9.心優しい黒魔導士

文字数 6,048文字

 颯爽とは言い難いが、渋々草陰から飛び出したイズは、現在間抜けにも敵の攻撃から逃げ回っている最中だ。
 しかし間抜けなだけではさすがに怪しまれるので、時折攻撃の出所へ石を投げ飛ばしてみたり、剣で草を薙ぎ払ってみたりと攻撃の意思を見せる。さらに背後に隠れるシュマにはイズが初めての戦闘で用いた、石を投げて遠くの草むらから音を立てる姑息とも賢いとも言えるような戦術を伝授してある。この二段の囮でキリコからは上手く意識が逸れているはずだ。後はキリコを待つばかり。
 またいくつかの攻撃を躱したところで、剣を構えなおす。そろそろ頃合いだろう。次に飛んできた氷柱を切り伏せそのまま正面突破をする。そのまま券を振り上げ魔族本体へ切りかかる。
「あぶねっ!」
 寸でのところで躱そうとした魔族の体を後ろからキリコの槍が貫いた。そのまま魔族の体と共に槍がイズのすぐ脇をかすめたことを除けば、概ね良いコンビネーションだったと言える。
キリコが魔族から槍を引き抜きピクリとも動かないことを確認してふっと息をついた。正直イズはまだ魔族とは言え遺体を見るのは慣れない。
「終わったわね」
 同意の相槌をうとうとしたそのとき


「わああああ!!」
 シュマの大きな叫び声が後方で響く。
 驚いて振り返ると丁度隠れていたシュマが草陰から転がり出てきたところだった。そしてそのあとを追って現れたのは、先程の魔族の仲間か、それとも無関係かはわからないが、とにかく別の魔族だった。
「シュマっ!」
 手に持っているのは杖ではなく、剣。魔法で戦うわけではないようだ。離れているおかげでイズ達へすぐに攻撃が届くことはない。しかし、シュマは魔族のすぐそばにいる。離れているがためにすぐに助けに行くことは難しい。
 魔族の剣が振り下ろされる。駆け出したもののおそらく間に合わない。
「シュマ!」
 間に合わない。咄嗟に強く目を瞑った。


 しかし、数秒たって目を開いたそのとき、目の前で真っ二つ切り裂かれていたのは土の塔だった。シュマを庇うように立ち上がったそれは恐らく黒魔法によってつくられたものだろう。
「あっ!」
 敵も味方も誰一人状況が読みこめていない中、黒い影が魔族の背後から飛び出してきた。真っ黒なローブに杖を手にした青年。その姿は間違いなく黒魔導師だ。
 シュマを助けてくれたであろう青年は、勢いのままに杖を大きく振りあげる。
「ん????」
 そうして魔族に魔法攻撃をするのかと思えば、勢いよくスイングして魔族の横腹に杖を叩きこんだ。魔族の体は真横に飛び、そのまま数メートルのところで地面に打ち付けられ二回ほど跳ね上がる。ようやく勢いが止まった頃には、気絶をしたのかそれとも死んだのかもう動かなくなっていた。
「大丈夫か?」
 青年は魔族が動かないことを確認するとくるりと向き直り、しりもちをついていたシュマに手を差し伸べる。
「へっ!?ああ、大丈夫ですっ!!」
 シュマは先程被った土を慌てて払い、彼の手を取った。


「大丈夫かシュマ?」
「はい!すみません、僕......」
「別にいいわよ」
 呆然としていたイズ達もはっと我に返ると、そんな二人の元へ駆け寄る。
「お前たちは仲間か?」
「ええ、まぁ」
「あそこに倒れている魔族はお前たちが?」
「そうよ」
「そうか......」
 彼は顔を逸らし少し難しい顔をしたが、すぐに人のいい笑みを浮かべて三人に向き直った。
「大変だったな。疲れただろう?この先の町へ案内しよう」



 青年について町へ着くと、これまでの旅からは考えられないような手厚い歓迎を受けた。イズ達ではなく、青年がだ。
 皆口々にアヤ様アヤ様といってはこちらへ近づいてくる。
「アヤ様、旅立たれたのではなかったのですか?」
「そう思っていたんだが、すぐそこで彼らが魔族に襲われていたのに出くわしてな」
「なんと、また近くに魔族が......」
「ああ、それで戦っていた彼らも疲れただろうから連れてきた。すまないが休ませてやってはくれないか?」
 英雄を迎えるかのように青年の周りに駆け付けた者たちは、しかし彼の提案に申し訳なさそうに視線を逸らした。
「もともとこの町では余所者は......」
「彼らは魔族に襲われていたんだ。人間さ」
「そう思いたいですが」
「それに二人いた魔族の内一人を倒したのは彼らだ」
 ならば彼らもこの村の英雄といえるのではないか?と人々に優しく問いかける青年。それでも渋る村人に仕方がないと苦笑して、もう一つ条件を提案した。
「ならば私ももう一晩ここに留まろう。彼らが魔族であったとしても、私が責任を持って追い払う。明日は私が責任を持って連れて出ていく。それでどうだ?」
「それならば......」
 彼が責任を持つといえば、町人たちは渋々といったように頷いた。どうやら相当に人望が厚いようだ。
「ありがとう。」
 青年は一つ礼を言ってイズ達の方へ向き直った。
「すまないな。疲れているのに待たせてしまって」
「あ、いえ。全然問題ないです」
「今晩は私と一緒になるが、ゆっくり休むといい」
「ありがとうございます」
 正直町に入ることをほとんど諦めていたイズ達からすれば、休ませてもらえるだけ有り難い話だ。
 町の若い娘とアヤについて行き、たどり着いたのは町で一番と言えるほどの大きな家だった。しかし大きさの割に豪華な装飾はない。周りの家と変わらない作りで、木材の色そのままな大きい家は、平和な時分は宿として使われていたらしい。贅沢をするためではなく商売をするために大きく造られたその家は、今ではほとんどの部屋が使われないまま埃をかぶっている。
 一部屋に二人ずつ泊まることができるそうなので部屋を二つ借りた。シュマとキリコに唯一埃を被っていない一部屋を奪われ、イズは青年アヤと埃まみれの部屋に放り込まれた。
「すみませんね、なんか。あいつ全然話とか聞かないし、勝手だし、いつもああなんです」
 俺もいつも迷惑してるんです。とさりげなく自分の愚痴を織り込みつつ謝罪した。
 しかし、アヤはもともとそのつもりだったとあまり気にしていないようだ。イズのような者にはこういった人間が何を考えているのか皆目見当もつかない。アヤに何かメリットがあるのだろうか。
「......どうして、そんな親切なんですか?」
「親切だろうか」
「親切ですよ」
 何か裏を勘ぐってしまうほどには。
「そうか、いつもこうだがな」
「そうなんですか」
 その言葉が嘘か本当か知るすべはないが、それは何を言われても同じことなので、これ以上は何も聞かず今は信じておくことにした。


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 さて、イズ達のお世話になるこの家は、嘗ては宿だったとはいえ、今はただ空き部屋の多いだけの民家だ。当然食事が用意されることはない。
 しかし、食材を買うことは可能。調理場も貸してもらえるらしい。この上寝床まで提供されるのだから今まで食料調達すらままならなかったことを思えば、文句のつけようもない破格の対応だ。
 それらを全て取り付けてくれたのは先程出会ったばかりの赤の他人アヤで、今イズ達のために食事を用意してくれているのもアヤなのだから疑わしいほど都合のいい話だ。


 アヤの用意した料理は非常に美味しく、キリコには失礼だが、今まで不味くもないが美味いとも言い難いものを食べてきたイズは少し泣きそうになった。
「ここに泊まるってことは、アヤさんはこの町の人ではないんですか?」
 これ程美味しいのだ、なにも言わず黙々と食事を楽しんでもよかったが、やはり気になったので彼についてのことを幾つか尋ねる。あまりにも親切すぎる彼への疑いは未だに捨てきれていないのだ。
「ああ」
「そうなんですか?みなさんとてもアヤさんのことを慕っているようでしたけど......」
 肯定の意を持った頷きにシュマは驚いたようだ。確かに今までの村や町で受けてきた対応から考えれば“よそ者”であるアヤがこれ程までに信頼されるなどありえないことだ。世にはイズの育った村のようによそ者の脅威に鈍感村も存在するが、この町はそういった様子ではない。
「どうしてあんなに町の方々に信頼されているんですか?」
 単純な疑問から尋ねたシュマと同じようにイズも興味深げにアヤの顔を見る。それがわかればイズたちもこれから先寝床や食事に困ることもないのだ。
「なに、ただ運とタイミングの問題さ」
「運とタイミングですか......」
「そうだ。偶々私が着いたとき町が魔族に襲われかけていんだ。だからかそれを撃退した。それだけだ」
「なるほど」
 それでこの町の英雄になったわけだ。そういえばイズも何度か英雄のようにもてはやされたことがある。特に何かをしたわけではなかったが単純に格好が絵本などに出てくる勇者にそっくりだったからだ。勇者ではないイズからすればその扱いも迷惑なものだった。
 藁にでも縋りたいほど疲弊していたのだろうか、勇者の偶像でしかないイズに期待を寄せ快く受け入れてくれる町も稀にあったが、やはりほとんどの町は余所者を受け付けようとしない。
 だからこそ困っているのだが、解決方法が運とタイミングではこれから先の参考には出来そうにない。
「私からも訊いていいか?」
「どうぞ」
「お前たちはどうしてこの町に?」
「あー。旅の途中でして。その通過点というか......」
「旅?また何故?」
「それはなんというか、伝統的な通過儀......」
「魔王を倒すためよ」
 今まで黙々と食事をしていたキリコがこういう時だけ無駄に口を開く。
「魔王を倒す?」
「そう、僕たち魔王を倒しに行くんです。だからイズさんは勇者ですよ」
「いや、」
「そうなのか」
「ちが......」
「ならば、私も連れて行ってはくれないか?」
「は?」
 否定を挟もうと開いた口がそのまま閉じられなくなってしまった。とんでもない超展開だ。
 なんだかこの旅の最初のころにもこんなやり取りをした気がしなくもない。だとしたらなんだか、イズにとってはあまりいいことにはならないのではないだろうか。
「俺達の仲間にってことですか?」
 アヤは恐らく優れた黒魔導師だ。魔法に関してはセンスも知識もないが、それだけはわかる。単純に強い。ように見えた。
 そんな人間がなぜイズ達について来ようというのか。そうだこれはきっと勘違いだ。
「何かの間違いでは......」
「間違いじゃない。仲間に加えてほしいんだ」
「...........」
「私はかまわないわよ。寧ろありがたいじゃない。強い黒魔道師がいてくれた方が頼もしいわ」
 キリコはかまわなくともイズはかまう。
 強い黒魔導師なんかが仲間に入ったらいよいよ魔王討伐は夢ではなくなってしまうかもしれない。
 いや、アヤが加わったところでイズやキリコの戦闘能力は至って平凡なことに変わりはない。魔王討伐への道のりは決して優しいわけではないのだが、何が一番の問題かといえばそれはアヤという戦力の加入でキリコが調子に乗る事である。魔王討伐が可能かどうかよりもキリコに『可能かもしれない』と思わせることが何よりの問題なのだ。
「僕も、賛成です!」
 お前まで何を言い出すんだ。と頭を抱える。
 とはいえ、シュマもキリコも変なことを言っているわけではない。世のため人のため、魔王を倒すためには確かに彼が仲間になってくれた方がいい。イズと違い魔王を倒したい二人が賛成するのは当然のことだ。彼らを勇者一行とするなら変なことを言っている二人ではなく、イズの方なのだ。
「勇者イズ。お前はどうだ?」
 そう考えるとイズには反対を主張する材料がない。恐らく勇者の偶像を壊すような発言ではキリコが聞く耳を持たないだろうし、遮られて発言すら許されないだろう。ここは勇者一行の一員としての断る理由を用意しなければならない。
「駄目だろうか?」
 駄目なのだが駄目な理由がないからイズは困っているのだ。
「なんで仲間になりたいんですか?」
 先ほどまでの疑いを思い出す。ここまで親切にされる理由も仲間になりたい理由もはっきりしない。都合が良すぎるではないか。疑いがあるうちは仲間にはできない。失礼かもしれないがそう言わせてもらおう。
「そうだな。理由もわからず仲間にしてくれなんて怪しいか。疑わしい者は仲間にはできない?」
「そ、そうです」
 察しのいい人だ。考えていたことが読まれて少し焦る。
「理由は、単純だ。私もお前たちと同じ目的で旅をしているから。魔王を止めるために力を貸す。だから私にも力を貸してほしい。」
「貴方も魔王を倒すつもりだったの?だったら何も問題ないじゃない。」
 キリコが同意を求めるように此方を見る。その通りだ。先ほどから問題など探さなければ一つもない。魔王を倒す勇者一行としてはだ。問題は旅の一番最初からイズが勇者ではないことだけだ。アヤが魔王を倒す気でいるならもういっそイズと変わってほしい。
「なんで俺なんですか?」
 本当はアヤではなくキリコに聞きたいことだ。
「そうだな、子供だけの勇者一行が放っておけないからだろうか」
 なるほど何故こんな子供のままごとのような勇者一行に付き合うのかと思ったが、寧ろ子供だからこそだったようだ。
「だがそれだけじゃないさ。今まで何人かの勇者を見たが、本当に魔王を止められるようには見えなかった」
 この世に勇者を名乗る者などいくらでもいるだろう。実際に勇気があるかはともかく、表面上だけでも“勇敢に魔王に立ち向かう勇者”ぐらいならばいくらでもいそうなものだ。
「なんというか、真の勇者に見えたというか......お前たちは本当に魔王を倒そうとしているようだ」
 当然だ。たとえ無謀だとしてもキリコは本気なのだから。しかし何度も言うがイズは違う。イズは今までアヤが見てきた英雄の偶像でしかない。
 騙されているのだ。いや、察しが良いようだから気付いているかもしれないが、それならばイズの心中を察して身をひいてもらいたいものだ。
「アヤさんの力にはなれないと思いますよ。強いわけではないですし」
「そんなことはない。それに強さは関係なく、お前のような勇者がいいんだよ、私は」
 どうすればいい。もう逃げ場はないのだろうか。いやあるのかもしれないが、思い浮かばない。
「決まりね」
 反対は聞き入れないキリコの決定が下された。
「ここまであなたを認めてくれるのよ?シュマの命の恩人でもあるし、なにより強力な黒魔導師が仲間に入ってくれるなんて有り難いじゃない!」

「うぅ」
「イズさん!」
「うっ」
 シュマもイズの肯定を得ようとこちらを窺ってくる。純真な少年の目は恐ろしい。
「わかった。わかったよ。いいですよ」
 どうせイズが否定したところで、もう決定を下したキリコは聞く耳を持たないだろう。
こうなってしまえばもう折れる他ないのだ。
「ほんとうか!ありがとうイズ!」
「いえいえ」
 心の中でため息をついて、シチューを掬う。この美味しい食事が食べられることだけがこれからの希望だ。

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