いでしょうけど。」
「そうだな、あれがあれば楽だろうが、旅人が手を出せるようなものでもないしな......」
「僕も存在は知っていましたが、見たことはないです。」
 なるほど、それならばイズが知るはずもない。領の一番端に位置していたイズの村ですらその距離なのだから、そんな道具は必要ない。そもそも平和すぎて騎士なんか呼び出す必要もないような村なのだ。旅人が使うわけでもないのなら、そんなものを見る機会は全くなかったのは当然だ。
「そうなのか。しかし残念だなぁ。庶民の手には届かないものなのか......」
 アヤの言った通りそれがあればこの旅ももっと楽ができたものなのに
「欲しかった......」
「仕方ないでしょう。私だってすぐに魔王の根城へ突入できるならそうしたいわよ」
 断じてそういう意味で欲しいわけではない。が、もう何も言わないことにした。
「うーん。でも空を飛ぶって怖くありませんか?僕高いところはあまり得意ではなくて......」
「確かに落ちたら危険だしなぁ」
 シュマの言葉に頷く。イズも高いところはそこまで得意ではない。
「瞬間移動とかできたら一番楽でいいのになぁ」
「やれやれ、お前は楽をすることしか考えていないな」
 素直願望を口にすれば、後ろでアヤも苦笑する。
「徒歩もいいだろう。考える時間があってお前にはちょうどいいじゃないか?」
 キリコとシュマが何の話だと疑問を浮かべる中イズは思い出す。そういえばそんな宿題があったのだった。昨日のことなのに、もうすっかり忘れていた。
「そうでした......」
 確かに提出期限は長いに越したことはない。そういった意味では快適ながらも不便なこの旅もありがたいものだ。


といってもイズは、題は最終日に取り掛かるタイプなので、無駄になるだけかもしれないが。
「まぁのんびり考えます......」
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