第3話

文字数 1,018文字

 ワンルームとは言ってもそこそこ広い室内は、照明が落とされて薄暗い。居住スペースはベッドがひとつと、小さなローテーブルだけで珍しい物はない。
 唯一飛び抜けてとんでもない物は、バーカウンターだ。
 本来ならカウンターキッチンになっているはずのそこは、完全にバーの装いだった。
 壁一面に作られた棚にはお酒のボトルが無数に並んでいる。フレーバーなども豊富で、洒落た隠れ家系のバーの一角と言われても納得のレベル。
 わずかに鼻腔をくすぐるハーブとお香の香りは、無意識に深呼吸してしまいたくなるほど心地良い。
「さては、もぐりの飲み屋をやっているの、貴女?」
「ち、違いますよ! 好きなんです。お酒作るのが!」
 必死で否定する彼女は、買ってきたものをそそくさと棚にしまっていった。なるほど、確かに好きなのだろう。並んでいる銘柄はただの酒好きの範疇ではない。
「いつもは一人で作って飲んでるんですよ。バーに独りで行く勇気もないし、なら自分の家でやればいいやーって」
 自分でやればいいやーでここまで行けるのは、中々頭のネジに問題がありそうだ。
「どっぷりハマって家でシェイカー振ってたら、ご近所トラブルになって……」
 それでここに越してきたのか。だから防音か。
 軽いめまいを感じたが、それならそれでいい。
「ねえ、それなら私にお酒作ってくれない? 一人でやけ酒するの、嫌になっちゃった」
「はあ、そうなんです? それなら」
 ここに来るまでは散々嫌がっていたのがウソのように、すんなりとこちらの頼みごとを聞いてくれた。
 そこに座っててくださいと、カウンターの前に置かれていた椅子を指して、私は云われるがまま腰かけた。
 それから彼女はパッとジャケットを脱いでハンガーにかけると、手首に巻いていたヘアゴムで髪の毛を無造作に縛った。
 あらわになった顔は、想像以上に綺麗な造りをしていて、思わず見とれた。髪の毛を上げたら美女だった! なんて漫画の中だけだと思っていたから、この不意打ちはズルい。
 茫然と眺めていると、彼女は冷蔵庫から氷の塊を取り出して、包丁でサクサクと削り始めた。
 何が始まるんだと眺めていると、グラスに山盛りになりそうなほどのかき氷が出来上がった。
「まさか、かき氷にビールかけないでしょうね?」
「あはは。それも美味しいですね。夏ならたまにやりますよ」
「うそでしょ!?」
 驚く私を軽くあしらい、須崎はキッチンを出て、部屋を横切るとベランダへ出て行ってしまった。
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