16.一途な魔導士

文字数 2,943文字

 夜が明け、離れた家に寝床を借りていた二人にも朝食を作り終えたアヤからの呼び出しが届く。


 昨晩同様サイズの揃わぬ椅子に座って二枚の大皿を囲む。配られた取り皿はこれまたサイズがそろっていなかった。
「ほらちゃんと朝食は摂れ」
 いつまでもぼんやりと座っていて、取り皿に食事を盛る気配もないイズに呆れたアヤがいくつかの料理を差し出す。
「イズさん起きてますか~?」
「ん~」
 半分眠りながらもすすめられるまま朝食をとるイズは、未だ全く状況が理解できていない。
「やれやれ、呆れるほど寝汚い奴だな」
 向かいで手を振るシュマのことも、ため息をつくアヤのことも何一つ捉えられていない。
しかし、一つだけ覚えている。自分の隣で食事をとっているこの女にベッドから転がり落されたことだ。
「あんなに勢いよく体を打ち付けておいて、よくもまだ寝ぼけていられるものだ。」
「......」
 寝ぼけながらも手はしっかりと口に食べ物を運ぶイズの姿に呆れかえっているアヤの横で、リダは何事かを考えこむように手を止める。
「......どうかしたか?」
「あ、ああ。いや、器用なものだと思って。あんな意識も怪しいほど寝ぼけているのに......」
「はは、確かにな。」
「それで......彼の姿を見て一つ思い出したんだけど......」
 一度そこで言葉を区切ったリダは、眉を寄せ目を細め、何とも言えない表情をする。
「昨日話した白魔導士。彼女に会うのは昼まで待ってもらってもいいかな?」


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 トントンと扉をたたき中へ声をかける
「メリル!起きてるかい?」
 予想通り返事はない。
 今度は少し強くドンドンと扉をたたく
「メリル―!起きてるかーい!」
 今度は声を響かせて大きく呼びかける
「起きてないねー!」

 返事はない。
 やはりまだこの家の住人は夢の世界にいるようだ。
 いや、夢を見るような人物にも思えないが、とにかくまだ目を覚ましてはいないのだ。
 聞こえていないとわかっているが、相手は異性。入るよ。と一応声はかけてから預かっていた鍵を使う。
「やれやれ、どこにいるんだか」
 扉を開ければ中は資料と思しき紙が散らばっており、足の踏み場もない。
 一応実験道具や、精製した薬品は机や棚の上に上がっているが、しかしそれも床に転がっていないだけましという程度でやはりきれいとは言えない状態だ。
 仕方なしに資料を踏みつけて部屋の奥を探す。
「はぁ、ここか」
 紙に埋め尽くされた白い床に白衣が上手く溶け込み危うく踏みつけそうになったが、すんでのところでその存在に気づく
「ほらメリル!床で寝ていると危ないよ。」
 腕をつかみ胴の下に手をまわして抱き起してやるが、女の方は全く起きる気がないのかその目を開く気配は一向にない。
 しかしそんなことはいつものこと。すっかり慣れきってしまった彼は、部屋のどこかに転がっている彼女さえ見つけてしまえばあとはいつも通りに働くだけだ。
「朝だよー!いや、もう昼だよメリル!!起きて!!」
 何度か耳元で騒いでやれば、さすがに寝苦しいのか睫毛が微かに震えた。
 あともう一押しと肩をゆすり、二、三度呼びかけるとようやく瞼が持ち上がる。
「だんなさま......?」
「メリル......」
 薄く開かれただけの目では視界がはっきりしないのか、それとも見えたうえでまだ寝ぼけているのか自分のことを旦那と呼ぶ女の肩をもう一度強めに揺すって覚醒を促す。
「ほら、僕はリダだよ」
「リダ......」
「そう。ちゃんと目が覚めたかい?」
「......ええ」
 まだ寝ぼけているようで反応は遅いが、しかし返事は返ってくる。二度寝さえしなければそのうちに目は覚めるだろう。
 リダは女の手を引いて食卓の席に座らせた。そこもまた床や棚同様に散らかってはいるが、一応一人が食事をとる程度のスペースは用意されている。そこへ多めに作ってもらった今朝の朝食を並べて食べるように言うと、今度はお茶を入れに台所へと向かった。
 毎朝のことで、大分慣れたものだ。


「なんだかいつもと味が違うみたい......あなたが作ったものではないのね」
「え、ああ。珍しくお客さんが来てね。」
 運んできたポットとマグカップをスペースを探してテーブルの上に置く。
 食事の進み具合を見て、食べ終わった後にでも注げばちょうどいいだろうと、向かいの席に腰を下ろす。
「それで、そのお客さんたちが君に会いたがっているんだ。」
「私に......?どうしてかしら」
「その中に勉強熱心な白魔道士の少年がいてね。君に会ってみたいんだって」
「私はいいけれど、ためになることは何もしてあげられないわ......」
「まぁ、細かいことはいいんだよ。嫌じゃないなら会ってあげな」
「そうするわ」
 いい頃合だろうとカップにお茶を注ぐが、女は食後の挨拶をすると席を立ってしまう。
 しかし、彼女が猫舌であることをよく知っているリダは特に気にしたりはしない。
「この部屋に人を呼ぶわけには......いかないだろうね。」
「私は構わないけど、まぁお客さんには失礼かしら」
 考えるまでもない。この散らかった部屋が客を呼ぶのに適していないことは火を見るよりも明らかというものだろう。それも今から急いで取り掛かったとして、片付け終わるような生温い状況ではない。
「僕の家で待ってもらっているから、準備ができたらこっちにおいで」
「ええ、そうするわ」
「そのしわしわの白衣とよれよれの服をちゃんと着替えてくるんだよ。」
「言われずとも」


 いまだ少しぼんやりとした様子で寝室に着替えに行ったであろう女を見送り、やれやれと一つため息をついた。
 嘗ては旦那も居たというのに、一体その当時はどうしていたのだろうか。
 本人曰く旦那がいたころは彼のために早起きをして朝食を作り、帰ってきた彼と共に健康的な時間に就寝していたのだと言う。それも嘘ではないだろう。彼女は好きなことに真っ直ぐなのだ。だから研究に夢中になって睡眠を忘れ、意識が途切れれば昼までは目覚めない。
 きっと彼女が研究と同じか、それ以上に愛した男が傍にいたのなら、きっと彼に尽くすことに一生懸命であったはずだ。
 今の彼女しか知らないリダには正確なことはわからないが、しかし今の研究熱心すぎる彼女をよく知っているからこそ、それがどれほどのことなのかはよくわかる。
 そんな大切な彼を失った彼女が悲しく、そして美しく、少しでも幸せにしてあげたいと願った。だからリダは故郷の国を再び出て、こんな焼け落ちた村までやってきたのだ。
 それでも彼女は幸福になることをを拒むけれど
「時がたてば......なんて、そんなうまく言ったりはしないかな...?」
 もう一度大きなため息をついてふと顔をあげると、寝室にいる女が服に手をかけたのが目に入った。床に物が散らばりすぎているこの家は、ほとんどの扉が開いたままだ。
 さすがに女性の着替えを覗くわけにはいかないだろう。
 リダはしばらくの間寝室内が目に入らない台所へと食器を洗いつつ引っ込んでいることにした。
「あ」
 まだ中身の残っているカップを残し、空いた食器たちを集めながら思い出す。
 昨晩カップを下げるときに慌てて中身を飲み干した男はもしや彼女のように猫舌だったのかもしれない。
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