第1話

文字数 1,047文字

オオカミがでたそうだ。
ヒゲがもじゃもじゃの熊のような男がすっかり慌てて報告に来た。

「み、みどり色でよ。で、で、でっけくてよ。」ということらしい。

僕は日誌に「緑色」と書きこんだ。

月曜日の朝だというのに日誌にはもう書き込みが三つもある。僕は鉛筆を削りなおして「でっかい」と書き足した。これで四つ。

熊のような男は僕が日誌に書き込んだオオカミ情報「でっかい」をじっくりと確認し、何か難しい顔で指を折って数を勘定し始めたと思ったら口をパクパクして天井を睨みつけたりひとしきり色々やって、それからおもむろに「い、い、いっげね!」と大きな声で言って。
意外と柔らかそうな、特大のハンバーグみたいな手をぽんと叩き合わせたかと思うと大慌てで席を立って振り返りもせずに外へ出て行った。
落ち着きがない。

僕は男の座っていた椅子を元の位置に戻して、飲みかけの珈琲を片付けた。それからしばらくぼんやりと男が出て行ったドアを眺めて、窓から見える景色を眺めた。銀杏(いちょう)も葉を散らし、すっかり秋の様子だ。
時折ゆっくり頬をなでるように空気が動いているけれど、ほとんど風もない。

見上げると、空から光の粒が降りてくる。
太陽からの長い旅路を終え、ついに地球にたどり着いた光の粒は、平和な秋の道の黄色い枯葉の上にしんしんと降り積もる。細かく挽きすぎた大量の白い小麦粉が空から降ってきているみたいにはらはらと、延々降り続けている。
永遠が降り積もっていく。
時間がゆっくりと流れる。秋は良い。
 
どうやら時間が空きそうなので僕は目玉焼きを作ることにした。
ここには毎朝新鮮な卵とベーコンが届けられるのだ。この仕事を引き受ける時に条件として伝えておいたから。

「わかりました。引き受けましょう。そのかわり、毎朝新鮮な卵を届けて下さい。できれば新鮮な胡椒と、脂ののったベーコンも。」

おかげで毎朝僕はとびきりうまいベーコンエッグを食べることが出来る。
卵はさっきニワトリのお尻から飛び出してきたばかりみたいに新鮮そのものだし、胡椒は鼻から煙がでるくらい良い香りがする。それになんと言っても絶品のベーコン。

分厚い鉄のフライパンを火にかけてしっかりと温めてから、座布団みたいにぶあつい絶品ベーコンを2枚並べる。たちまちおいしい煙が立ち、脂が()ぜる。
煙突から流れ出る香ばしい脂の匂いが風に乗って向こうの山でオオカミが遠吠えをする。すごく切ない声で。

「べエエエー、コオオーン!(やまびこ)オオーン、、オオーン、、」

世界中探してもこんなにうまいベーコンエッグを出す店はない。
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