第7話

文字数 1,710文字

 ついつい楽しくなってしまって、最後のつもりだったのに、さらに3杯も作ってしまった。
「ねえ、きいてる?」
 おかげさまで職場の彼女は、呂律が回っていない。
「はいはい、聞いてますよー」
 グラスを片付けていると、カウンターに突っ伏して、しまりのない顔を向けて来る。
「じゃあ、もっとちょうだいよ」
 ぞくりと、背中を駆けてくる。赤い唇が、ひどく目に着いて離れない。
「人を煽るのが、お上手ですねぇ……」
 上気した頬。とろんととろけた濡れた瞳。ブラウスの釦はきわどい所まで開けられていて、清純っぽいデザインのブラのレースがちらちらと見えている。
 同性だからって、油断しているのは分かる。なにせ彼女は、ハンティングをしに行って総スカンを食らい、やけ酒の相手を探して嫌いな相手を誘う程度には肉食女子。
 それで油断して、こんな無防備になっていては、ハンター失格。
「逆に、狩られちゃうぞ?」
「らかあー、なにゆってんのー?」
 急に声を荒げて来てたので、慌てて顔をのぞかせ見せると、にへっとしまりのない笑顔。
「あんだー。いるじゃん。こっちきてよー」
「だからぁ……」
 軽いめまいは、お酒のせいじゃない。
 無防備に、煽動的なセリフを吐いて来る。こっちがどれだけナケナシの理性を振り絞っているのか、酔っぱらった彼女は知る由もないんだ。
「こんな無防備な恰好、誰にでも晒してるんです? だったら、メ、ですよ?」
「あんたらけよー。いつもは、ちょーっとだけだもん」
「もぉ……」
 いちいち琴線に触れてくる。
 もうそろそろこっちも我慢の限界。
 顔が良くて、仕事もできる。身なりにも気を遣えて、仕事で割り切って嫌いな人間にも笑顔を振りまける。
 その実不安で不安で仕方ない、心配性。周りに気遣いができるのは、そんな不安の裏返しなのは、たぶん誰も気づいてない。みんな彼女を”よくできた人”という認識。
 普段の行動から十分に推測はできるけど、今日のこの姿を見たら、確信できないバカはいない。
「ドストライク、なんだよなぁ?」
 単純にその言葉に尽きる。
 ゾクゾクと駆けまわる欲望。
 手を伸ばせば、届く所にいる彼女。
「もう、酔っちゃってるし、いいかね? ねえ?」
 ごくりと生唾を飲み込んで、彼女の隣に移動。
「あ! やっときたぁ」
 にっこりと、極上に無邪気な笑顔。
 ぷっつりと、理性の緒が音を立てて千切れたのが分かった。
「ほら、こっちですよー。たてますかー?」
「んぅ? どっちい?」
 けらけらと楽しそうな彼女の手を引いて、ベッドに連れて行く。
 ダメなのは、知っているとも。ええ、存じ上げておりますわよ?
 本当にそんなつもりはなかった。
 職場で見る彼女をいい女だな、とか、わんちゃん、なんて邪な目で見ながらやましい妄想はしょっちゅう考えていたけど、実際に家に来ると聞いた時は、むしろ不安しかなかった。
 ぽてぽてと赤ちゃんみたいに着いて歩く彼女。もうダメ。可愛すぎて、今すぐ欲しい強い欲求を押し殺す。もうちょっとだから。
「ほら、こっち座ってくださいなー」
「ここ?」
 ちょこんとベッドに座って、上目遣い。
「うん。いただきます」
 そっと肩を押して、押し倒す。もうむりでしたーむりなんですー。
「あにい? ん」
 熱い、お酒の匂いが混ざった吐息。
「え、な、なに? え?」
 少しだけ理性を取り戻したのかな? 唇を離して、ぱちくりと瞬かせる大きな目を覗き込む。
 どんなお酒よりも甘くなった、唇を舌先で舐める。
 もう少し唇と、中を堪能したい。でも、さっきマンハッタンに沈めたアメリカンチェリーよりも真っ赤になった耳も、とってもおいしそう美味しそう。たべちゃおう。
「ひゃい!? え!? ちょっと!?」
 まるで生娘みたいな声。どこまでも、彼女は煽動的だ。
「花梨……」
「はひゃ!? な、なまえ?」
 手に入れたくて、欲しくてほしくて、無意識に呼んでた。それだけで目を潤ませて、捨て猫みたいに見上げて慌てふためく仕草が、たまらない。
「ぜんぶ、食べちゃうから、いいね?」
「へ、ひゃ?」
 こんなバカみたいなギャップ、こっちが先にお手上げ。そっと体と手を重ねて、彼女をたっぷり堪能する。
 お酒よりも、ひどく酔ってる。
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