三島 巌

文字数 1,640文字

「こんなもん仕入れたかなぁ?」
目の前に拡がる6つの箱をみて腕を組み考える。

「ようこそいらっしゃいました」
声をかけられ振り替える。
スーツ姿の男性が深々と頭を下げる。
「はい!いらっしゃい!!なにをお求めで?」
かけられた言葉を変に思いながらもそう返す。
「三島 巌さん、ここはあなたの八百屋ではございません」
黒服に言われて改めて回りを見渡す。
白い壁と床。
「ありゃこれは失敬!!すみませんがここはどこでしょう?」
頭をポンッと叩いておちゃらけながら聞く。
「49日後にあなたはここから出られます。それまでの間にお会いになりたい人はいますか?」
「んー……店があるから今日中に帰りたいんだけども」
「お店の様子みてみますか?」
「おぉ!!見せてもらうより帰った方が早そうだけど、できないならせめて」
そう答えた途端景色が変わる。
「かぁちゃん!!」
エプロン姿の妻が切り盛りしている様子が立体的に現れる。
裾のほつれたエプロンが長年この商売を支えてくれていたことを物語っている。
客が来る。かぁちゃんのビリビリと響く、いらっしゃい!の挨拶に備えて首をすくめる。
画面の向こうのかぁちゃんはいつものように大きな口を開けて常連さんの肩をバシバシと叩いている。
「これ、音声はないんですか?」
聞くと男性が
「申し訳ありません」
と頭を下げた。
そっかぁないのかぁ。
10分ほどがたっただろうか?
「やっぱり店を手伝いに帰りたいんだが」
「出来ません」
間髪いれずに言われた言葉に凹む。
そうして一日が過ぎた。
「紙と鉛筆はあるかい?」
男はどうやら自分に危害を加えるつもりはなさそうだし、出てもいいといわれるその日までのちょうどいい暇潰しを思い付いてそう、男に聞いた。
49日後に出してくれるのかが本当なのかは分からないが。
「こういうものなら」
電子機器を取り出して何やらごそごそしてたかと思うと真っ白い画面のそれを渡してきた。
「鉛筆ではなく指で書いてもらうことにはなってしまいますが……」
「十分だわ。ありがとうな」
受けとり、目の前の光景を写す。
あっという間にできたかぁちゃんの絵。眉毛にシワを寄せている表情から仕事の忙しさがうかがえる。
「新しい紙はどうやって手にいれるんだ?」
男に操作方法を聞きながら3枚、4枚と絵を描いて行く。その旅に描かれるかぁちゃんの表情が変わる。
「私はね、学生の頃美術部だったんですよ。かぁちゃんも同級生でね……陸上部だったんだけどさ」
電子機器を一度置いて聞いてもらうともなしに語り始める。
「美術部の部室がちょうど運動場に面していて。そこから見えるかぁちゃん……その頃はまだ細かった……を描いててね。
最初はさ、人物の動きが描きたい一心だったんだ。けど」
そこまで言うとまた、絵を描く作業に戻る。
「全国大会の日かなぁ、悔しい負けかたをしたみたいで」
10日が過ぎる頃ようやく三島の口から続きが語られた。
「美術室の窓の横で泣いてる声が聞こえるんですよ。私、絵を描き始めると周りがみえなくなる質でね。もうだいぶん太陽が傾いていたのに美術室の電気がついてなかったから誰もいないと思ったんでしょうね。思わず、大丈夫?って声をかけてね。ビクッとして振り返った瞬間。潤んだ大きな瞳に惚れたんだなぁ」
たははと顔が熱くなるのを感じながらながら頭をかく。
20日が過ぎて、30日が過ぎる。
「アァ、懐かしい。最近では母ちゃんが髪の毛を切ったのに気づかなくて怒られることもあってね。いつも一緒だから、みえなくなるもんだねぇ」
三島の絵が100枚を越えた頃ポツリとそういった。
「49日です」
ドアをあけ、促す。
「このデータは持っていけないのかい?」大量の絵の入った電子機器を指して言う。
「申し訳ございません」
「そうか。兄ちゃん、ありがとうな!」
がに股でのっしのっしと足音が聞こえそうなほどしっかりとした足取りで扉の向こうへ消えて行く。
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