佐藤　花

アクビをしながら枕元にあるはずのスマホを右手で探す。
空を切るばかりの手にだんだんと苛立ちが来る。
「もう！！！」
仕方ないので起き上がってみてみると自分の部屋じゃなかった。
「えっなにこれ？アップしたらウケるかな？」
なにもない手をあげて写真を撮ろうとする。当然空振りする手
「っ！スマホ！」
白い壁と床、寝ていたベッド、並ぶ6つの箱。近づいて開けようとしたが触れられない。ただの立体映像のようだ。ベッドに戻り布団や枕掛け布団を乱暴に投げる。
「ないっ！！スマホがない！！
えっ！？ちょっと！！あれないとこ困る！！
機種変！？そうだ母さんに頼んで新しいの買ってもらおう」
いてもたってもいられず、ドアに直行した。開いた瞬間に人とぶつかる。
「あっ！ごめんなさい！ではこれで！」
そのまますり抜けようとする私の腕を捕まれた。
「おはようございます！どちらにいかれますか？」
スーツを来た男が私の右手をつかんでいる。
「っとね！ケータイショップ!早くしなきゃ！話題に乗り遅れる」
ぐいぐいと捕まれた手を引っ張りながら私は焦りを募らせていた。
「こちらでは代用になりませんか？」
男が渡した電子機器を目を輝かせてみつめる。
「貸してくれるの！？」
男の返事を待てずに半ば奪うように奪取し、迷いなく自分のアカウントを入力し、SNSに繋ぐ。

「おっはよ！(*・ω-*)」
ベッドに腰掛けながらそう打てば次々に返事が返ってくる。

私「きーて！起きたらスマホないの！まぢ最悪！どうやったら母上は私に新しいスマホを授けてくれると思う？」
フォロワー1「っ[某カフェイン飲料]」
私「ありがとー！！ってちゃうわ！翼要らんわ！スマホだわ！(**)」
フォロワー2「っ[コウノトリ]」
私「ヨシヨシ、ママですよー！ってちゃう！子授けんでいいから！(~O~;)」
フォロワー3「っ[秘伝のタレ]」
私「おいしそーだぁ！.゜+.(・∀・)゜+.゜ってもー！！！授けるでどこまで引っ張るんよ！！」
フォロワー2「今ログインしてるからスマホもう買ってもらったんでしょ？」
私「それがね！」
そこまでやり取りをして漸く顔をあげた。
「お兄さんここどこ？」
「佐藤花さま、それを説明するのに少しお時間よろしいでしょうか？」
「いーよー！！」
返事をしながら目線をスマホに落とす。
私「ねぇ！今さ！なんか変な黒服にフルネームに様付けで呼ばれたんだけど！！」
フォロワー4「黒服wwwどこのお嬢様！」
フォロワー3「え？知らん人？距離とって！あぶないかもよ？」
フォロワー2「また歩きスマホしてんの？」
フォロワー4「あ、そいや歩きスマホって罰則できてなかった？？」

男は佐藤花が顔をあげて説明を求めるのを待ったが、その日、それを佐藤花がすることはなかった。

「15日目です」
男が背中から声をかけている。そろそろこの電子機器を返せと言う督促だろうか？でもあと少しだけ。
フォロワー8「ねね！これみた！？(URL)」
私「何々ー？」
フォロワー9「あー！めっちゃかわいい！！」
私「ぬこさまー！！」
フォロワー5「めっちゃかわいいですね！」
フォロワー6「うちにもスコティッシュがいるよー！(写真)」
私「めっちゃテンションアガるー」
フォロワー7「犬派の私のおすすめはこっち！！(URL)」
私「やっば！！鼻がぷにって！ぷにって！！ガラスの向こうから顔押し付けてくるのほんとかわいい」
男は時おり日付を数えるだけで母さんみたいにスマホを制限することもないし、ここは都合が良かった。

「30日です」
えっ！？聞こえてきた男の言葉に思わずスマホから顔をあげる。
さすがに一ヶ月はヤバイか。んーでもやばかったら母さん、SNS監視してるはずだしなんか言ってくるでしょ。それがないってことはここ安全なんだろうし。居心地悪くないし。迎えに来るまで私はただ待てばいい。
そう結論付けて、また、目の前のSNSに意識を戻した。
「49日目です」
男が扉をあけて、促す。
「ん？母さんのお迎え来たの？わかった！！」
素早くSNSをログアウトし、痕跡を消す。
「ありがとう！！」
電子機器を返す。
男はしばらく迷ったのち、
「佐藤花様にとってSNSとはなんですか？」
そう聞いてきた。
「んー、普通に過ごしてたら出会えないような人たちと出会えて刺激のもらえる場所かな！現実で会える人数って限られてるじゃん？それを可能にしてくれるのはSNSだから！！まぢ最高だと思うの！」

溢れるばかりの光の向こうへ迷いなく踏み出す。
それを見送りながら男はなんとも複雑な顔をしていた。