第5話

文字数 1,133文字

「ねえ、貴女恋人は?」
「はひ!? え、あ、その、い、いないですよ。こんな酒カス女ですよ?」
 顔を真っ赤にさせて、しどろもどろになる須崎は、それでも今使った道具をきれいに洗っている。顔と手の動きがミスマッチだ。
「じゃあ、実は男だったりしないの? そしたら、私が付き合うわ」
「残念ですが女なんですねー。男の人はこのキッチン見てみんなドン引きでした」
 そう言うと今度はシェイカーにロックアイスと数種類の液体をぱぱぱと注いで、ふたをすると胸と顎の中間くらいの高さでシェイクを始めた。その立ち姿が本当に絵になる。
 シェイカーの中でリズミカルに氷が跳ねているのが、音だけでわかる。
 数秒間。シェイカーに霜がうっすらとかかったら、シェイクを止めておしりをポンと叩くと同時にふたを外した。簡単に外れた注ぎ口の蓋。そんな小技があったのかと驚く私をしり目に、彼女はカクテルグラスに赤い液体を注いだ。
「きれいなお酒ね。なんていうの?」
「コスモポリタンです」
「へえ。おいしそう」
「ウォッカベースなので、度数高いですよ?」
「え」
 そういう須崎は涼しい顔でそれを飲んでいる。酒カス女は本当なのかもしれない。
「ねえ、貴女はいい男捕まえようとか、そういうの考えないの?」
 率直な疑問を口にすると、彼女は苦笑を浮かべていた。
「あはは。さっきも言った通りですよ。酒カス女なんで、殿方には引かれておしまいです」
「そうなの? むしろ楽しそうじゃない。毎日おいしいお酒、飲ませてくれるんでしょう?」
「毎日はだめですよ。結構糖度高いんですから、すぐ太っちゃいますよ?」
 ダメダメと手でバッテンを作る彼女。いちいちあざとい。
 というのも、ジャケットを脱いだ彼女は、存外女子らしい体つきだったのだ。ボリューミーなバストと、パンツに綺麗にしまわれたシャツの裾から、ウエストの細さとそのからのヒップラインが強調されている。こんなメリハリボディ、維持するだけでプライベートな時間が無くなる。
 たぶん猫背だし着やせしているしで、今まで気付かなかった。気付いてたら会社中の独身男性がこぞって声をかけてくるだろう。
 こんなのは反則だ。
 こんなギャップを目にして、彼女に入れ込まない人間なんていやしない。
「ねえ、もう一杯。次はちょっと強めがいいわ」
 このままでは落ちてしまう。だったら先に酒に落ちた方がいい。相手も私も同性なのだ。間違いがあってはダメだ。
「もう。次でおしまいですよ? というか牧田さん、あたしに会う前からお酒飲んでましたよね?」
「飲んでたわよ? 時代錯誤の男尊女卑で亭主関白(笑)思想の口だけ野郎とね。お酒がまずくって、帰ってきたの」
「はあ、それは災難でしたね……」
「いいのよ。どうせこっちも少しは下心あったし」
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