第1話
文字数 1,359文字
最悪だった。
気合いを入れたメイク、コテをしっかり当てた髪の毛。染みひとつない真っ白なブラウス。日本ではあまり有名ではないけど、デザインが気に入っているイタリアンジャケット。
今日は自分の勝負衣装を身につけていた。朝から同僚から冷やかされたが、もう20代半ば。そろそろ優良物件を仕留めにかからないと後がない。
早めに切り上げた仕事から、待合せの駅前へ余裕をもって移動した。
本日の先方は有名企業に勤めるエリート君。業界大手で出世街道に乗った倍率の高い物件。何とかアポイントが取れたのは、まことしやかに悪いうわさも耳に入るためだろう。そこは実際に会ってから確かめてみるつもりだった。
到着した先方にエスコートされて着いた、有名レストラン。予約を取るのも中々難しいという店だが、下準備が入念なのか、それとも悪い噂が本当か。
少しの蘊蓄を交えた楽しいディナータイムは、順調に終わった。
ここまでは完璧。今まで一番と言っていい。
とはいえ本題はここから。適度にアルコールが入った先方は気が大きくなったようで、若干横柄な態度がチラチラと見えてきていた。
この時点で危険信号。
これに気付けないほど私は若くないし、苦い経験がないわけじゃない。
そして案の定。
「女は黙って家にいればいいんだ。社会進出とか言ってるけど、結局社会に必要なのは男だけ」
レストランを出てからの第一声がこれ。
2軒目で美味しいお酒でも飲みに行こうという話しだったが、あの台詞で全て興醒め。
こんな時代錯誤で、現実を見れていない男に割く時間はない。教育してやる義理もない。
笑顔で別れを告げて、執拗に次の約束を取ろうとする男を置いてその場を離れた。
こんな日は家でひとり、つまらない時間だったと愚痴をこぼしながら呑むに限る。
着いて来られるのが嫌で、さっさとタクシーを捕まえて飛び乗ると、近くの最寄り駅まで出れる路線の駅に行ってもらった。
タクシーを降りて駅チカの高級スーパーに入ると、かごをもって冷蔵コーナーへ向かう。そこで生ハムとチーズをかごに入れ、さて今日は何を飲もうかなと無理やりテンションを上げながら酒類コーナーへ。そこで目に入った人物に驚いた。
おかっぱのような髪型。鼻にかかるくらいの前髪が邪魔くさそうで、さらにその下に分厚いレンズのウェリントンタイプの眼鏡をかけた人物。
職場ではうつむき加減の姿勢と、ぼそぼそとしゃべる気弱そうな態度が、正直言って苦手なタイプ。
苦手なタイプだが、目に入った。
だって、お酒の瓶が数本かごに入れていた。
「数本?」
おかしいのはそこだ。
例えば、缶チューハイがいくつかとか、発泡酒やビールが数本、なら話しは簡単だ。私のかごの中も同じである。
グレーの地味さ一点張りのようなスーツを着込んだ彼女のかごの中身はドライジン、ドライベルモット。あとよく分からない銘柄の酒瓶がいくつも入っている。
さらに棚からいくつか瓶をとってラベルを確認すると、躊躇なくかごに入れている。
「あ、あの、須崎さん? よね?」
思わず声をかけてしまった。
ゆっくりこちらを振り向いた彼女、須崎は、私の同僚で同期で、隣の席で、ほとんど接点はないし、業務連絡以外の会話はろくにしたことが無い。
そんな彼女が大量の酒やら何かを買いあさっている。
気合いを入れたメイク、コテをしっかり当てた髪の毛。染みひとつない真っ白なブラウス。日本ではあまり有名ではないけど、デザインが気に入っているイタリアンジャケット。
今日は自分の勝負衣装を身につけていた。朝から同僚から冷やかされたが、もう20代半ば。そろそろ優良物件を仕留めにかからないと後がない。
早めに切り上げた仕事から、待合せの駅前へ余裕をもって移動した。
本日の先方は有名企業に勤めるエリート君。業界大手で出世街道に乗った倍率の高い物件。何とかアポイントが取れたのは、まことしやかに悪いうわさも耳に入るためだろう。そこは実際に会ってから確かめてみるつもりだった。
到着した先方にエスコートされて着いた、有名レストラン。予約を取るのも中々難しいという店だが、下準備が入念なのか、それとも悪い噂が本当か。
少しの蘊蓄を交えた楽しいディナータイムは、順調に終わった。
ここまでは完璧。今まで一番と言っていい。
とはいえ本題はここから。適度にアルコールが入った先方は気が大きくなったようで、若干横柄な態度がチラチラと見えてきていた。
この時点で危険信号。
これに気付けないほど私は若くないし、苦い経験がないわけじゃない。
そして案の定。
「女は黙って家にいればいいんだ。社会進出とか言ってるけど、結局社会に必要なのは男だけ」
レストランを出てからの第一声がこれ。
2軒目で美味しいお酒でも飲みに行こうという話しだったが、あの台詞で全て興醒め。
こんな時代錯誤で、現実を見れていない男に割く時間はない。教育してやる義理もない。
笑顔で別れを告げて、執拗に次の約束を取ろうとする男を置いてその場を離れた。
こんな日は家でひとり、つまらない時間だったと愚痴をこぼしながら呑むに限る。
着いて来られるのが嫌で、さっさとタクシーを捕まえて飛び乗ると、近くの最寄り駅まで出れる路線の駅に行ってもらった。
タクシーを降りて駅チカの高級スーパーに入ると、かごをもって冷蔵コーナーへ向かう。そこで生ハムとチーズをかごに入れ、さて今日は何を飲もうかなと無理やりテンションを上げながら酒類コーナーへ。そこで目に入った人物に驚いた。
おかっぱのような髪型。鼻にかかるくらいの前髪が邪魔くさそうで、さらにその下に分厚いレンズのウェリントンタイプの眼鏡をかけた人物。
職場ではうつむき加減の姿勢と、ぼそぼそとしゃべる気弱そうな態度が、正直言って苦手なタイプ。
苦手なタイプだが、目に入った。
だって、お酒の瓶が数本かごに入れていた。
「数本?」
おかしいのはそこだ。
例えば、缶チューハイがいくつかとか、発泡酒やビールが数本、なら話しは簡単だ。私のかごの中も同じである。
グレーの地味さ一点張りのようなスーツを着込んだ彼女のかごの中身はドライジン、ドライベルモット。あとよく分からない銘柄の酒瓶がいくつも入っている。
さらに棚からいくつか瓶をとってラベルを確認すると、躊躇なくかごに入れている。
「あ、あの、須崎さん? よね?」
思わず声をかけてしまった。
ゆっくりこちらを振り向いた彼女、須崎は、私の同僚で同期で、隣の席で、ほとんど接点はないし、業務連絡以外の会話はろくにしたことが無い。
そんな彼女が大量の酒やら何かを買いあさっている。